33話
丸い満月が空を飾る夜半。
すっかり疲弊した身体をふかふかの寝台に投げ出した淳は、本来いるはずの同室になったレイの不在に溜め息を吐いた。
ーーついでに、いるべきではない面々にも、盛大に。
「お前ら、休まねぇの?」
寝転がった状態で、寝台に寄り掛かったり壁際にいる十一名ーー詰まる所レイ以外が集合している現状に、うんざりしながら聞く。
それに居心地悪そうに目を彷徨わせたのは、細野 愛美だ。
対して皆川 結希は堂々としたもので、だって、と反論する。
「落ち着かないんだもん。異世界だよ? 勝敗不利な陣営だよ? ……おちおち寝てられないじゃん」
「だからちょっとレイくんとお話ししてから寝たいなーって思ってたのにーぃ、レイくんいないしぃ」
独特な喋り方をするのは瀬名 瑞姫。
こいつ、絶対に託つけて押し寄せてきただけだろう、と全員が声に出さずに思った。瀬名 瑞姫がレイに好意を寄せていることはクラス全員……否、どうしてあいつ、気づかないんだろうと疑問符を浮かべるぐらいには当人以外にはバレバレである。異世界召喚組は半分以上優しさで出来ている。
「で? レイは何処よ?」
町田 賢吾の質問に、淳はさあ、と肩を竦めた。
「大方アイヴィスさんのところだろ。義兄弟とはいえ、一年離れ離れだったって話だし。積もる話でもあるんじゃね」
「そっか……うん。斎賀くん、声を聞いたとき嬉しそうにしてたもんね。」
残念そうに曰野 斗真がこてりと首を傾けた。女の子みたいな風貌なので、別に男の娘ではないのだが、そのしぐさが板に付いていて薄ら怖い心境になる。
まあ、いいじゃん、と豪快に曰野の頭をかき混ぜながら中川 剛志が笑った。一見正反対の二人だが、どういうわけか親友とお互いが呼ぶほど仲が良い。
「正直、斎賀無しで話したいこともあったしな。この状況は有難い」
堅苦しい喋り方で入り口付近に立つのは朝比奈 一。淳と同じく剣道部でエース。大人びていてクールな彼は、堅物で無口ではあるが女子に人気がある。
「話したいことってなにさー?」
朝比奈の隣で胡座をかきながら見上げているのは、彼の幼馴染みの檜山 良。飄々としておちゃらけているが思慮深く、朝比奈とは良いコンビである。
「私たちの身の置き方、よね? 朝比奈くん」
丸山 鈴にしがみつかれた状態で梨香が聞く。
朝比奈は小さく頷いた。
「斎賀は信用できるが、果たして魔王を信用して良いのか、疑問がある」
「はあ? こんだけよくしてもらっといて、なんだよ」
天崎が睥睨するが、朝比奈は堪えた様子もなく腕を組む。
「聞けば、魔王 アイヴィスは死滅の始祖王と呼ばれる程、人族に対して殺戮を行ってきた相手だそうだ」
「それが、なんなの……?」
「彼が俺たちに剣を向ける可能性はないと言い切れるか? ……俺たちだって、分類的には人族だろう」
全員がはっと息を呑む。……いや、二人ほどイヤイヤと全力で首を振った。
「それはないわー」
「うん。絶対にないと思う。ていうか、ないと断言できる」
「……? なんで?」
淳と梨香が一寸の疑いもなくアイヴィスを信じていることに、斗真が質問する。
二人は顔を見合わせ、彼らが忘れている情報を投下する。
「あのさ、レイの話、忘れたのかよ?」
「レイくん、アイヴィスさんとは一度命のやり取りしているのよ? 勇者が魔王を討伐しに来たって形で」
「それが今や義兄弟だぜ? しかもレイの将来を憂いて逃亡に手を貸すお人好しと来た。疑う余地ねぇじゃねーか。そもそもレイだって人族だし」
「「「確かに…………」」」
思い浮かべるは、ここに到着してからのレイとアイヴィスのやり取り。
優しい動作で頭を撫でたり、茶のおかわりを注いでやったり……。
うん、全力で甘やかしているな、あの魔王様。
因みに、対峙した際にレイが自決しようとした一件をアイヴィスは素晴らしい笑顔で淳たちに吹聴した。淳と梨香は問答無用で正座をさせて説教をしたのを、ディアが「保護者かの……?」と愉快そう(相変わらず無表情。声だけが面白そうだ)に分析したのは余談である。
更に、恨めしそうにレイがアイヴィスを睨んだが、「命を大事にして欲しいという兄心だ、許せ」、と慈愛に満ちた眼差しで謝罪を言われて渋々と許した一幕もあったが、やはり余談だ。
「心配するだけ無駄だろ。それにさ」
淳は真面目腐った顔を作り良い放った。
「アイヴィスさんのこと、悪く言ってるのがレイの耳に入ってみろ。……確実に怒りを買うぜ」
「……この話は無かったことに」
「オーケー。了解だ。皆も良いな?」
「「「アイアイサー」」」
びしっと朝比奈などの一部を除き、淳に向かって敬礼をする。
普段、感情を露にしない静かな奴が怒った場合どうなるか、ーー火を見るより明らかだった。
触らぬ神に祟りなし。ならぬ、触らぬレイ(ブラコン)に恐怖なしである。
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ブラコン基、レイはといえば、アイヴィスの寝室にて、大きな寝台の背凭れに背中を預けて書類を読んでいる彼の横で俯せになって寝転がり寛いでいた。
アイヴィスの書斎にあった魔導書を読みながら、足をぷらぷらと上下させていると、アイヴィスは苦笑しながらいいのか、と訊ねる。
「ん?」
「級友たちは皆、お前の部屋に集まってなにやら話をしているようだが、参加しなくて」
「ああ……うん、いいよ。なんかあったら、明日以降、言ってくるだろうし」
魔王城 リベラシオンは、アイヴィスが『創造』して作った、彼の最大の防壁砦。侵入者を防ぐため、不穏な動きに対して直ぐ様術者に繋がるように術が至るところに組み込まれている。
つまり、忍び足で部屋を移動していたクラスメイトたちの動きは、全てアイヴィスに筒抜けであった。
レイに至っては、何となく来訪者が後を絶たないと察知していたので早々と退却していた。悩み相談は苦手分野なので、避けて通りたかったので。
「それに俺は結局此方の人間だから、同世界の人間だけで話した方がいいこともあるだろう」
「成る程?」
レイは、クラスメイトたちの悩みには共感できない。だったら、同じ悩みを共有する者たちだけで会話をした方がいいと判断したのだ。
アイヴィスはレイの分かりにくい優しさに、楽しそうに笑った。




