02 俺と勇者と石化の魔物
感激して大きくシェイクハンズする俺を、リオナは半眼で睨んだ。
「は・な・し・て」
「あ、はい」
パッと手を放し、数歩下がる。と、その時、俺の足――裸足で寝てたはずなのに、何故かスニーカーを履いていた――が何かを踏んだ。
「ん? っこれは!」
俺は慌てて足をどかして、それ――創作ノートを拾い上げた。
一緒に来てたのか……!
中身はどうなっているかとパラっとめくってみたら、リオナが草原でゴブリンの群れを蹴散らすシーンが目に飛び込んできた。
草原って、ここじゃん! ご、ゴブリンって、まさかこれから襲われるのか!?
俺は慌てて辺りを見回した。見通しの良い草原で、俺たち以外に動くものは見当たらなかったが、はっきりいって、俺はびびっている!
「な、なあリオナ、この草原って、ゴブリン多いんだよな!?」
「? そうね。ちょっと前にも襲われて、返り討ちにしてやったけど」
「そ、そうか。頼もしいな」
事も無げなリオナの返答に、ほっと胸を撫で下ろす。
良かった。目の前のリオナも、小説のリオナと同じに、ちゃんと強いらしい。で、もしここが本当に俺の書いた小説世界で、これ以降、ノート通りの展開になるとしたら……。
「ねえ、もう出発していい?」
「あ、ああ、そうだな、早いとこ街に行きたいな!」
痺れを切らして置いてかれてはたまらない。ノートのチェックは後にしよう。
俺はこくこく頷いて、彼女の後を追った。
「……や、やっと、着いた……!」
前方に、待望の街並みを発見したとき、俺は疲労困憊で倒れそうになっていた。あと少しとはいえ、もう歩くのが辛い。足痛え。
何故か、履きなれたスニーカーを装備していたのでまだ助かったほうだろうが、疲れた、痛え。足が棒だ。
ちなみに、他にもアイテムとか装備品とかないかと探してみたが、なかった。創作ノートと普段着とスニーカーが、俺の所持品の全てだった。
銃とはいわないが、せめてナイフでも持ってて欲しかったな。使ったことある刃物は包丁ぐらいだけど。
「全く。だらしないわね」
ぐったりする俺の横で、リオナは涼しい顔だ。流石は勇者様だぜ……。
「でも、ここまで来れば、もう平気でしょ?」
「え?」
「街は目と鼻の先。あなた一人で行けるわよね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それってつまり……」
「そ。ここでお別れ。じゃあね、あなたはここでゆっくり休んでいるといいわ。あ、でも、日没には街に入ってなさいよ」
「ま、待ってくれ、リオナ!」
リオナに縋ろうと手を伸ばしたが届かず、彼女は一人、さっさと歩き出してしまった。
追いかけようと思っても、足のほうが言うことをきかない。俺は地面にへたり込んだまま、リオナに呼びかけることしか出来なかった。
「リオナー……」
振り返らない彼女の背中が、どんどん小さくなっていく。
俺はがっくりと項垂れた。
あー、どうするよ、異世界に一人ぼっち。金はないし、金目のものもないし。なんとか活用できそうなものと言えば、この創作ノートだけか? それも、これから先の展開がノート通りなら、役に立つかもという程度で――
「そういえば、これからどうなるんだっけ? 確か、街で戦闘があったような……」
何しろ書いたのは数年前なので、詳しく覚えていないのだ。
俺はノートを開いて、草原の続きを探した。
「なになに。草原を越えたリオナは、調査、討伐依頼のあった街に到着した。この街には、バジリスクが……ってバジリスク!?」
バジリスクと言えば、睨んだものを即死、あるいは石化させる魔眼と、猛毒の血を持つ蛇の魔物じゃないか! リオナは、何か対策してたっけ!?
「って駄目じゃん!」
リオナは石化していた。ギルドはバジリスクを想定しておらず、リオナも、その手の状態異常に抵抗力がなかったのだ。
「あ、でも、このピンチで仲間が出来るのか。兄貴肌の大剣使い」
ちょっとほっとして――いやでも、結構不安だな。
だって、良い意味でも悪い意味でも、本当にこのノート通りになるとは限らない。
「…………」
俺は、足を叱咤して立ち上がった。
とにかく、街に行ってみよう。本当にバジリスクが出ているのか、リオナは石化してしまうのか、兄貴肌の仲間とは出会えるのかとか、色々確認したい。
とりあえず、ノートに書かれた戦闘シーンは、黄昏時だ。牛歩の歩みでも、それまでには街につけるだろう。
「て、そうか。だからリオナは、日没までっていったのか」
多分、日没までには戦闘を終わらせようと考えていて、俺を巻き込むまいと、置いていったんだろう。
俺がノートに書いたとおり、根は良い子みたいだ。
よし! やっぱ、こんなところでのんびりしている場合じゃないよな!
俺は痛む足を引きずりつつ、街に向かって歩き出した。
どうにかこうにか街の門まで辿りついた俺だが、門番の槍が行く手を阻んだ。
「待て。今この街は戒厳令下にある。許可なき者は去れ!」
「ええ!?」
そんな殺生な!
「で、でも、俺、ええと、さっき赤毛の美少女が来ただろ!? その連れなんだが!」
「赤毛の美少女だと?」
門を塞ぐように構えられた槍は微動だにしなかったが、門番の興味はひいたようだった。俺はここぞとばかりにまくし立てる。
「そう! ギルドで討伐依頼を受けたリオナっていう子! その子に、戦闘に必要な情報を伝えないといけないんだ!」
「何? どんな情報だ。お前は、この街を襲う魔物のことを知っているのか」
門番が胡散臭げに、俺を見る。
そう、さっきざっとノートを見た限りでは、この街を襲っている魔物の正体は、まだ判明していないのだ。
「この街を襲っているのは、バジリスクっていう魔物だ! 下手に目を合わせたら、即死か石化する! 戦うには準備がいるんだ!」
「何だと? そんな魔物は聞いたことがない。何故お前は知っている」
「それは……」
俺は言葉に詰まった。
確かに、ノートには、バジリスクって名前は地の文に書いてあるだけだ。キャラクターたちは、バジリスクという名前すら知らない。現時点では未知の魔物だ。
うっかり名前を出してしまったけど、これって結構まずいか……?
「おう、いってえ何の騒ぎだい?」
と、その時、大剣を背負った、茶色い髪の大男が、ぬっと姿を見せた。
「アートさん!」
「!!」
アート! リオナの仲間になる大剣使い!
「実はこの男が、街を襲っているのはバジリスクという魔物だというのです。視線を合わせただけで、即死か石化すると」
「バジリスクだぁ?」
190近くある男が、顎を撫でながら俺を見下ろした。
筋骨隆々として、厳つい顔立ち。何も知らない人間なら、睨まれたとビビるんだろうが、俺は彼の性格を知っているから怖くない。面倒見が良く、器の大きい、頼りになる男だ。
まっすぐに見返したら、彼の太い眉が片方、上がった。
ん? 何だ、俺、今何かしたか?
「アートさんもご存知ないですよね? やはり、口から出任せを言っているのかと」
「そんなことは……!」
「まあ、待てや」
門番と俺の間に、アートの大きな身体が割って入った。
「確かに、即死や石化の被害は出てっからな。おう、兄ちゃん、詳しい話を聞かせてもらおうじゃねえか」
「アートさん!?」
「ちいっと詰め所を借りるぞ。兄ちゃん、こっち来な」
門番の抗議はスルーして、アートが俺を手招く。
「は、はい!」
やった! どうやって彼を見つけるかはノープランだったのに、早々に会えて幸先いいぞ!
俺は内心大喜びで、彼の後を追った。




