23話
軽やかに音もなく一直線に屋根を移動していたレイは、リティスの姿を認めて叫んだ。
「リズ姉ー!」
「あぁ、レイ。おかえりなさ、い……」
術者の昏倒によって傀儡の糸が切れたのだろう。操られていた死人を一ヶ所に纏めて近くに穴を掘っていたリティスたちは、上空からの声に反応して顔をあげた。声音に変化がないことから怪我はないと判断して軽く返事を使用としたのだが、レイの右手にあるものが問題だった。
「レイ……⁉ それ術者⁉ 首ッ! 絞まってます! 窒息しますよ⁉」
「あ」
すぽーんーーーー。
リティスに大声で指摘され、間の抜けた声を発したレイはついでに術者からも手を離した。
空中に放り出された術者に、淳たちから悲鳴が上がる。
「アアアアァァ⁉」
「ば、おま、レイ‼」
「くっ……! 風縛輪……!」
リティスが慌てて手を翳し、本来なら捕縛用の円上に渦巻く風魔法を展開する。余談だが、本来、空中で体制を崩した相手を保護する為の魔法に『風守輪』がある。リティスがそちらを使わなかったのは、焦っていたからであって、敵だからではない。ーー多分。
ゴウッと音と共に風は術者を捉え、ふわりと地面に下ろした。
息を飲んで一部始終を見守っていた面々はほっと胸を撫で下ろした。
そしてこれはいけないと突っ込み要員、淳による説教の開始である。
「おま、レイ‼ 人をあんな雑な扱いしたら駄目だろ⁉ 仔猫を親猫が運ぶみたいな持ち方は動物だから許されるのであって人相手はダメ、絶対!! OK⁉」
「ん……ごめん、うっかりしてた」
「次はやるなよ⁉」
「ん。気を付ける」
しゅーんと見えない耳を垂れ下げて殊勝に頷いたレイに怒りを静めた淳は、肩を抜き溜め息を吐いた。
「まったくよー……。異世界に召喚されたってことは、ラノベとか漫画とかの展開だと、俺らは勇者枠な訳だろ?」
「…………………………ん。不本意だけど」
「その間はなんだよ。……まあいいや。つまりだな、救い手として喚ばれたんだから、平和的に行動しないと」
さっきのお前、魔王もビックリな暴挙だったわ。
淳の何気ない一言に、レイはパチリと目を瞬かせた。
「リズ姉……」
「何です?」
「説明する暇、なかった?」
「……ありませんでしたね」
真顔で頭を振ったリティスに、じゃあ仕方ないか……と少しうんざりする。
「あのな、淳」
説明しないと埒が明かないと簡潔に説明することにした。
「この世界の魔王はお人好しだ」
「へ?」
「あと面倒見がいい。一度身内認定したら衣食住の世話までしてくれた」
「して、くれた?」
「ん。ついでに言うと、俺的に悪は人族の国王だ」
「んん⁉」
「断言する」
いや、追い討ちをかけてほしい訳じゃなくて‼ と淳が喚くが、レイは更に追撃する。
「因みにリズ姉たちも魔族だ。それでどっちが悪かわかるだろう?」
「…………………………」
淳は油が切れ、錆びた機械のようにギギギッと音がしそうな動きでリティスを見やる。
リティスは肩の辺りで挙手して頷いた。
「そうですね。私たちは魔族軍所属の魔王陛下直属近衛騎士団の者です」
勇者一行、絶句(勇者当人除く)。
茫然とする淳たちは放って、レイはリティスに提案をする。
「術者の雇用主を吐かせた方がいいけど、魅了眼か催眠術の使い手はいる?」
「いますが……ナタリー?」
「ここにいるで」
リティスに呼ばれ、前に進み出たのは赤毛に翠の瞳の、訛りが特徴的な美女だった。
「貴女の魅了眼で吐かせることは可能ですか?」
「……難しいやろな。一定の情報に鍵が掛かっとる。……こりゃあ、情けないけども陛下か創生神様にしか無理やろ」
「そうですか……」
一瞬リティスが険しい表情を浮かべたが、レイに視線を向けられていたからか、直ぐに消えた。
「では、王城に連行しましょう。村人も一度王都で保護するとして……彼らは一緒で大丈夫ですか?」
「ん。一緒に保護してくれると助かる」
未だに呆けているクラスメイトたちをちらりと見て懇願する。可愛い弟分の頼みとあっては聞かないわけにはいかないとリティスはにこりと笑う。
「しかし、私たちは馬がありますが……彼らは徒歩になりますよ」
「向こうに馬が繋がれてる荷車もあったから、それに乗ってもらったら」
「そうですね、そうしましょう」
頭の作りが優秀な義姉弟は、さくさくと案を出し合い、即決する。
部下に指示を伝え、馬に繋いだ荷台にクラスメイトたちと村人を乗せて帰路の道程に着いた。
ーーしかしやはりクラスメイトたちの意見は置き去りであった。




