13話
数日が経った。
疑似親子設定ならぬおままごとを交えながら何度か開催された先生こと魔王アイヴィスによる料理教室で、なんとか飲み込みのよかったレイの腕前はそれなりに上達した。残念ながら一緒に講座を受けていたリティスの方は、元々不器用なこともあってあまり延びず、今後に期待というなんとも言い難い結果に終わった。
アイヴィスとリティスにあれこれと仕込まれている間に、ディアの方も準備が最終段階に入っていたようで。
早朝、自分で頑張って作った朝食を頬張っているとき、準備が出来たぞ、と唐突に宣言された。
「ふえ?」
「お前……前振りもなく……」
驚いてトマトを刺していたフォークを皿の上に落としてしまった。カチャン、と鳴り響いた金属音に慌てて拾う。
何も言えずにいるレイの代わりに、アイヴィスが苦虫を噛み潰した顔で嗜めた。
「ふむ。機会を延ばすと言い忘れそうでの。まあ、許せ」
「痴呆と態とであることを明け透けにしているとわかっているか?」
「うむ、事実は変えられん。が、儂は痴呆ではないぞ」
どうだか、と鼻で笑う。
未だに目を白黒させて呆然とするレイをみてアイヴィスは一人舌打ちをする。
最早、アイヴィスとリティスにとってレイは種族を乗り越えた本当の弟同然だった。
だが、忘れていたが、レイは彼に課せられた定めから逃れるために、アイヴィス自身が異世界へ渡ることを提案したのだった。
寂しくないとは言えない。むしろ、ここまで関係を築いてしまったのだ、行かないでくれと引き留めたいのが本音だ。
しかしこの先、魔族陣営が望まなくても戦いが激化することは目に見えている。それほどにアイヴィスが憎悪するあの男率いる人間族は強欲なのだ。どちらかが血の一滴すら残さず根絶やしになるまで戦いをやめることはないだろう。
その時魔王に保護される形となった勇者の立ち位置は実に微妙だ。
レイの立たされていた不遇はすでに魔族領全土に伝わっている。アイヴィスの在り方に賛同する魔族たちは、挙って彼を受け入れた。
だがこの先戦況が崩れ、魔族が不利になった場合、真っ先に魔族に疑われるのはレイだろう。魔王に取り入り、情報を流用していたと。
もし逃がしたとしても、人間が再びレイを向かいいれる可能性は低い。それどころか、また利用しようと傀儡にしようとすることはわかりきっている。
魔王城にいる者は、レイが情に熱く大切にする優しい子供であることを知っている。自分のことのように喜び、悲しみ、様々な感情を共有してくれる子だと。
だから、だからこそ、手放さなければいけないーー。
苦悶の表情を浮かべるアイヴィスの腕を、レイは軽く引いた。
寂しさに揺れる心を、慰めるように、明るい笑顔を浮かべて。
「じゃあ、思い出、作らないとな」
「……?」
思い出、と呟いたアイヴィスに、レイは殊更明るく笑う。
「俺があっちに渡っても、たくさん思い出を作っておけば、寂しくなっても楽しかったこととか、嬉しかったことを思い出せばそれだけで元気になれるだろう? それにさ」
離れていても、家族は家族なんだし。
レイの言葉は、まさしく青天の霹靂、目から鱗が落ちるである。
くよくよしていた自分がバカらしい。
異世界に渡るレイが、思い出だけを持って、それを支えに頑張ろうとしているのだ。送り出す己が女々しく引き留めようとは、なんという愚行の極み。
アイヴィスは笑う。
レイの、これから訪れる未来を思って。
血の繋がりはないが、ーーたった一人の弟の門出を祈って。
自分達は、思い出という絆で繋がっていけるーー。
主人公、誰でしたっけ……?




