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25話

上空から氷の微笑ーー雰囲気は。相変わらずの鉄面皮であるーーを浮かべてクラスメイトたちを睨み付けるディアに、レイはやれやれと仲裁に入ろうと腰を上げる。

しかし、レイが言葉を発する前に思わぬところから救いの手が差し伸べられた。


『「お前の実年齢を知らぬ子らに、そう怒りを向けてやるなよ、ディア」』


深みのある、落ち着きのある男の声だった。

頭の中を響くような感覚に、魔法とは違う、『思念伝達』の術式を使っているのだと理解する。おそらく術者であるアイヴィス自身は城の玉座にでもいるのだろう。

ただ、そういう手段があることを知らないクラスメイトたちは突然響いた姿なき声の主に動揺した。


「えっ、声? 何処から⁉」

「すっごい美声‼ 腰が砕けそう……」

「声だけで孕みそう……」


……主に女子生徒たちが顔を赤くして悶える。


「レイ、この声って、もしかして魔王さん?」

「へー、エロボイス……声だけで世の中の女を掌握しそうだな」

「声がすでに最強とか、マジヤベェ」


男子生徒たちはどちらかと言うと割りと冷静で、推考をしていた。単なる現実逃避かもしれないが。

一方、レイはあーあ、と溜め息を吐いた。

思念伝達の術式が発動している領域内の会話は術者に丸聞こえである。

案の定愉しげな笑い声が響いた。


『フフフ、ありがとう。まさか声を誉められるとは』


声は徐に真剣な色を帯びる。


『ようこそ、異世界からの客人たち。ーーそして、お帰り、レイ、レイアーノ。正直複雑な心境だが、またお前に会えて嬉しいよ』

「……ん、俺も。ただいま、アイヴィス」


いとおしさが滲み出た柔らかい声音に、レイも自然と顔が綻んだ。


『どうしてここにいるのか、何者がお前たちを喚んだのかは知らないが、我ら魔族はお前たちを歓迎しよう。ーー城で待つ。早くおいで』

「ん、またあとで」


ひらりと城に向けて手を振るレイを微笑ましそうに見て、リティスは指揮をして馬を先に急がせた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


王城 リベラシオンの正門を潜り、豪奢な細工の施された巨大な門を通れば、城に使える給仕たちが中央を開けて一列に並び、一堂に介してレイたちに対して頭を下げる。

花道の先、赤い絨毯の引かれた階段の上段に、麗しき美貌の青年ーー魔王 アイヴィスが微笑を浮かべて待っていた。


「お帰り、レイ。そしてようこそ、異世界からの来訪者。俺が魔王 アイヴィスだ。歓迎するよ。……見苦しい格好を見せて申し訳ないが」


穏やかに笑って歓迎の意を述べるアイヴィスに、しかしレイたちは目の前に突きつけられた彼の状態に瞠目し動揺を隠せなかった。


見慣れた漆黒の上衣に白いシャツを肩に羽織るだけで袖を通していない。否、通せないのだろう。今もなお血が滲む包帯が、アイヴィスの怪我の酷さを物語っていた。

白磁の程よく筋肉のついた胸部から腹部にかけて巻かれた包帯には黒く変色した血が滲み、左手は包帯で首から吊り下げられている。

ーーしかし、問題なのは右腕。

アイヴィスの利き腕である腕は、ーーあるべき場所に存在しなかった。


「アイヴィス……右手…………」


戦慄いて声が震えることを押さえられなかった。

複雑な術式で作られた呪いが、アイヴィスを蝕んでいた。憎悪、嫌忌、猜忌……様々な悪意と言える全ての感情が集束した呪いが、『自己再生』を持つ、彼の力を阻害している。だから怪我が治らず血が止まらないのだ。このままでは普通の人間では失血死している。強靭な身体と魔力を持つアイヴィスだからこそ、辛うじて生き延びているのだ。


目を見開いて、身体を震わせるレイに、アイヴィスはただただ苦笑して瞑目するしかなかった。

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