04 俺とアニキと解呪の薬
身体が石のようになって身動きできないリオナであったが、突如現れた大男と蛇は、リオナの真正面にいた。意識はあって、見ることも出来ているリオナは、大剣を軽々と担いで走る男を、内心で応援していた。
吹っ飛ばされた蛇は窓ガラスを突き破り、室内の鏡台にぶつかって、ようやく止まった。鏡からずり落ちた蛇に、男は警戒しながらも歩み寄り――
「ん?」
そのまましばらく観察したかと思えば、やがて無造作に蛇を摘み上げた。リオナが声を出すことが出来たなら、「無用心な!」と突っ込んでいるところだ。
「なんだあ? 死んでるな?」
男の拍子抜けした声に、リオナは「えー!?」と叫びたかったが、出来なかった。
男もリオナも知る由もないことだが、彼らが初遭遇したこの蛇はバジリスクという魔物で、その視線は人を死なせ、あるいは石化させる。
実は、その力はバジリスク自身にも有効であり、鏡に叩きつけられた前後、鏡が反射した自らの力によって、バジリスクは命を落としたのだった。
だが、そんなことはわからない男は、首を傾げつつ、石化したリオナの前で足を止めて。
「……さあて、こいつぁどうしたもんかねえ」
思案げに呟きながら、こんこん、と軽くリオナの額をノックした。
「――で、ここから石化回復のためにアートが色々頑張って、リオナが復活すると」
具体的に言うと、アートが知り合いの医者に相談して、名称不明だけどバジリスクの文献を見つけて、薬を調合するわけだ。
今回、アートが間に合ってリオナが無事だったとしても、石化している住人がいるから、薬は準備しなくちゃいけない。ええと、必要なのは、マンドラコラにルーのハーブ……
「おう、誠、石化の解き方は知ってっかい?」
「っうおあ!?」
ノックなしに勢いよくドアが開けられて、ちょっと心臓が止まるかと思った。
「び、びっくりした! アート、無事だったんだな。リオナはどうだった?」
「あー、それが、俺が行ったときには、もう嬢ちゃんは石になっちまっててなあ」
すまねえな、とアートは謝ってくれるが、彼が謝ることじゃない。
「いや、そっか、間に合わなかったかー」
リオナが石にならずにすむかもと思ったけど、そんな上手くはいかないらしい。もしかしたら、このノートに書かれたことは変えられないのかもしれない。
いや、今はそれよりもだ。
「ええと、石化を解く方法だったな。薬を調合すればいいんだ」
「なんてえ薬だい?」
「俺も詳しいことはわからないんだ。でも、アートの知り合いの医者に相談すればいいよ。きっと知ってる」
「……そうかあ? じゃあそうしてみるが、誠、おめえも一緒に来い」
「え、俺も?」
「おうよ」
「でも、俺が行っても役に立てないと思うけど」
「いや、そうじゃねえ。そろそろ晩飯時だしな、メシ食いながら、話を聞かせてくれや」
晩飯時、と聞いた途端に、腹が減っていることを思い出した。
「……でも俺、金がないんだけど」
「はっは! んなこと気にすんな、俺の奢りだ!」
「ごちそうになります!」
さすがアニキ、かっけーっす! よ、太っ腹!
歩きながらも腹の虫が鳴き始めていたが、医者への調合依頼が先だ。
俺とアートは診療所に向かった。
石化した人たちが運び込まれているというその診療所は、随分手前から石像が並んでいた。つまり、診療所に入りきらないほど、街の人たちが石化しているというわけだ。
俺たちはそんな石像の横をすり抜け、山と積み上げられた本に半ば隠れていた小柄な老医師と面会し、早速用件を伝えた――のだが。
「石化を解く薬を調合しろじゃと? 出来るもんなら、とっくにやっとるわい」
「え?」
ノートによれば、間違いなくこの老医師が薬を調合しているのに、出来ないといわれて、俺の頭は真っ白になった。
「だよなあ」
隣でアートが、腕組みしてうんうんと頷いている。
って、アート、断られるってわかってたのか!?
「当然、じーさまには真っ先に相談したさ」
そんな馬鹿な! だって、これが夢なのか現実なのかはわからないが、とにかく今までは、ノートに書いた通りに話が進んでる! それなのに、石化を解く方法だけが違うなんて……!
「で、でも……そうだ、その本! 研究してるんですよね? 何かヒントくらいは見つかったんじゃないですか!?」
「ふん。石化の原因もわからんし、解決のヒントも見つかっとらんわい」
「おっとそうだ、じーさま、原因はバジリスクっつう魔物だったぜ」
拗ねるじーさまに、アートが報告した。
「何? なんじゃ、そのバジリスクっつーのは。初めて聞く名前じゃな」
「おう。俺もだ。だが、この誠がそう言った」
「ふうむ?」
「…………」
アートとじーさまに視線を向けられた俺は、引きつった愛想笑いを返す。
ど、どう説明したらいいんだ?
「で、誠。薬の調合方法に心当たりはねえのかい?」
「え、調合方法?」
「そうだ。バジリスクの対処法みてえに、聞いた覚えはねえか?」
「あ、ああ、それなら……でも、詳しい手順とかはわからないんだけど」
何しろノートでは、じーさまが調合した、で終わってしまっているから。
「この際、不完全でも構わんわい。ヒントだけでも寄越すのじゃ」
「あ、はい。それじゃあ、マンドラコラと、ルーのハーブと――」
と、ノートを開いて読み上げていたら、「なんじゃ、そこに書いてあるんなら、それを見せい」とじーさまに奪われた。
「…………」
じーさまは食い入るようにノートを見て――じろり、と俺を見上げた。
「小僧、これは何語じゃ」
「……日本語です」
「日本語?」
「海を渡った先の島国らしいぜ?」
「……ふん。ならば仕方ないのう」
じーさまはノートを机に放り出すと、「マンドラコラ、ルーのハーブ」と呟きながら、本の山から一冊、だるま落としのように引き出した。ざっと目を通したら傍らの山に積んで、また別の山から一冊引き出して、を繰り返す。じーさまは、もう俺の存在も忘れたようだった。
「こうなったじーさまには、もうこっちの声は届かねえよ。っつーことで、後はじーさまに任せて、俺らはメシに行こうぜ」
「あ、ああ」
ぽん、と肩を叩かれ、俺はアートの後について診療所を出た。
角を曲がれば、アートお勧めの食堂があるということだが、曲がる前から、もう賑やかな声が聞こえている。
「街の平和に、かんぱーい!」
どうやら討伐成功の噂が広まったらしく、客が溢れ、皆で陽気に乾杯を繰り返していた。
「……いや、これ無理だろ」
めちゃ混みだ。
「おお、これは俺も予想外だ。仕方ねえな、別の店に――」
「お、アート! 聞いたぞ! お手柄だったんだってな!」
しかし引き返す前に、アートが見つかって捕まった。
「ほら、こっちだアート!」
「兄ちゃんもほれ、飲め飲め!」
「我らが英雄に、かんぱーい!」
酔っ払って上機嫌の客たちに引っ張られ、あれよあれよと言う間に店内に連れ込まれ、ジョッキを渡され、乾杯に巻き込まれた。
「兄ちゃん、食ってるかー?」
「あ、はい」
パイ包みっぽい皿が突き出されたので受け取った。あ、美味い。
「ほーら、肉食え、肉! じゃねえとアートみたく強くなれねえぞ!」
「あ、はい」
空になった皿に、肉が盛り付けられた。
いや、今更喰ったって太るだけで、アートみたいな、でっかいむっきむきにはなれないと思うんだけど。でもまだ腹に入るんで、ありがたく頂く。美味美味。
「飲ーんでるかー、にいちゃーん」
「飲んでますよー」
「くってるかー、にいちゃーん」
「食ってますよー」
ジョッキが空になる前に、酒が注ぎ足される。皿が空になっては、新しい皿が差し出される。アートの連れということで下にも置かないもてなしを受けた俺は、存分に飲み食いして、腹がいっぱいになって、ほどほどに酔っ払った。
夜遅く、いや、もう明け方近くになってようやくお開きになって、じーさまの診療所のベッドを使っていいと言ってもらえたので、アートの肩を借りて歩いて、ベッドにダイブ。
正直、もうそのまま寝たい気分だったが、どうしても試しておきたいことがあったので、俺はノートを開いた。
「ええとー……」
次は、西の大きな街で、魔物の、襲げ……。
「――っいい加減、起きなさいよ!」
「どわ!?」
苛立った少女の声と共に頭を叩かれて、俺は飛び起きた。




