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06 俺と勇者と予言の書

 

 図書館から駆け戻った俺たちは、アートとじーさまに事情を説明した。するとアートはドナルとは知り合いで、丁度、じーさまの薬配達の依頼を受けているからと、同行と紹介を買って出てくれた。流石アート、頼りになる! じーさまは、馬車の手配をしてくれて、各種回復薬を持たせてくれた。ついでに俺には、私物を入れるための荷袋もくれた。ちょっとぼろくて穴開きそうだけど、でもとにかく有難う、じーさま!

 

 で、アートが馬車を走らせて、舌噛みそうな揺れに吐きそうになって――件の街を見下ろす丘で小休止を取ったときには。

 

 「おえ……気持ち悪……」

 

 俺は半分死んでいた。

 

 「どうやらまだ魔物たちは来ていないようね」

 

 リオナは、俺と一緒に揺られていたのに、平気な顔でノートと現状とを照らし合わせている。

 

 「おう、誠は随分へばってんなあ。じーさまの薬、飲んどけよ」

 

 御者台から降りて近づいてきたアートが、状態異常回復薬を放り投げてくれた。

 

 「さんきゅーです……」

 

 乗り物酔いで状態異常回復薬を飲むなんて、なんて贅沢な! と思わないでもないが、気持ち悪さには勝てなかった。

 これから戦闘になるかもしれないんだから、体調は万全にしておくべきだ、と内心で言い訳しながら――戦闘になるかもって考えたら、またなんか気持ち悪くなって――ぐいっと薬を呷る。

 

 「うぷ」

 

 まずい。けど、吐き気はましになった気がする。驚きの即効性だと感心する俺に、「このノート、なんで日付を書いてないの?」と、少し責める口調でリオナが話しかけてきた。

 

 「なんでって……」

 

 確かにリオナの言ったとおり、俺は日付を書いていない。

 でも、じーさまの調合は俺のヒントですぐ完成したし、アートが馬車を飛ばしたから、ノートに書いたよりは断然早く着いてるはず――と考えながら馬車から這い出て、空を見上げた。日の高さから、まだ昼過ぎというところ。問題は夕暮れ頃だ。ノートでは、到着した日の夕暮れに、街が襲われる。

 

 果たして襲撃は、今日の夕暮れか、今日以降の夕暮れか、あるいは、襲撃自体がないか――

 勿論、襲撃がないに越したことはないが、でも今のところ、ノートと現実は合致している。

 

 バジリスク戦でリオナは結局石になったし、治療薬はじーさまが開発したし、アートが依頼でこの街に来ることになっていたのも、ノートに書いたとおりだ。

 で、ノートどおりってことなら、襲撃日も予想できそうなものだが――実は俺、その辺は非常に、その……曖昧というか、ぼかして、というか……とにかく、明確にはしていない。

 

 「何でなのよ」

 「な、何でといわれれば、それは――」

 

 胸苦しさを感じながら言葉を濁す俺に、リオナが詰め寄ってくる。

 

 「それは?」

 「……め、面倒くさかったから……」

 「は?」

 

 観念した俺の正直な答えに、リオナの目と口がOになった。埴輪か、なんて思った次の瞬間。

 

 「っ面倒くさいって……!」

 

 リオナの目は三角になった。次いで口撃が始まろうというところで、俺は先にまくし立てる。

 

 「だ、だって面倒くさいだろ! 一日目これして、二日目これしてって指折り数えて話を進めていくのって! あとでエピソード追加したくなったときにずれるのも大変だし!」

 「~~っじゃあ何、書きかけで止まってるのも、面倒くさかったから!?」

 「うっ」

 

 苛立ったリオナの言葉はクリティカルヒットだった。

 い、いや、時々、書くのが面倒くさいって思わなかったこともないけど! でも、筆が止まったのは、忙しくなったっていうほうが強い――

 

 「あんたねえ! そのずぼらのせいで、街が大変なことになったらどうするのよ!」

 「っずぼらいうな!」

 

 ずぼらという言葉には、かちんときた。

 話作りに限らず、融通利かせる余地を残しておくことは大事だろ!? それはずぼらじゃねえだろ!?

 

 「そもそも、俺は予言をしているつもりなんてなくて、ただ単に話を作っているだけのつもりだったんだ!」

 

 ほぼ自分の趣味で、急がなきゃならない理由なんか、何一つなかったんだ!

 

 「おいおい、落ち着けって、お二人さんよ」

 

 角突きあわせる俺とリオナの間に、アートが割って入ってきた。

 

 「リオナが焦る気持ちもわかるが、書いてねえもんは仕方ねえ。今の俺らに出来んのは、さっさと街に行って、出来るだけの備えをすることだ、だろ?」

 「っそれは……はい」

 

 アートの言葉に、リオナはしおしおと頷いた。バジリスク戦で助けられたせいか、リオナはアートには素直だ。

 

 「よおし」

 

 リオナに向かって頷いたアートは、次に俺を見て、俺の背中を、ばん! と叩いた。

 

 「誠も、ちったあ落ち着け。もし本当に魔物の襲撃があったとしても、今俺らは、出来る限りのことをやってんだ。これから先どうなったって、おめえの怠慢のせいなんかじゃねえよ」

 「アート……」

 

 アートの言葉で、胸の重苦しさが少し軽くなって、それで俺は気付いた。

 気持ち悪さは、乗り物酔いのせいだけじゃなくて――

もし本当に襲撃があって、それで被害が出たら、それは勝手に書いて、勝手に書くのをやめた俺のせいなのかもって、そんな風に心のどこかで不安や責任を感じていて、だから俺は、さっきのリオナの言葉にムキになって言い返したのか……。

 

 「さあてと! 馬も休めたようだし、そろそろ出発すっか!」

 

 アートは威勢よく声を張って、御者台に向かった。

 残された俺とリオナは、顔を見合わせ――

 

 「悪かった」

 「ごめんなさい……」

 

 同時の謝罪に笑みを零してから、馬車に乗り込んだ。

 

 

 賑わう通りを馬車で進みながら、俺はまた、不安になった。

 アートは俺のせいじゃないといってくれたが、もし本当に襲撃があったら、この人たちは……。俺がもっとちゃんと書いてれば、先回りとかで対処のしようもあっただろうに、よりによってノートの記述は、魔物が街を包囲するところまでしかない。魔物を率いているのは、マーフィーという、竜と人間のハーフの青年だ。

 

 その後のことも、ちょいちょい夢に見たような気もするが、そもそも夢なんて、そんなはっきり覚えてるもんでもないし……。

 なんて考えてたら、馬車が止まった。「よおし、着いたぞぉ」というアートの声を聞いて、馬車を降りる。

 

 「すごいお邸……」

 

 俺の隣で、リオナが呟いた。

 確かに、大きな邸だ。ここだけじゃなく、周辺の邸も大きい。高級住宅地ってやつか。

 

 「誠、リオナ、こっちだ」

 「あ、はい」

 

 アートに促され、俺とリオナは邸内に足を踏み入れた。内装も、予想に違わず豪華だ。高そうな絵とか壺とか。そして隅々まで掃除が行き届いている感じ。この広さを綺麗に保つなんて、どんだけ手間暇かかるんだか。俺には無理だ。俺は、アパート一室だって、ここまで綺麗には出来ない。

 

 いや、それはともかく。

 荷運び依頼主である邸の主人は書斎にいるというので、俺たちは使用人さんの案内に従って歩き、ノックの返事を受けて部屋のドアをあけて――

 

 「うお」

 

 俺は驚いて一歩引いた。

 凄い。何がって、この部屋の乱雑さが。

 ドアを挟んだ廊下側には塵一つ落ちていないのに、この書斎は、年代物らしき本や書類が、あちこちに積みあげられて埃をかぶっている。これじゃあ、欲しいものを見つけるのも一苦労だろうな。

 

 返事があったんだから、確かに人は居るんだろうが、ぱっと見はどこにいるかもわからない。それくらい、本や書類が積みあがっている。

 

 「ドナル。じーさまの薬を持ってきたぞお」

 

 なのに、アートは平然と、積み上がる本の隙間を縫って進んだ。

 

 「これはアート殿、待ちかねましたぞ」

 

 返事があって、本の陰から、ひょろりと細い人影が現れた。

 丸眼鏡にぼさぼさ髪。目の下には酷いくま。いかにも、研究に没頭して不摂生してます、という学者風の男性だ。彼、ドナルは、アートが差し出す荷物を受け取ろうと手を伸ばし――その際、本の塔に触れて、盛大な雪崩を引き起こした。

 

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