08 俺と加筆と万年筆
「な、に、今の? どういうこと?」
リオナが聞いてくるが、俺だって知りたい。
「ふうむ。成程成程」
「ドナルさん、何か心当たりがあるんですか」
訳知り顔のドナルに尋ねる。
「予言者殿の手記があるのですが、そこに、フラグ? のない結果は書き込めない、とありましてな。フラグ、というのが何なのかはわからんのですが、心当たりはありますかな?」
「あー、はい。わかります」
その言葉で俺は理解した。フラグという言葉が、こちらにはないらしいことも理解した。
「ねえ、フラグって何なの?」
「んー、伏線、はあるか?」
「何それ」
「えーとじゃあ、予兆。それか、原因のない結果は引き起こせない、とか?」
「ああ、そういうこと。くじを買わなきゃ当たらないってことね?」
「まあ、そうかな。っていうかドナルさん、予言者の手記があるなら見せてください。どこにあるんですか?」
ドナルの翻訳を疑うわけじゃないが、俺が読んだほうが色々手っ取り早いだろう。
「……ううむ、まあ、お貸しするのはやぶさかではないのですがな」
ドナルは、そわそわと視線を彷徨わせている。
何だ? 何か嫌な予感がするぞ――と気持ち構えた俺の前で、ドナルは、部屋の隅、本が雪崩ている場所を指差した。
「その手記は、あそこに埋もれているのですな」
「やっぱりかー! この部屋の乱雑っぷりを見たときから、ちょーっと嫌な予感してたんだよー!」
おーまいがっ! と俺は頭を抱えて叫ぶ。
「フラグね」
「そーですね、そーですよ!」
新しく学んだ単語を正しく使用したリオナに、やけっぱちで答えて、その勢いのままドナルを責める。
「もっと整理整頓しておけよ! 大体、邸はぴっかぴかなのに、何でここだけ汚部屋なんだよ!?」
「使用人に掃除されたら、何がどこにあるのか把握できなくなってしまうのですな」
「あー、来たよ来たよ、どこにあるかはわかってる発言! でも、どこにあるかわかってたって、発掘できなきゃ駄目じゃん!」
「何、多少は手間取るとしても、三人でやれば、然程時間はかからずに――」
とその時、カンカン、カンカン! と鐘の音が鳴り響いた。力強く、素早い連打。
「これは……?」
「む」
戸惑うリオナと、眉を顰めたドナル。
俺は、何か火事っぽいな、なんて思っていたら、コンコン、とドアがノックされた。
「何かな」
「失礼致します、旦那様」
ドナルが応じるとドアが開き、俺たちを案内してくれた使用人さんが一礼した。
「避難警報が出ております。お早く、ご移動くださいませ」
「うむ。すぐに出るが、使用人たちの避難は、我輩を待たずに進めるが良いな。無論、お前もだ」
「――かしこまりました」
返事には一瞬間が空いたが、使用人さんは表情変えずに一礼して去った。
これはあれか、旦那様には最優先で避難して欲しいんだけどなーっていうやつか?
汚部屋っぷりに好感度下がってたけど、使用人思いで慕われてる、いい雇い主さんなのかもしれない――って、今はそうじゃなくて!
「避難警報ってことは、魔物の襲撃か!?」
「でしょうな」
「っ予備日はなしか……!」
移動を急いだ分、日数を稼げているんじゃないかと期待してたけど、そんなに甘くなかったらしい。
「避難所って、どこなんですか?」
「む? 避難所は、大体教会ですな」
リオナの質問に、ドナルは机をがさごそしながら答えた。
教会か。確か、結界だか魔法だかで、魔物は教会にあまり近寄らないと書いた気がする。強い魔物には効果がない、とも書いた覚えがあるが……。
「誠、貴方は避難所に行って」
「え、ちょ、リオナはどうするつもりなんだ!?」
「勿論、戦いに行くわ」
「っリオナ!?」
俺の呼びかけも無視して、リオナは飛び出して行ってしまった。
「リオナ……」
確かに、リオナは勇者として、ある程度強い設定にはしてあるが、魔物の大群を蹴散らせるような強さにはしてない。この危機をどう乗り越えるか考えて煮詰まったのも、エタった理由の一つだった。
「予言者殿、お手を拝借」
「え?」
ドナルは俺に、本や書類が詰まった箱――俺のノートと例の万年筆も入っていた――を押し付けてきた。
「それから、こちらもですな」
反射的に箱を受け取った俺の横をすり抜けて、ドナルは、部屋の入り口付近にある戸棚を開け、中に入っていた一振りの剣を取り出した。
「その剣は……?」
「何代か前の勇者殿が使用したという、伝説の剣ですな。安全な場所に運ばねばなりますまい。これが失われることは、人類の大いなる損失ですからな」
「はあ……そうですか」
一刻を争うはずの状況に結構余裕だなと思いつつ、歩き出したドナルの後についていく。
けど、ふうん、伝説の剣ねえ……って、あれ?
「……ねえ、ドナルさん」
「なんですかな?」
足を止めて声をかけた俺に、ドナルが返事をする。
俺は視線を、ドナルではなく、剣とノートに向けて。
「……この伝説の剣、すっごい能力があったりしませんか?」
「…………」
俺の言いたいことが伝わったようだ。ドナルはしばし考え込んで。
「あることに出来る、かもしれませんな」
「よっしゃ!」
俺は箱を床に置いて、ノートと万年筆を取り出した。ぱらぱらっとノートをめくり、本文最新のページを開く。
さて、何て書こうか――まずは、剣のことを書かないとな。
「そこには、伝説の剣が保管されていた」
声に出しながら書き込み、ジャッジを待つ。俺の横で、ドナルも固唾を飲んで見守っている。
そして、俺が書き込んだその一文は、今度は流されることも、弾かれることもなく、ノートにしっかり定着した。
「おお……!」
「っし! 行ける!」
俺はさらにペンを走らせた。
「何代か前の勇者が使っていたというその剣は……」
どうする? どんな能力があったほうがいい? 切れ味鋭い程度じゃ、大群相手に心許なさすぎる。一振りすれば炎が生まれるとか? いや、街が火事になるのも嫌だよな。水、いや、風? でも、まだ避難している人が巻き込まれるかもしれない――って、そうだ!
「剣は、魔物にのみ、雷を落とす。リオナは、その剣で幾千幾万もの雷を落とし、街には大した損害を与えることなく、多くの魔物を蹴散らし、撤退させた……で、どうだ!?」
俺が書き付けた文字は、一瞬、赤い光を見せた。
失敗か、とドキッとしたが、流れることも弾かれることもなく、文字はノートに留まっている。
「……行ける、のか?」
俺は恐る恐る、ノートの文字を擦ってみた。消えはしないようだ。でも、それならあの赤い光は何だ?
意見を求めようとドナルを見るが、彼は何事か考え込んでいて、俺の視線に気付かない。
「ドナルさ、」
「っきゃあー!」
邸の外から女性の悲鳴が聞こえた! いよいよ、魔物が迫っているらしい。
こうなったら、もうあれこれ考えている場合じゃない! 予言書には書き込めたんだ、とにかく、この剣をリオナに持っていってみよう!
俺は、剣を抱え、念のためにノートと万年筆も引っ掴んで、走り出した。




