05 俺と勇者と予言者と
「おう、目ぇ覚めたかぁ、誠」
「……アート」
「おう。飲むか?」
「……ん」
飛び起きた俺の正面にはアートがいて、見上げた俺に、水の入ったコップを渡してくれた。
……っていうか、そうかー、やっぱ駄目だったかー。
受け取った水を飲みつつ、俺は落胆する。
ノートを見ながら寝落ちした状況を再現したら、もしかして俺の部屋に戻れるんじゃないかって、ちょっと期待してたんだけどなー……。
考えながら水を飲み干したところで、俺の右手側にも人がいることに気付いた。
そういえば、女の子の声がしてた――
「ってリオナ! 回復したのか!」
そこに立っているのがリオナだと、俺はようやく気付いた。
「遅い!」
「はっは。まあ、寝起きだし、しょうがねえって」
ぷりぷりと怒るリオナに、からからと笑うアート。
「なんじゃい、騒々しいのう」
そこに、じーさまが顔を出した。
じーさまの口調はのんびりめで、怒った調子はなかったのだが、リオナは「す、すみません」と申し訳なさそうに謝った。広場で石化していたはずのリオナが、だ。
じーさまが見事にやってくれたわけだ、凄いぜ、じーさま!
「無事に戻れて良かったな、リオナ」
「……まあ、ね。先生のおかげ。それとアートさんにも、色々面倒をかけて……その、ごめんなさい、ありがとう」
しおらしく謝罪と礼をいうリオナを、アートは豪快に笑い飛ばす。
「はっは、俺は大したことしてねえよ。今回の最大の功労者は、誠だぜ」
「え、俺?」
いやいや、まさか。だって俺、詰め所でノート読んでただけだし。
「おうよ。バジリスクの弱点を教えて、石化の治療法も教えてくれたじゃねえか」
「バジリスクを退治したのはアートだし、中途半端な俺の知識から薬を作ったのはじーさまだし」
「そう謙遜すんなって! おめえはこの街の救世主なんだからな!」
「ええー……?」
謙遜ではなく、公正な事実の把握だと思うのに、アートは「胸を張れ!」と背中を叩いてくる。てか、痛いって。
「それより! 私はあなたに聞きたいことがあるのよ!」
「ん? 何だ?」
「これ! これは一体何なのよ!」
そういってリオナがバシッと叩いたのは、俺のノートだった。
「え、何って、俺の覚書ノートだけど」
このノートの文字が、こちらの人には読めないのは確認済みなので、そらっとぼけて答えたのだが。
「覚書!? 嘘言わないで! 私のことを書いてるじゃない! 私の出生、家族構成、村を出た理由から、昨日のバジリスク戦まで! 何なのよ、私の事ずっと観察してたの!? しかもまだ続いてるし!」
「え……? ちょ、ちょっと待て!」
俺は、怒ってまくしたてるリオナを遮って、逆に詰め寄る。
「リオナ、これ、読めたのか!?」
「は? 読めるわよ。当然でしょ」
馬鹿にしてるの、と盛大に顔を顰めるリオナに、そうじゃないと首を振る。
「だって、じーさまは読めなかったぞ!?」
「え?」
驚いたリオナがじーさまを見て、じーさまは重々しく頷く。
「うむ。異国の文字は読めぬからのう」
「異国の文字? これが?」
どうやらリオナは、異国の文字とは意識せずに読んでいたらしい。
どういうことだ? こっちの言語を俺が理解できてることなら、夢だからとか、異世界転移チートとかで納得することも出来るんだが。
「ふうむ……。もしや、誠は予言者なのかもしれんのう」
「おお、やっぱ、じーさまもそう思うかあ」
じーさまの仮説にアートも我が意を得たりと頷いている。
って予言者? そんなの、俺、小説に登場させた覚えないんですけど!
一体どういうことだと首を傾げる俺の目が、じーさまと合った。
「うむ、この国には、勇者と予言者の伝説と言うものがあるんじゃ」
「勇者と、予言者?」
「そうじゃ。魔物が活発になる頃、予言者が現れる。予言者は魔王を倒す運命の勇者を見出し、予言の力で勇者を導くといわれておるんじゃが、彼らは皆、独特の文字を使用しておって、携えた予言書は、予言者のほかには勇者にしか読めなかったといわれておる」
「予言者? 独特の文字……?」
いやまあ確かに、日本語は、こっちの人たちにしたら独特の文字だろう。
そして「災いの(以下略)」は、俺が夢で見たものが元ネタになっている。予知夢と言えなくもないだろうが、でも見た夢は断片的で、結構、俺が隙間を埋めたりもした。それって予言なのか? 俺が俺の意思で書いたと思っているものも、神様か何かに書かされてるって?
むむむ、と俺が唸っているところに。
「じゃ、じゃあ、勇者っていうのは――私?」
困惑するリオナが、誰にともなく尋ねた。
「あー、まあ、そういうことに、なるんじゃないか?」
俺が見た夢は、大半がリオナのことだった。これで彼女が勇者じゃないっていうほうが驚きだ。
「私が……」
俯き、黙り込むリオナ。表情は見えないし声は沈み気味だが、でもリオナは、勇者になって村の人たちを見返してやるって誓ってたんだから、嬉しいはずだけどな。
「それはともかく、もし本当に俺が予言者だったとして。俺の前任者はどんな人だったとか、その後どうなったとかはわかってるのか?」
「いや、それがようわからんのじゃ」
「そうだなあ。魔王を倒した勇者と予言者が、その後表舞台で活躍したっつう話はきかねえなあ」
「田舎でひっそり平和に暮らしましたっていうやつかな」
それか、予言者は異世界の人間だったんなら、帰還したから噂にならない、とか。そうだと嬉しいんだけどな。で、帰る方法を書き残してくれていると、尚嬉しい。
「――誠、図書館に行くわよ」
「え?」
「図書館になら、勇者と予言者の本があるわ」
「あ、なるほど!」
リオナの提案に、俺は、ぽん、と一つ手を打った。
で。
「随分あるんだな」
一棚埋める勢いで、勇者と予言者、そして魔王の関連本がならんでいて、驚きつつも途方にくれる。
「それだけ魔王との戦いが続いているということよ」
苦い口調で言いながら、リオナは一冊の本を引き出した。「予言者・未来の手記 解読書」だった。
って、未来って、日本の名前だよな? 予言者は日本人なのか?
そう思って予言者の名前一覧を探してみると、明日香とか、真治とか、聞き馴染みのある名前ばかりだった。
「私は地球の日本人です。気がついたらこちらの世界に来ていました……」
小さな声でリオナが読み上げた。横から本を覗き込むと、そこには日本語の文章しかなかった。タイトルには解読書とあったはずだけど――ああ、解読は後半にのってるのか? とにかく、リオナは日本語を自力で読んでいるわけだ。
「リオナ、日本語読めるんだな」
「……私には、日本語を読んでいるという意識がないわ。誠、あなたもそうなんじゃない? その本、この大陸の言葉よ」
「……おおう」
指摘されて気がついた。確かに、今俺が手に取っている本は、日本語でもアルファベットでもない、本来なら俺に読めるはずの無い言語で書かれていた。
「これが定番の言語加護というやつか」
異世界転移ものにはほぼ必須の、言語に苦労しない加護が俺にも与えられていたらしい。
「でも、リオナはなんでだ? リオナは日本から来たわけじゃないよな?」
「私は生まれも育ちもこの大陸よ。詳しいことは、この人にでも聞いてみましょ」
そういってリオナが広げたのは、著者プロフィールが書かれたページ。勇者予言者研究の第一人者、ドナルとあった。出身は――って、あれ?
「誠? どうかした?」
「この街の名前、前に見たことがある。……俺のノートで」
「! それってつまり、この街で何かが起こるってこと?」
「俺のノートが、本当に予言書だっていうなら……魔物の襲撃がある、はずだ」
「っなら、急ぎましょ!」
素早く本を棚に戻したリオナは、俺の手を引っ掴んで図書館を飛び出した。




