07 俺と勇者と研究者
もうもうと埃が立ち込める室内に、沈黙が下りる。
「……さて、これです、これ。最近、特に痛みが酷くて難儀してましてな」
……何事もなかったように、箱をあけやがった!
「それで、お連れは一体どなたですかな?」
じーさまの薬を飲んでから、ドナルがアートに尋ねた。
「おう。予言者候補と勇者候補だ」
「何ですと!?」
答えるアートの声は気楽なものだったが、ドナルはくわっと目を見開いて身を乗り出し――またしても雪崩を引き起こした。
「……その根拠をお聞かせ願いたいですな」
やはり何事もなかったように話を進めるドナルに、アートも平然と応じる。
「そいつぁこの二人から聞いてくれや。俺は急ぎの仕事があるんでな」
「え!?」
説明を初対面の俺らに丸投げして、アートは出て行ってしまった。
ちょ、マジか!
「それで、予言者殿と勇者殿ですと? まず、どちらがどちらですかな?」
「え、と、それは……」
戸惑うリオナに代わって、俺が前に出る。
「ええと、予言者候補の誠と、勇者候補のリオナです」
「ふうむ。その根拠は?」
「このノートです」
「っこれは!」
ドナルは、俺が差し出したノートをひったくって、食い入るように見た。
「ふうむ、確かに、歴代予言者の文字と同じですな。なになに……村に、美人、姉妹が、あり、おり、ました……」
たどたどしく、音読される。しかも、丁度本文一ページ目だった。
……自分が書いた文章を音読されるとか、ちょっと、かなり、恥ずかしい……。
「あ、あの、今は時間がないので、解読は後にしていただきたいんですが……」
書いたのは俺だけど、書かれているのはリオナのことだ。リオナも恥ずかしかったらしく、頬を染めつつ言ったところ、ドナルは「何ですと!?」と憤慨した。
「研究者に材料を与えておきながら研究するなとは、新手の拷問ですかな!?」
「あ、あの、いえ、その」
ドナルに詰め寄られてリオナが軽く混乱したので、俺はノートを示しつつ、口を挟んだ。
「あー、読むなら最後のページにしてください。急ぐ理由が書いてあります」
「何ですと? どれ……街を、魔物の、大群が、包囲……これですな!」
「それです。俺自身、まだ予言者の自覚はないんですが、もし本当だったら大変なんで、どうにかしたくてこの街まできました」
「納得ですな」
「街の警戒とか避難とかに、ご協力お願いします」
「お、お願いします!」
俺の言葉に続いて、リオナもぺこりと頭を下げた。
「ですが、そちらはもう、アート殿が取り掛かっているでしょうな」
「え?」
「アート殿は、ここの領主殿とも懇意でしてな。領主殿も、アート殿の進言ならば、粗略にはしませんのでな。襲撃の警戒と対策については彼らに任せておけばよろしい」
「はー。アートって凄い人なんですね」
確かに俺は、アートは腕利きで顔が広い冒険者と書いた。けどそれが、こんな大きな街の領主を動かせるほどのものとは思ってなかった。
「ということで、我輩らは予言書について話をするべきですな」
「え、予言書について?」
そりゃあ、議論の余地はいろいろありそうだけど、それって、襲撃前にやることなのか?
「然り。予言書は、どのようにして書かれましたかな?」
「どのようにって……普通に、ペンで」
「書くときはどんな様子ですかな? 特定の場所は? 手が勝手に動くとかは、ありませなんだか?」
「場所は……自分の部屋だったり、外出先だったり。手が勝手に動くことはなかったなあ」
勝手に動いてくれたらいいのにと思うことは多々ある。思考を、そのままノートやパソコンに書き込めれば、すげえ楽だろうなあ。
「書く内容はどのように決まりますかな?」
「書く内容は……」
夢で見たことが元ネタになるけど、そのまま使ったものもあれば、話作りの際に加工したものもある。
あれ? ということは――
「なあリオナ」
「何?」
「リオナはノート、一通り読んだんだよな?」
「ええ」
「内容は、どんだけ合ってた?」
「――全部よ」
す、とリオナの目が据わった。
「え……、全部?」
「ええ、そうよ。村人との関係、お姉ちゃんにあげたリボン、記念日のごちそうメニューに、修行で毒をくらったことまで。私の記憶にある限り、全部」
リオナの声と表情が「監視してたの、どこまで見てたの、この変質者!」と俺を責めている。
誤解だ、濡れ衣だ! 水浴びシーンなんて夢に出てきてないし――なんていったって、信じてもらえないだろう。
なので。
「う、うわー、マジかー、そいつはびっくりの精度だなー」
リオナから視線を逸らしつつ、そういうのが精一杯だった。
「…………」
う、リオナの視線が突き刺さる……い、いや、今問題にしたいのはそこじゃない!
ええと、俺が脚色した、しないに関らず、あのノートに書いたことが、現実になっているってことで――
「予言者殿! 何か思いついたことがあるのですかな! 説明を求めますぞ!」
「あ、ああ。確証はないんだけど」
ドナルに催促されて、俺は推測したことを話す。
「――ふうむ。成程成程。だとすれば、特別なのは人ではなく、この予言書というわけですかな?」
あ、その言い方、ちょっとぐさっときた。いやまあ、俺自身に予言能力があるっていうよりは、ノートのが特別っていうほうが納得できる話じゃあるが。
「予言者殿、この予言書はどこで手に入れられましたかな?」
「え?」
言われて、必死に記憶を探る。
そういえば、愛用してた数冊一組売りのノートじゃないし、買った覚えのないノートだったんだよな。引き出しを探っていたときに見つけて、貰い物だっけ? と首を傾げたことを思い出す。
「……わからない。いつの間にかあった……」
「ふうむ」
俺の返事に考え深げに頷いて――ドナルは、がさがさと机の上の紙束を掻き分け始めた。
「どうしたんです?」
「書いてみるのですな」
「へ?」
驚き聞き返す俺の目の前でペンを発掘したドナルは、躊躇いなくノートに書きこんだ。
「えええ!? 貴方が書いちゃうの!?」
リオナの悲鳴は、俺の代弁でもあった。
俺は急いでノートを覗き込んだ。
ドナルが書き込んだのは、魔物の大群は引き上げた、という一文だった。
あ、そうか、それ書いちゃえば戦闘なしで終わるのか。
なんて感心しているうちに、ノートに書かれたその一文が滲んだ。
「え?」
別に濡らしてないのに、ドナルの書いた一文だけが滲み、やがて洗い流されるように消えた。
「予言者殿の番ですな」
「え、あ、はい」
驚く俺にペンが差し出され、とりあえず俺は、ドナルと同じ文章を書き込んでみた。
が、こちらも同じように流れて消えた。多少、ノートに留まった時間が長かったような気もするが、それも秒単位、気のせいといわれればそれまでだ。
「誠が書いても駄目なの? ……本当に、これ、今まで誠が書いてたの?」
「っ俺だよ! 間違いなく!」
疑いの眼で見られた俺は、強く無罪を主張した。
「では次ですな」
騒がしい俺とリオナには構わず、ドナルは引き出しを開けて別のペンを取り出した。
って、それは!
「万年筆!?」
こっちの世界では、ペンと言えば鉛筆か羽ペンのはずなのに、鮮やかなオレンジ色の万年筆が登場して、俺は目を疑った。
「先代の予言者殿が持っていたというペンなのですな」
そういってドナルは、また同じ一文を書き込んだが、こちらも流れて消えた。
「お次ですな」
「…………」
然程期待していなかったらしく、ドナルは、さっさと万年筆を渡してきた。
万年筆を受け取った俺は、ごくりと唾を飲み込んでから、書き込む。
――魔物の大群は引き上げた、の文字は、赤く輝いたかと思うと、ノートから弾き出され、砕けて消えた。




