143話
ランディたちがレイの所在を探れなくなった頃。当の本人はといえば、異世界逃亡を果たしていた。
当然淳たちも一緒に帰還したのだが、流石は神の頂点たる創生神というべきだろう。惜しみ無く時の神の伝を披露して、召喚された時間に戻れるように交渉してくれた。ーー若干脅しに見えなくもなかったが、見て見ぬふりが賢明だろう。
しかしながら意識が戻るまでに時間が掛かり、結局机に突っ伏したり床に倒れ付していたりしたのを昼休憩を終えて戻ってきたクラスメートと教師に発見されて騒ぎになった。まあ、誰が置いたのか催眠術の本が置いてあって、興味本意に挑戦して集団で掛かってしまったのだと早々解決、怒られる羽目になったのだが。原因は最近変な本にばかり嵌まっていたアルカナが犯人だと推測する。
保険医に病院に行くかと心配されたが、実際は皆、転移の影響で気絶していただけなので固辞し、念の為今日は寄り道せずに帰宅するように念を押された。生徒思いの教師で何よりである。
帰り。
淳たちを連れ立って歩いていると、正門が騒がしいことに気が付いた。
「……?」
レイが顔を上げると、つい数時間前迄顔を合わせていた姿があった。
「レイ」
ふわりと、絶世の美貌が綻ぶ。
「アイ…紫月」
斎賀 黎の兄こと、《アイヴィス》斎賀紫月の微笑みに心臓を貫かれた在校生たちを尻目に、レイは直ぐ様駆け寄った。
「どうしたの?」
「うん? …ふふ。ただ、お前たちが大丈夫だったか様子を見に、な」
ディアの圧力に対する腹いせか、時の神の転移は少々手荒に行われたらしい。それを魔法で様子見していたアイヴィスたちは、窮地に強いレイたちだったので差程問題視していなかったが、丁度いい機会といわんばかりに転移したのだった。因みに、余計な真似をした時の神に関しては、ディアの鉄拳制裁を喰らったことを明記しておく。
麗しい傾国の美青年と校内一の美少年のやり取りに注目が集まる中、更なる黄色い歓声が上がった。
金髪碧眼の王子様然とした美貌の男と、黒髪に赤い瞳ーー在校生たちには黒瞳に見える魔法が使われていたーーの、艶やかな美しすぎる女が立っていたせいで。
「…………なにやってるの、二人とも………………」
レイが声を発したことにより関係者、更には顔の造形が兄弟と似ていることにより何人かが察した。
レイノルドは困ったように肩を竦めて笑う。
「何と言われても、ねえ?」
「む。確かに、言われてもな」
「…この似た者夫婦は…っ」
朗らかに笑うレイノルドと真顔のアイリスーー此方にいるときは菖蒲と名乗ることになった。単なる和名であるーーは、静かに佇む。
当の昔に肉体を失ったレイノルドは、ディアの創生により新たな肉体を得た。しかし聖人と呼ばれ国でも莫大な人気があった彼が戻れば、奇跡だとか騒がれて厄介なことになることは確実だったので、レイと同じく異世界に逃亡…基、亡命する運びになったのだ。
魔王としての立場があるアイヴィスと、彼の世界で神の一柱として破壊を司るアイリスは長期間滞在することは難しかったが、彼等の事だから頻繁に訪れることだろう。
だが、世間が見過ごしてくれるわけがなかった。
「さ、斎賀…? そ、そ、そちらの方々は、いっ、一体…!?」
やや緊張気味に問うて来たのは担任だった。
対して、どう答えようか困惑していたレイに助け船を出したのはレイノルドだ。
レイノルドはふわりと微笑を浮かべて前へ進み出る。
「初めまして、レイの担任の先生ですか? 息子がお世話になっています」
優雅に腰を折るレイノルドに、担任の篠崎は動揺した。
「え…えっ!? でも届け出は孤児で、お兄さんが養っていると……」
「ああ、その事ですが……」
ちらりと視線を向けられてアイヴィスが援護する。
「私が幼少の頃、レイにとっては産まれて直ぐですか、両親共に事故に遭い、先日迄昏睡状態だったのです。海外で起きた事故でしたし、片親が外国人であったこともあってか報道もされず…身分を示すものも紛失してしまっていて、結局行方知れずということに。両親は私とレイ以外の身内がおらず天涯孤独でしたので、捜索も早々に打ち切られたと聞いています。私も両親が生きていたことを知ったのはここ最近の事で…。弟には生存は伝えていたのですが、何しろ書類の上では故人でして……。今必要な手続きをしてきたところです『ーーという、設定だ』」
思わずレイたちは笑いを全力で堪えた。
さも悲痛な表情を浮かべて目を伏せるアイヴィスは見た目の相乗効果もあって役者だった。後半、対象を限定した魔法による伝達のせいで台無しだったが。聞いていない面々には効果覿面なのが失笑を誘う。
なにその無茶な設定ーー!?と呆れ返るレイ以外の胸中だが、生き返った後からどうにも話が道を突き進む愉快犯のアイヴィスは、察したもののしれっと黙殺する。
彼等の『思念伝達』による会話を知らない周囲は見事にアイヴィスたちは、迫真の演技に騙されて涙を浮かべた。
「そ、そんなことがあったのか……!」
「ええ。私が海外に出張していたのも、失踪…便宜上そう言わせて頂きますが、両親を探すためでもあって。目的が達成されたので、日本に戻ってきた次第です」
アイヴィスは一体、何を目指しているんだろう、とレイたちが遠い目になる一幕であったが、お陰で死亡していた筈の両親は受け入れられた。
もういいでしょ、とレイがアイヴィスの袖を引っ張り、一同揃って一礼して場を辞した。その際、家族仲良くね、等声を掛けられたが、微笑だけで流したのはレイだけではない。
先頭をレイとアイヴィス。直ぐ後ろをレイノルドとアイリス。淳たちが続いて帰路に着く。
レイは隣を歩くアイヴィスを見上げた。
「アイヴィス、いいの?」
「何が?」
きょとりと目を瞬かせるアイヴィスに、レイは真摯に言葉を続ける。
「俺は、彼方に留まらなくて」
葛藤はあった。
淳たちには一緒に戻ると言った手前、日本に戻ることが第一志望だった。
だが、レイが逃亡する切っ掛けであったルーカスはもういない。世界は少しずつ優しくなって、何れは勇者が必要なくなるだろう。
厄介な提案は確かに在ったが、本当なら異世界に来る必要はなかったのだ。
しかしアイヴィスが淳たちと日本に戻ることを進めた。
それどころか界渡りをしたことで力を得た召喚者たちが上手く生活に戻れるか心配だからと、様子を見に足を運ぶ甲斐性振り。淳たちが頭が上がらないと膝を着く程だった。
アイヴィスはなんだそんなこと、と笑う。
「いいさ、別に。お前にはお前の在り方があるし、友もいる。何よりもまだ若いんだ。やりたいことを見つけて、挑戦するには押し付けられた役割は邪魔なだけだろう。
ーーもしお前が、今後彼方の世界のために何かをしたいと思ったその時はーー」
アイヴィスは魔王に相応しい不適な笑みを浮かべた。
「ーー帰ってくればいい。お前の意思で」
レイは目を丸くする。
ぱちりと瞬きをして、アイヴィスの顔を凝視した。
後ろを見る。
笑うレイノルドとアイリス、淳たちの姿が。
前を見る。
つい先程迄とは違う町並み。ーーでも、見慣れた光景。
いつの間にか、帰る場所になっていた。
でも、……故郷も今では、そんなに嫌ではない。
そっか、とレイは笑う。
「自分の…好きにしていいんだ」
「そうだ。自分の人生、誰かに引かれた道筋を歩く必要はない」
そっか、そっか。
レイは歌うように呟く。
その顔はとても晴れやかなものだった。
何時でも『帰れば』いいのだ。
だって自分は。
自由なんだから。




