14 俺と勇者と偏見と
「おらあ!」
外ではアートが剣をぶん回して、ゴーストの身体を両断していた。流石、アンデットにも効くという武器。ゴーストは呆気なく霧散していく。
「ひ、ひひひ! おぬしらは、ここで儂の配下になるのじゃ!」
「あいつ……!」
ドナルの地下室で、マーフィーを襲って逃げ帰ったレイスだ!
「今度は逃がさんぞ、ワイネ」
飛び回るレイスに、マーフィーが氷の礫を連続で撃ち出している。レイスは出たり消えたりして逃げ回っているが、たまに掠めることもあって、その時は痛そうに呻いていた。
どうやらマーフィーの氷は、アートの武器と同じく、ゴースト系にも効果があるらしい。
「って、そうだ、リオナは!?」
リオナは、ゴースト系に効果的な攻撃手段を持っていなかったはず……!
そう思って辺りを見回せば。
「消えて!」
リオナの剣が一体のゴーストを唐竹割りにして、ゴーストは悲鳴を上げて霧散した。
「え、通じてるし」
「剣に祝福を施しましたからな」
「え、いつの間に」
「馬車の手配をしている間にですな――と、油断大敵ですぞ」
ドナルは、ぱちんと一つ指を鳴らした。すると俺の背後でぼっと炎が上がり、「ひぃいいぃい」と甲高く細長い断末魔の声が響いた。
「ど、ドナルって、魔法使えたのか!?」
てっきり研究一筋、非戦闘員だと思ってたのに!
「研究で現地に乗り込むこともありますからな。戦えなければ話になりませんな」
「そ、そうですか……」
え、ってことは、非戦闘員は俺だけ? 足手纏い、俺だけ?
なんて、一人ショックを受けている間に、アートたちがゴーストたちを倒しつくしていた。因縁の、逃げ足ばっかり早いレイスも、四人でかかれば追い詰めることは難しいものではなく、ついにはマーフィーの氷で刺し貫かれ「おぉのぉれええええ」と恨みを訴えつつ消えていった。
「さて、いよいよ魔物たちの本格的な侵攻の始まりですかな」
「おい、ドナル」
ドナルの言葉は、魔王の完全復活、つまりはフィオナが消滅したという意味を持つから、それをリオナに聞かせるのは配慮に欠ける。アートもそう思ったんだろう、少し強めにドナルの名前を呼んだが、既にリオナはその言葉を聞いてしまっていた。
「…………」
無言で俯くリオナに、今度はマーフィーが淡々と告げる。
「だが、そういうことだ。今まではフィオナが嫌がることは言動に出せなかったが、リボンは捨てられ、私への抹殺指令も出た。フィオナの意志が弱まっているのは間違いない」
「……村は、もうすぐよ。行きましょ」
それ以上聞きたくないということか、リオナは平坦な声で告げると、さっさと御者台に乗り込んだ。
村の入り口は狭くなっていて、馬車は入り込めそうになかった。ということで、アートは馬車を止め、俺たちも馬車から降りた。ちなみに、カテゴリー的には魔物となるマーフィーは、バレないようにとフードを目深に被って降りた。
そうするうちに、近くでなにやら作業をしていた男が、俺たちに気付いて顔をあげ――リオナを見るなり、目を吊り上げた。
「っお前、リオナ! 一体何をしに帰ってきた!」
「……別に。何でもいいでしょ」
「良くない! お前がいると碌なことが起きないんだ! この、災いの娘め!」
「っおい、あんた、そんな言い方……!」
思わず抗議したが、そんな俺を、リオナが止める。
「いいの。相手にしても疲れるだけよ。さあ、こっちよ」
「リオナ……」
いつもは感情豊かなリオナなのに、今は無表情だ。
「おやおや。随分と嫌われたものですな」
「昔から、私とお姉ちゃんは厄介者扱いされてるの。嵐が直撃したら私たち姉妹のせい、日照りになっても私たちのせい、ちょっと事故が続いても、私たちのせい。ドナルさんたちを不快にさせたらごめんなさい」
ドナルに説明する言葉も、まるで台詞を棒読みしているかのようで――
「リオナが謝ることじゃねえって」
「……ありがとう、アートさん」
アートがリオナの頭をがしがしっと撫でると、リオナの顔に、薄くはあるが表情が乗って、俺はほっとした。
「チッ」
だというのに、村の男はこちらに聞こえる舌打ちをして、足音荒く去っていく。
……あいつ、追いかけて一発殴ってやろうか、と思ったところで。
「人だろうが魔物だろうが、差別があるのは変わらんな」
マーフィーの呟きが耳に届いて、そっちも気になった。
「魔物にも差別あるのか?」
「ああ。私は、竜人と人間の混血だ。純血らに劣っているとは思わんが、純血らにとっては、私は見下す対象だ」
マーフィーは、自嘲ではなく、皮肉な笑みでそういって――青いリボンに視線を落とした。
「だからだろうな……フィオナと通じるものがあったのは……」
「……お姉ちゃんのお墓は、この丘の上よ」
「よし、じゃあ行くか!」
馬車からスコップを取り出して担いだアートの号令で、俺たちは丘に向かって歩き始めた。
幸いというべきか、道中、村人とすれ違うことはなかったが、あの男がリオナの帰郷を知らせでもしたのか、遠巻きにこちらの様子を窺う村人の姿はちらほら見かけた。
……正直、気分悪い。
こちらを指差してひそひそしたり、関わり合いになりたくないとばかりに窓やカーテンを閉めてみたり、度胸試しに俺らに近づこうとする子供たちを捕まえて叱ってたり。
くさくさした気分は足取りにも影響して、ずんずんと進んだ俺は、丘の頂上に一番乗りだった。
「……おおー、これは、満開になったらすごそうだな」
丘の頂上一面で、青いグレニスの花が、風に揺れていた。
まだ完全な夜じゃないからか、花が開いているものもあれば、閉じているものもある。残念ながら、今日はどんより曇り空なので、月明かりの下で光る様子はお預けだ。
それでも充分に青い花畑の中を、リオナがゆっくりとした足取りで歩いていく。
「……お姉ちゃん……」
リオナは、花畑の隅、元はもっと綺麗に積み上げられていただろうに、今は崩れた形になっている石の前に立った。
「ここかい?」
「……ええ」
「掘り返しちまって、いいんだな?」
「……ええ」
リオナが頷くのを見届けてから、アートは土にスコップを突き立てた。
ざ、ざっと、土を掘り返す音と、時折吹く風に花が揺れる音だけが、その場に満ちる。
そしてどれくらい掘り返したか――かなり深く掘っても、遺体もリボンも、発見できなかった。
「……お姉ちゃん……っ」
フィオナは、魔王だ。
突きつけられた現実に、リオナは蹲り、嗚咽を噛み殺した――




