34話
本を置いて寝台に立て掛けられていた枕を抱き込んだレイは、上目使いにアイヴィスを見上げた。
「アイヴィスー」
「なんだ?」
書類から目を話すことなく返事をしたアイヴィスに、レイは然り気無く爆弾を投下する。
「アイヴィスとリズ姉、くっついた?」
「ぐっ!」
バサバサバサーーーー
思わぬ質問にらしくなく動揺して書類を落とし、吹き出したアイヴィスは慌ててレイに詰め寄った。
「レイ⁉ 何を……」
「理由は言うから。先に回答」
「………………正解だ」
やっぱりね、とレイは感慨もなく相槌を打つ。
「以前のリズ姉なら、何があってもアイヴィスのことを名前に敬称で呼ばない。ずっと陛下って呼んでいた。それが突然呼び方が変わったってことは、普段そう呼んでいなくて襤褸が出たんだと思ったんだ」
「思うに、リティスはずっと俺のことは陛下と言っていた気がするが……?」
「一回だけ。会議の時にアイヴィスをリズ姉が嗜めた際に名前で呼んでいた」
「……………………」
レイの観察力と洞察力に、アイヴィスは頭痛を覚えて額に手を置いて天井を仰いだ。
「よく……見ているな……」
「アイヴィスとリズ姉のことだから」
他の人のことだったら気付いていない。
大切な人のことだから気が付いたのだと暗に言われ、真正直なレイの物言いに照れ臭くなったアイヴィスは薄ら頬を赤くして咳払いをした。
「ごほん。……それで、質問の意図は?」
「特に。ただ気になっただけ。多分二人とも、俺が気付いた素振りを見せるまで言うつもりなかっただろ」
じとりと不貞腐れて睨み付けたレイに、アイヴィスはやれやれと苦笑する。
大した理由はないのだ。そもそも最初に肌を重ねたのだって、あれは衝動といった方が正しい。それが時間の経過と共に感情が伴っただけ。
ーー寂しかったのだ、と思う。今となっては。あの時の感情は、覚えていない。ふと目が合い、気が付けば唇が合わさっていた。後は雪崩れ込むように二人して寝台に倒れ込んだ。
レイが居なくなった感傷が二人を結びつけたと言っても過言ではない。
だから、と言うこともなくはないが、言い出す機会を延ばして言えずじまいだった。それがまさかばれていたとは。
「すまなかった。リティスと恋人になったことは、……まあなんだ、やはりお前に言うのは照れ臭くてな。言い淀んでしまった」
「……二人がくっついたのって、俺が理由?」
「………………だから、何故そこまでわかるのか」
レイの推察力は最早超越し過ぎていて、怖い。
「だってリズ姉、アイヴィスに対して崇拝に近い感情を持っていたのであって恋情ではなかったし。恋情に変わった切っ掛けといったら、俺の事しかないかなって」
「………………正解」
驚きを通り越して呆れてしまったアイヴィスは、書類を放り出してレイの横に寝転がった。
逆にレイは寝台に手をついて身体を起こしそそくさと靴を履く。
「レイ?」
「いや……リズ姉来るなら、俺、邪魔かなって」
「イヤイヤイヤ」
寝台から腰を浮かし掛けたレイの肩をガシリと掴んで引き留める。最愛の(義)弟が恋人との逢瀬を邪魔しないように気を使って部屋を出ていくなど、気恥ずかしいことこの上ない‼
「今日はリティスは訪ねてこない‼ お前が来るだろうからと気を使ってくれた……」
「つまりは、何時もなら訪ねてきてるんだな」
「」
アイヴィス、撃沈。
(元)勇者が魔王に口で勝った瞬間であった。勇者なのに剣や魔法ではなく頭脳で勝つとは、これ以下に。
閉話休題
腰に腕を回されて全力で引き留められたレイは、再びアイヴィスの横で寝転がって本を読み始めた。
因みに、レイは一年前に滞在していたときからアイヴィスの私室の真向かいに自室が設けられている。
今回、淳と同室になったのは、突然の異世界に召喚されたものを一人にすると、悶々と有ること無いことを考え込んでストレスをためる可能性があるとレイがアイヴィスに進言した為だ。
近くに仲間がいても、一人の時間はどうしても不安を煽る。一人の時間が多かったレイにとって、その心境はよく分かる。ーーとまあ、それを直接当人の口から聞き、レイの暗い過去を仄めかされて、アイヴィスとリティスが背後に真っ黒な闇を背負ったのをディアが頬を引き攣らせた(幻覚。相変わらず一ミリも表情筋が仕事をしていない)ことは、誰も知らない。
「……それで、彼らの今後の予定は?」
その時のことを思い出して少々ーーいや、大分、気分を害したアイヴィスは自力で話題を方向転換した。
「一月ぐらいしたら暗黒の森で魔物討伐を予定してる」
「……中々に厳しい修行内容だな」
『暗黒の森』。正式名称はアップグルントと言い、魔族と人族の領地を股がって広がる壮大な森であり、数多くの魔物が生息する誰も寄り付かない場所でもある。
魔物とは、名称通りに魔力を有した動植物を指すが、ここに魔族の人間は分類されない。あくまで別の種族として捉えられている。
驚異になる順に天災級、災禍級、災厄級、災害級と分類。暗黒の森には現在、災禍級が複数確認されている。
もっとも、魔族も分類するのであれば、魔王は天災級、彼以外の魔族も低くて災厄級に順している。いってしまえば、魔族は並び立つものがいないほどの魔力を有しているので、人族にとって魔物は脅威でも、魔族側にしてみれば大した害にはならないのだ。
しかし異世界召喚者と言えども、魔力で比較するならぎりぎり災厄級程度。命の危険性が出てくる。
「だから、討伐当日は実力者をかき集めて欲しいんだ。万が一でも、あいつらを危険な目に遭わせたくない」
「ふふ、了承した」
友人たちの為に万全を期す布陣を模索するレイに、アイヴィスは微笑ましい気持ちで頭を撫でてやった。
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