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2話

新しいことを始めようとすると、必ず何か問題が起きる……

「どうした、こんなものか」

豪奢な玉座に揺ったりと腰かけた魔王が退屈そうに足を組み直した。


魔王アイヴィス・クラルテ。

銀色に艶めく黒髪、心の深層すら見通す濃紫色の魔眼。見るものの視線を奪い虜にしてしまう美貌の持ち主。

一見して二十歳前後ほどの青年にしか見えないが、強大な魔力は勿論、膨大な知識による戦術と古代魔術すらも解読し使用してみせる頭脳。それに加え剣術にも秀で数多の流派を使いこなし、自分よりも遥かに体格のある屈強の男たちを一度で倒してみせる体術の使い手でもある。

人々は彼のことを畏怖と恐怖を込めて「死滅の始祖王」とよぶ。


そんな相手に勝てるはずがないじゃないか……。

勇者(←不本意)レイは内心で悪態を吐いた。


そもそも、彼と行動を共にしていた仲間というのは、国でも名の知れた冒険者たちで、今回国からの要請依頼という形でレイと組んでいただけにすぎない。詰まる所、彼らもレイのことを知らなければ、レイも彼らのことを何一つ知らなかったのである。


逃亡を許されず監視が吐いた状態で国から出たこともないレイに従うものは一人もおらず、こうして制止も聞かず特効して返り討ちになったわけだ。


しかも、魔王アイヴィスは優雅に玉座に腰掛けたまま細く長い手を軽く動かしただけで、魔術を使わずに倒して見せたのだから、その力の差は歴然である。


魔王の力と仲間が倒された現実に、レイはこのまま生涯を終えてしまうのもありか……。あのバカ国王から逃れられるのならそれもありかもしれない……、と現実逃避をしだした。


仲間が倒れたにも関わらず動こうとしない勇者に対し、アイヴィスは不思議に思って微かに首を傾げた。


「貴様は掛かってこないのか?」

「理由がないのに?」


即答だった。


「……人間は皆、俺に殺意を抱いていると思ったが」

「今日初めてあったやつにどうやって殺意を抱けって?」

またしても即答。それも正論である。


「そもそも……」

レイはギリリッと歯を食い縛った。

「俺は勇者になる気はないって何度も言ってんのにお前なら出来るお前だけが希望だとか人の話無視してんじゃねぇよあのハゲ面太鼓腹くそ国王が人の人権なんだと思ってるんだよちっさい頃から四六時中監視役つけやがって実はあいつ幼児愛好者かマジか変態なんかくたばればいいのにーー」

「まてまてまて。落ち着け、せめて深呼吸をしろ窒息するぞ」

すごい勢いでぶつぶつと呪詛の言葉を吐き出す勇者に、敵であるはずの魔王がつい心配する。

「陛下も落ち着きください。相手は勇者ですよ、罠かもしれません」

最高地位を取得している女騎士にして側近のリティス・ロジックが、ハラハラと見守る守衛を代表して冷静に突っ込んだ。

リティスは場の混乱を諌めようと口を開きかけたーーが。


レイが手にしていた聖剣プルガシオンを床に放り投げるーーどころか、思い切り遠くに投げ飛ばした。

その剣の価値を知るリティスはぎょっとして思わずたたらを踏んだ。

聖剣プルガシオンーー魔族に対抗するために名工とされる鍛治師たちが力を合わせて作ったとされる、神聖魔法の叡智を詰め込んだ最強の剣ーー。それを、躊躇なく本気で投げた……⁉

レイは鉄板が仕込んである襟を緩め、左右に開いて無防備な喉元を晒した。

「さあ、一思いにさくっと殺ってくれ。それとも、あんたたちの手を煩わせないために自分で頸、かっ切った方がいいか?」

懐から取り出された短刀がキラーンと光を反射した。

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ‼?」

さらりとした自殺宣言に今度こそリティス含めた騎士たちがレイに駆け寄って手を掴み、腰に抱きついて動きを封じた。

「落ち着け勇者、早まるな‼」

「そうだぞ、お前はまだ若いんだ、命を無駄にするんじゃない‼」

「何か辛いことがあるんなら俺たちが聞くぞ、だからその短刀は捨てるんだ‼」

敵であるはずの魔族の必死の説得に、なお抗おうと抵抗する勇者。第三者から見たらさぞ混沌とした光景だっただろう。

アイヴィスは玉座に座りながら、深く溜め息を吐いて隣で待機していたリティスに命じる。

「そこで転がっている連中を国境付近に捨てておけ。

ーー勇者」

「勇者じゃない、俺の名前はレイアーノだっ‼」

「ああ、わかった。では、レイアーノ」

勇者と呼ばれてがなるレイを軽くあしらい、アイヴィスは手を差しのべる。

「お前は俺と来い。……茶にでもしよう」


この日、魔王と魔王軍に一つ項目が書き加えられた。


ーーお人好しと。


魔王陛下、勇者の不憫そうな気配を察知

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