26話
子供を庇ったのだと、リティスは話した。
その知らせはあまりに急で、魔族軍を混乱に貶めるには十分すぎる内容だった。
狙われたのは魔族と人族の間の子。所謂禁忌の子たちが拓いた小さな村。
アイヴィスたちも存在だけは耳にしていて、だが間の子という事でかの村のものは中立の立場を守っていたために特に干渉することがなく、関わりがない状態だったのだ。
その均衡が崩れたのは本当に突然だった。
お互いに無言を貫いていたが、念のためと連絡手段だけは交換していた村の方から、突如救援信号が上げられたのは、アイヴィスがリティスたち騎士団を連れて近隣の村を視察していたときのことである。
緊急用の黒い閃光弾が空に三発、連続して上げられたことを確認したアイヴィスは先陣して馬を駆った。
そこで見たのは、先程の村で見たような女子供関係なく蹂躙尽くされる村の惨状。
家の壁や地面には大量の血が飛び赤く染めていた。
わぁーんーーー
燃え盛る炎の中で、生存者がいないか確認していたときだ。アイヴィスの耳に、女の子の鳴き声が届いた。
声の方角に身体を向ければ、普通の人間ならば僅かに視認できるかどうかの先に、複数に覆面の襲撃者たちに剣を向けられながら逃げ惑う四、五歳程の少女がいる。
魔法の行使をしている余裕はなかった。今まさに少女が躓き、転倒した。襲撃者たちは容赦なく、慈悲も見せずに淡々と義務をこなすかのように剣を構え、降り下ろす。
魔族特有の身体能力と、普段から纏っている風と身体強化の魔法の併用技、『縮歩』を使うので精一杯だった。
そして。
降り下ろされた剣は、縮歩によって瞬く間に辿り着いた少女を抱えたアイヴィスに向けられることになった。
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段上から降りてきたアイヴィスは情けなそうに自分の失った腕を軽く撫で上げた。
「情けないことに、ミア……助けた少女だが、あの子を庇うので防御が間に合わなくてな。この様だ」
聞けばミアは城下にある子寺院に預けられていると言う。助けてくれたお兄ちゃんと離れることを拒否して随分と泣き喚いたそうだが。
「ひでぇ……。いくら戦争だってわかってても、これは……」
「うん……人道が無さすぎるよね」
「人族の国王は、悪魔の、申し子、みたい、だよね」
鼻につく血の臭いと視界に入る現実に顔色を悪くして一ヶ所に集まる淳たちクラスメイトから離れ、レイはアイヴィスの血が滲んでいる胸部に指先で触れる。
「あの術者……殺してやればよかった」
「うん。元とはいえ勇者あるまじき発言は止めような、レイ」
据わった目で、今だ嘗て無い重低音で呪詛を吐くようにぼやくレイに、アイヴィスは真顔で制止を求める。
「それに、お前たちが捕まえてきた術者があの村を襲った傀儡を操っていた術者とは限らないだろう?」
「あの術者とアイヴィスの負った傷口から感じる魔力は同じ。同一犯と言わずになんと言う」
「そ、そうか」
アイヴィスは睨み付けるように見上げられ、思わずたじろいだ。
頬引き攣らせた義兄を他所に、レイは胸に巻かれた包帯に指を這わせながら頤に指を添えてぶつぶつと呟く。
「闇魔法……違う。それなら解除は簡単。聖剣に殺した魔物の恨みを封じ込めた? それなら魔族の魔力を弾き飛ばせる……? では解決策はーー」
何かを呟いていたレイは、突然閃いたと顔を上げて口を開いた。
「『聖魔反転』」
「「「!?」」」
レイの魔力に包まれ、アイヴィスの身体が淡く輝きだした。
すると傷口を覆うように黒い靄が出現する。呪いの具現化だ。
呪いはレイの魔力に取り込まれ、急速に変質する。時間にして一分足らず。黒い魔力はあっという間に形を変え、レイの魔力と同一化した。
それを確認したレイは続けてもう一つの魔法を行使する。
「『治癒、復元』」
レイの掌から発光する魔力が解き放たれた。
光は失われたアイヴィスの右手のあったところに細長く伸びて集まり出す。やがて二つの小さな光が螺旋状に円を描きながら細長く伸びた光を回っていく。
集束、圧縮、変形の行程を経て、光は徐々に輝きを失い、やがて消えた。そこに残ったのは、斬られて失ったはずの右腕。レイは、呪いを簡単に解除しただけではなく、反魂に属する超高度な魔法まで軽く使って見せたのだ。
唖然とするアイヴィスたちに気付かず、レイは治った腕や胸、腹部の傷口を見て、うん、と頷いた。
「ん、成功」
「「「成功、じゃない!!!」」」
リティスたちに叫ばれ、アイヴィスが天を仰ぐのにレイはきょとんと目を瞬かせたが、次の瞬間、その身体はぐらりと傾いだ。
「!? レイ‼」
正面にいたアイヴィスが慌てて支え、リティスたちは驚いて悲鳴を上げながら駆け寄る。
「レイ、レイアーノ‼ どうした……!?」
「う……」
アイヴィスの腕の中で呻くレイ。彼は今にも消え入りそうな声で、こう宣った。
「お、お腹……減った……」
「「「………………」」」
脱力した面々は、レイごとその場に座り込んだ。
どうやら元勇者様は、力を使いすぎると疲労となって蓄積するのではなく、空腹になるらしかった。
「…………食事に、しようか」
アイヴィスは苦虫を噛み潰した顔で、レイの力で取り戻した腕で彼を支えながら取り敢えず提案するのだった。
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