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16 俺と勇者とハッピーエンド

 

 村を襲った魔物たちは、魔王が浄化されると、一斉に逃げ出したらしい。それまではアートとドナルが魔物の攻勢を押し止めていたので、村の被害は少なくて済んだ。

 だが、村を守った恩人が、自分たちが蔑んできた姉妹の連れだったことが、村人たちを混乱させていた。

 恩人を連れてきてくれたからと態度が柔らかくなるもの、そもそも姉妹がいなければ魔物は襲ってこなかったと主張して敵対的なもの、どちらにせよ関らずにいようとするものと様々だ。

 

 そんな腫れ物扱いは、されるほうも色々疲れるものだ。いや、豪気なアートは意に介さず村を歩き回っているけど、とにかく、フィオナがもう少し回復して馬車の移動に耐えられるようになったら、ドナルの邸に移ってゆっくり療養しようという話になっている。リオナとマーフィーが甲斐甲斐しくフィオナの世話をしているので、移動できる日も近いだろう。ちなみにドナルは、一連の出来事を本に纏めるのだと色々聞きまわっている。

 

 「……それは、いいんだけど」

 

 問題は、俺である。

 てっきり、魔王討伐が俺の使命かなんかで、魔王を倒せば日本に帰れるもんだと思って……というか、願っていたんだが。

 

 「それっぽい兆候はないし」

 

 どうしたもんかなーと、俺は一人、丘で途方にくれている。

 いっそのこと、ノートに予言として、俺の帰還を書き込んでやろうか。万年筆はなくしたままだが、ノートが音声入力にも対応する優れものであるのは確認済みだし、やってやれないことはないんだが……。

 

 「問題は、それをやって俺が無事でいられるかだ」

 

 日本に帰れても、瀕死で放り出されたりしたら辛い。部屋に戻ったとして、俺は一人暮らしだし、助けを呼べなかったら終わりだ。いや最悪、死んだ状態で戻るってこともありえそうで、いまいち踏ん切りがつかないのだ。

 

 なので、伏線になりそうな文章が書かれたりしてないかと、ノートを丹念に読み返しているところだ。

 ……自分の文章の未熟さとか、誤字脱字とか、伏線張ったまま回収忘れてるとか、色んな粗を見つけてorzしたい気持ちになるが、目を逸らしてたら帰れないぞと自分に言い聞かせている。

 

 「――え?」

 

 リオナとアートの初対面シーンを読んでいたら、ノートが光りだした。

 って、これからまだ何か起きるのか!? まさかの魔王復活とか!?

 焦って辺りを見回すが、丘は静かなもので、何かが飛びかかってくる気配はない。

 差し迫った危険はなさそうなので、俺はノートに現れた新たな文章に目を通した。

 

 予言者は一人、夜の丘から、光の道を上る。

 

 「予言者が、光の道を上る……?」

 

 予言者ってのは、俺だよな? 光の道ってのは……もしかして、帰れる、のか!?

 ――今は考えてもわからないし、とにかく、夜にまた来てみよう。

 俺はノートを閉じて、一旦引き上げることにした。

 

 

 帰れるかもしれない。いや、やっぱり帰れないかもしれない。

 どっちつかずの状況に物凄くもやもやしながら、俺は夜までの時間を過ごした。

 もしかしたらこれでお別れになるかもと、リオナたちに話そうと何度も思ったが、ノートには一人、と書いてある。誰にも話しちゃいけないことかもしれないと、結局、言葉をのみこんだ。

 夕食の後片付けを手伝った後に俺が玄関口に立つと、針仕事の準備をしていたリオナが気付いて声をかけてきた。

 

 「誠、どこかに行くの?」

 「――ああ、ちょっと散歩」

 

 一瞬迷ったが、出来る限り気楽な調子を作って答えれば、リオナは「そう」と頷いて針仕事に戻った。

 ほっとしたような、残念なような……とにかく俺は一人、外に出て、丘への道を歩く。

 今夜の月も充分に明るく、頂上に近づいた辺りから、既に青い花がほのかな光を放っているのが見えた。

 そして、その花畑に佇む――若い女性の姿も。

 

 「……ええと、貴方は?」

 

 夜の丘に先客がいるとは予想してなくて、俺は困惑しながら彼女の様子を窺った。

 純白のローブを纏った彼女は、長い黒髪に、白い肌、優しげな顔立ちをしていた。村の女性ではないはずだ。一度も見たことがない。

 

 「私は、月女神です」

 「月、女神……!? え、嘘、貴方が! ですか!?」

 

 我ながら失礼なことを口走った感があるが、いやだって、ふっつーの女性にしか見えないし!

 

 「はい」

 

 けれど、寛大さは確かに神様級らしく、女神様は俺の無礼をスルーしてくれた。

 

 「貴方にお礼を言います。この世界を救ってくれて、有難う御座いました。貴方のおかげで、このお話はハッピーエンドで終わります」

 「……え、それは別に、俺の力じゃ」

 

 恐縮する俺に、女神様は柔らかく微笑んでくれる。

 

 「いいえ、貴方の……貴方方、予言者の皆さんのおかげです。本来は、貴方方を危険に晒すことなく、安全な日本にいたまま、この物語を終わりまで紡いでもらうつもりだったのですが……魔王の妨害のために、この世界に落として危険に晒してしまい、申し訳なく思っています」

 「え、物語を紡ぐ? え、魔王の妨害!?」

 

 ちょ、ちょっと待ってください女神様! なんか色々問い質したい単語が出てきてるんですけど!

 

 「はい。ですが、貴方方のおかげで、魔王は浄化されました。あとは――貴方を日本に帰せば、物語は終わります」

 「!!」

 

 俺のそれまでの疑問を全て吹っ飛ばす、何が何でも知りたい、最優先のものが出てきて。

 俺は、ごくりと唾をのんでから、恐る恐る、尋ねる。

 

 「俺は、帰れる、んですか?」

 「はい」

 

 女神様が頷いた次の瞬間、丘の花たちが一斉に輝きを強め、その青い光は、俺を中心に収束してきた。そして俺一人を囲う青い光の柱が、真っ直ぐに空へと立ち上る。

 

 「っう、浮いた!?」

 

 ふわりと、俺の足が地面から離れた。

 身体が浮いている!

 驚きつつも、光の柱の先を視線で追ってみれば、それは月へと繋がっていた。


 「今度は、貴方の物語を、ハッピーエンドにしてあげてください」

 「!」

 

 そうだ、帰ったら、続きを書けるんだ!

 書きかけのものが色々ある、どれから書こう? どれから手をつけるにしても、こっちでの経験を糧にして、今なら、面白いものが書ける気がする……!

 そんなことを考えるうちにも、俺の身体はどんどんと、月に向かって引っ張り上げられていく。

 

 「――誠!」

 「っリオナ!」

 

 下に、駆けて来るリオナの姿が見えた。

 青い光の柱に駆け寄り、手を伸ばしているのが見えて――けれどそれも、瞬き一つの後には見えなくなった。

 俺を包む光も一段と輝きを増し、そのあまりの眩しさに、俺は目を閉じ、瞼を手で覆った――

 

 

 ぶぶぶぶぶ!

 

 「――っ!?」

 

 目覚まし機能でスマホが震え、俺はがばりと跳ね起きた。

 染み付いた動きでアラームを止めて、ハッと気付く。

 

 「俺の部屋だ!」

 

 掃除が終わりきっていない、俺の部屋! スマホの日付をチェックしてみれば、掃除を中断した日の翌日だった。

 

 「! ノート、ノートは……!」

 

 寝転がって読んでいたはずのノートを捜す。

 けれど、布団をひっくり返してみても、ノートは出てこなかった。

 代わりに、大分草臥れた布切れが、枕元に落ちているのを見つけた。

 捨て判定の古着かな、と思いながら拾い上げ――俺は目を瞠った。

 

 それは布切れでも古着でもなく、荷袋だった。向こうで俺が、ノートや私物をいれるのに使っていた荷袋。

 破れかけていたそれは繕われ、しかも青い花――グレニスの刺繍がされていた。

 

 「これ、リオナが縫ってたやつか……!」

 

 最後の夜、リオナがしてた針仕事はこれだったんだ!

 ってことはやっぱり、あれはただの夢なんかじゃなくて……!

 

 ――今度は、貴方の物語を、ハッピーエンドにしてあげてください

 

 女神様の言葉が蘇る。

 そうだ。

 今度は、今度こそは、俺自身の物語を、完成させよう!

 

 ――行くわよ、全力で!

 

 「ああ、行くぜ、全力で!」

 

 リオナの掛け声を景気づけに叫びつつ、早速俺は、机に飛びついた。

 

 

 End


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