03 俺とアニキと石化の魔物
アートは、この街出身の名の知れた冒険者で、里帰り中に今回の事件に遭遇。リオナと知り合って仲間になる。
が、今はまだリオナとは知り合っていない。ノート通りなら、広場でバジリスクと交戦するリオナを見かけるはずだ。
「兄ちゃん、名前は?」
詰め所のドアを開けたところで、アートが尋ねてきた。
「あ、誠です」
「誠? 変わった名前だなあ。出身は?」
「ええと……東の、海を渡った先の島国です」
こっちの世界に、本当に東の島国があるかどうかは知らないまま、俺の口は滑っていた。
「お、海を渡ってきたのか。大陸の外の人間に会ったのは初めてだぜ。船でどんくらいかかったよ?」
いいながらアートは椅子を引き、俺の肩を押さえて座らせた。
どんくらいって言われてもな……。
「え、と、それが、気付いたら着いてました、としか。大体船酔いで寝てたので、詳しいことはさっぱりで」
「はっは! そいつぁは難儀だったなあ!」
笑って俺の肩を一叩きしてから、アートは、テーブル挟んだ向かいに腰を下した。
「それで? 誠の言うバジリスクってえのは、どういう魔物だい?」
「毒蛇です。視線が合うと、即死か石化」
まずはそう言ってから、俺は創作ノートを開いた。
神話伝承やファンタジー作品から抜き出した、バジリスクメモのページを開いて読み上げる。
「それから、強い毒を持っていて、それにも人を死なせる力があるし、水に混ざったら、数年は使えない」
ちらりとアートを見れば、腕組みをし、難しい顔で考え込んでいる。俺は続けた。
「こいつは主に砂漠に棲息するが、普通の土地でも平気で、その場合は周辺を砂漠化していく」
「……どうやら、間違いねえようだな」
把握している情報と完全一致していたらしく、アートは納得したように頷いて、それで、と身を乗り出した。
「そいつぁ、どうやって仕留めるんだい?」
「まず必要なのは、眼鏡」
「眼鏡?」
「直視が絶対駄目なんだ。ガラス一枚挟めばいい。それから、鏡」
「鏡?」
「奴の視線は、鏡で、奴自身に跳ね返せるんだ、」
メデューサみたいに、といいかけて、慌てて言葉を飲み込む。多分、メデューサっていう名前も知られてないはずだからだ。
「成程なあ。ところで誠は、なんだってそこまでバジリスクってぇやつに詳しいんだい?」
「あー……」
やっぱそこ、気になります?
「これでも俺はそこそこ経験のある冒険者だが、バジリスクなんてぇ名前は初めて聞いたぜ」
「そ、そこそこだなんて、ご謙遜を……」
愛想笑いしつつ、どういえば納得してもらえるかと必死で考えをめぐらせる。
ええとええと、あ! 故郷では結構メジャーでしたで行けるか!?
「――ま、どんな理由でも構わねえがな」
「え?」
いざ口を開こうとした矢先に、あっさり引かれて驚く。
そんな俺に、アートは笑みを見せた。
「打つ手がねえんで困ってたとこだ。ガラス一枚、鏡一枚で済むってんなら、試してみるさ」
「そ、れは、ありがたいけど! そんなにあっさり信じていいのか?」
「何だ、信じて欲しかったんじゃねえのか?」
「いや、そりゃ信じて欲しいけど! でも、さっきの門番だったら疑ってると思うぞ、絶対!」
詰め所には同行しなかった疑り深い彼を引き合いにだせば、アートはからからと笑った。
「はっは! あいつは生真面目で仕事熱心なやつだからなあ。悪く思わねえでやってくれや」
「それは、別にいいけど……なんかの罠だとかは、疑わなくていいのか?」
「罠、ねえ。実は、門番のあいつとのやり取りも聞かせてもらってたんだぜ。好いた女を助けてえんで必死だったろ。そいつを疑うのは野暮ってえもんだ」
「好いた……?」
誰のことだ、と思って、リオナのことだと気付く。
「って、いや、俺は別に」
そりゃ愛情はあるけど、それは恋愛的なものでじゃなくて、我が子への愛情的な?
「はっはー! そう照れなさんな」
否定する俺の背中を、アートがばんばんと叩く。
痛いって!
「う、もう、それでもいいから! 納得してくれたんなら、早くバジリスクを退治してくれ!」
「おおっと、そうだな。よおし、じゃあ早速、行ってくっとするか。眼鏡と鏡だったな」
「あ、なあ、俺も一緒に行っていいか?」
椅子から腰を浮かせて、お伺いをたてる。
どうせならリオナとアートの初対面シーンを見たいし、戦闘シーンも、安全そうなところから見てみたいと思ったからだが。
「ん? 誠は戦えんのかい?」
「……いえ、無理です」
ですよねー。戦闘に居合わせようとするなら、最低限、自分の身は自分で守れなきゃ駄目ですよねー。
「なら止めとけ。嬢ちゃんのことは俺に任せて、ここで待ってろ」
「……はい」
アートの言葉は全くもって正しい。足手纏いにしかならない俺は、大人しくしているべきだろう。
ああ、でも、せめて。
「アート。リオナは広場にいると思うんで、捜してみてください」
少しでも被害が少なくなればと、バジリスクの出現予定場所を伝えておく。
「広場ぁ? どこの広場かはわかってんのかい?」
「ええと、近くに散髪屋がある広場、かな」
「散髪屋か……おう、わかった、優先で捜してみるぜ」
「気をつけて。リオナのこと、お願いします」
まあ、リオナが聞いたら、「余計なお世話よ」とでもいうんだろうが。
「おう、任せろ」
アートは逞しい胸板をドンと叩いて、快く請け負ってくれた。
さすがアニキ! 頼りになります! とテンション高くアートを見送った後で。
「ええと、アートとリオナの顔合わせシーンは……っと」
椅子に座りなおし、ノートの本編部分を開いた。
「――さあ、行くわよ。全力で」
己に言い聞かせるように呟いて、リオナは剣を抜いた。
「シャーッ!」
蛇が飛び掛ってくる音が、背後から聞こえた。
「っ」
振り向きざまに剣を振った。
ギィン! と剣と鱗がぶつかりあって、リオナの腕に振動が伝わる。
「くっ! 硬いわね!」
一旦大きく距離を取って、リオナは、痺れる手で剣を構えなおした。
「どこにいった!?」
リオナは広場を見回した。だが、蛇は見当たらなかった。
ベンチや木の陰を注意してみてみるが、そこにもいない。
「どこに……!?」
ふいに気配を感じて、リオナは振り返った。
一メートルほど離れた木の根元に、蛇はいた。「シュー」と、舌をちろちろさせながら、リオナに狙いを定め――
「!?」
リオナは、全身が硬直するのを感じた。まるで石になったかのように、手も足も動かない。
そうするうちにも、蛇はリオナ目掛けて飛びかかってきた。
逃げられない。
リオナが最悪を覚悟した、その時。
「危ねえ、嬢ちゃん!」
大剣がリオナの目の前に現れた。大剣はリオナの顔面を庇うように差し込まれ、その平に、今まさに喉元に食らいつこうとしていた蛇がぶつかった。
「そおら!」
楽しげな掛け声と共に大剣がぶんまわされ、蛇が弾き飛ばされる。
蛇は軽々と広場を飛び越し、向かいにあった散髪屋の窓ガラスに、頭から叩きつけられた。




