27話
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「なんと言うか……平和じゃの、お主ら」
突然現れ、突然消え、再び突然現れた神出鬼没が二つ目の代名詞に定着している創生神ディアは、スープの入ったカップを両手で持ってほくほくとしているレイと、彼を囲む面々を見て呆れた様子(無表情)で溜め息を吐いた。
「ああ、ディア。何処に行っていた?」
「リティスたちが捕獲した術者の尋問じゃ」
「本当は」
「あの姿のお主と再会したら、深刻な空気になることは分かりきっていたからの。早々に避難した」
「シリアス、そんな長く持たなかったけどね」
「「「誰のせいだ」」」
シリアスブレイカーレイ(クラスメイト命名。後に魔族領全土に知れ渡るとは、誰も予想はしていないだろう……)の一言にクラスメイトたちが即突っ込んだ。
因みに彼らは昼食を食べてさほど時間が経っていないため、三時のおやつよろしくお茶会になっている。
「何か掴めたか」
「お主も予想はしておったろう。黒幕はあの腹黒狸よ。目的こそ、あれは知らんかったがの」
「だろうな。……あれは捨て駒か」
アイヴィスはモグモグと栗鼠のようにパンを頬張っているレイの口元についた屑を取ってやりながらやるせなそうに眉間に皺を寄せる。
レイは不思議そうに首を傾げた。
「目的……? 呪詛を集めることじゃないのか?」
「どういうことです? レイ」
給士役に徹しようとしていたのにアイヴィスの微笑ひとつで着席せざるを得なかったリティスが僅かに前のめりになる。
紅茶で喉を潤したレイはことりと首を傾げて返答する。
「アイヴィスの掛けられていた魔法の原理は、複数の怒りや怨みなどの負の感情を寄せ集めて凝縮して呪詛としたものを、絶妙な加減で聖属性魔法で包み込んだもの。本来なら聖属性は光に属するから、呪詛を祓ってしまうけど……随分と研究を重ねた術だろうね」
もう一口紅茶を含み、続ける。
「呪詛が傷口を蝕み、聖属性魔法が再生を阻む。高い治癒能力を持った神族、魔族、精霊族用に開発された新しい魔法、かな」
言うなれば、聖魔合成魔法、かな。
レイの思わぬ解説力に唖然とするアイヴィスたち。
いち早く我を取り戻したのは年長者ディアだった。
「なるほどのぅ……。アイヴィスの腕も、もしかしなくともレイの手柄じゃな? なんと言うか……お主、勇者は天職だったんじゃ」
ないのか、という言葉は呑み込まれた。
急速にレイの目から光が失われ、表情が掻き消えたのが見えてしまったので。
すぅ……と極寒の殺意に似た空気を纏ったレイに、ディアは慌てて弁解する。
「し、失言じゃった‼ 儂が悪かった‼ あれじゃ、お主は魔法師か研究者が似合いじゃの」
「………………どうせ魔法系にしか適正無いよ」
「レイ、気にしなくていいから。それより、腹ごなしはすんだのか? 甘いものもあるぞ」
「そうですね。レイ、これとかおすすめですよ。蜂蜜をたっぷり使ってあるんですって」
「……食べる」
アイヴィスとリティス、義兄姉による余所事に気を反らす作戦は成功し、レイはむつりとしながらも荒々しくフォークに刺したケーキに噛じりついた。それを見ていた淳たちは見事な手腕に極々小さく拍手喝采。実に混沌としている。
胸を撫で下ろし、ディアは一度咳払いをして話を進める。
「それにしても、聖魔合成魔法というのは、儂らを確実に滅ぼそうとしているのが丸分かりじゃの」
「あ、あの、一ついいですか?」
梨香が恐る恐る挙手して発言の許可を求めた。
「どうぞ?」
アイヴィスの柔らかい微笑に促されて、梨香は深呼吸をして口を開いた。
「今現在の戦争の情勢はどうなっているんですか? 見たところ、魔族と神族は共闘状態にあるんですよね?」
「あとは精霊族もですね。三種族連合軍になっています」
「だが、正直劣勢は儂らの方じゃの。元々長命種族ゆえ繁殖能力が強くなく、数も少ないからの」
「それに加え今回の新しい魔法と屍を傀儡とした戦力の増強だ。……状況は一気に不利になった」
この世界の人口分布は人族が七割を占め、二割が魔族、残り一割を神族と精霊族でほぼ二分している。数の上で不利であったものが、新しい魔法と戦力により一気に戦況が傾いてしまった。
「それで、お主らはどうするのじゃ? よりにもよって勝てる見込みもない此方側に召喚されたのじゃ。選択はどうであれ、お主らの意思が聞きたいところじゃの」
腕を組んでアイヴィスの傍らに立つディアは、レイ以外のクラスメイトたちを見渡す。
物語上での異世界召喚者ならば、強制的に戦力に数えられ、戦争に有無を言わさず参戦させられるだろう。
だが、ディアとアイヴィスは敢えて淳たちの意思を優先することを選んだ。
ーー理由は。
「嘗て、強引に勇者に祭り上げられたレイアーノは、勝手に定められた宿命に抗い、俺たちの手を借りて異世界へ逃亡した。ーーしかし、それの何が悪い? 己の意思は、人生は、己だけのものだ。何者が何の意図を持ってお前たちを此方に召喚したのかは知らん。だが」
アイヴィスは立ち上がり、レイの肩に手を置いた。
「これは、俺たちが始めた戦いだ。ーー余所者であるお前たちを、俺たちが巻き込んでいい道理はない。勿論、レイ、お前も」
例え三種族が滅びようとも、お前たちが俺たちの命を背負う必要はない。
苦笑じみた、慈愛に満ちた微笑みを向けられ、淳たちクラスメイトは逡巡するが、視線を交わし、結論を代表して淳と梨香が立ち上がって発言する。
「正直、平和な世界にいた俺たちに戦えるとは、思いません。魔法の使い方も、知らないし。でも」
「レイくんと、約束しましたから」
「……約束?」
アイヴィスは一瞬レイに視線を向けるが、直ぐに淳たちに戻した。
「生きて帰れたら魔法の練習、めっちゃ頑張るって」
レイははっと顔を上げる。
確かに約束した。あの村で。今回は任せる代わりに、魔法の鍛練をすると。
淳たちは、その場の急な約束を、しっかり覚えていたのだ。
「えーっと、でも、まあ。一先ず結界魔法とか、身の安全を守れる魔法とかを教えてもらえればと思うんすけど」
へらりと照れ臭さを誤魔化すように笑った淳に触発されて、クラスメイト全員が起立する。
「役立だすにならないように、努力します。なので、俺たちに魔法を教えてください」
「「「お願いします」」」
一斉に頭を下げて懇願する。
以外、だった。
淳と梨香については、正義感があり、まとめ役な二人だから、責任感から何か出来ることを模索するだろうとは思っていた。
でも、まさか全員が戦うーー自分の身だけでも守る術を欲するとは思わなかった。だって、彼らは争いなどとは無縁の、平和そのものの世界の住人なのだから。
ーー胸に、何か重いものがのし掛かる感覚がした。
「レイは、どうする」
淳たちの覚悟を本物と見極めたアイヴィスが、次いでレイの側に膝をついた。
「お前は確かにこの世界の住人だが、……いいんだよ、戦わなくても。戦うのは、その選択をしたものだけでいいんだ」
お前の意思を、教えてくれ。
真摯な目で見詰められ、レイは口を濁らせる。
アイヴィスたちのことは守りたい。
でも。
だけど。
戦うということはーー。
「本音で言えば、戦うのは、今だって嫌だ」
「うん」
「剣を握るのも、誰かを斬る選択だって、したくない」
「うん」
子供を、甘やかすような声音だ。
レイの、自分ですら名前のつけられない感情が揺さぶられて、涙が出そうになる。
「さっきは、他に戦える人がいなかったから、剣を取った。……でも、取らなくてすむなら、俺はその手段を取る方を選びたい」
「……うん」
声の震えに、アイヴィスがレイの固く握られた手に触れた。
暖かさが、胸に染みる。
失いたくなんか、無い。
失えない。ーーでも。
「時間が、欲しい。……その代わり、聖魔合成魔法に対する対策と、それに伴う魔族と神族、精霊族が使える、新しい魔法の開発に、手を貸すよ」
もう少し待ってと瞑目するレイに、アイヴィスは宥めるように肩を叩いてやる。
今は、それでいいのだ。
「あ、それと……」
レイはふと、淳たちにとっての問題点に触れた。
「食事についても口出しする」
「ん?」
疑問符を浮かべ、首を傾げるアイヴィスに、レイは彼を見上げて真面目な表情で言った。
「俺は元々こっちの世界の人間だから慣れてるけど、……多分淳たち、この世界の食事は口に合わない」
「んん?」
ますます意味不明な発言に、アイヴィスとリティス、ディアは目を瞬かせるしかなかった。




