01 俺とノートと勇者様
エタ作家という言葉をご存知だろうか。
サイトに小説を投稿しつつも、物語を終わらせることなく放置する――しかも、それが一つ二つではなく、完結させた作品のほうが少ない作家に贈られる称号である。
かくいう俺も、そのエタ作家の一人だ。
……いや、言い訳っていわれればそれまでなんだが、壮大なストーリーが浮かんでるのに、壮大すぎて手が追いつかないとか、新しいネタが降って来て、どうしてもそっちを書きたくなってしまったとか、ちょっと詰まって気分転換にと新しい話に手をつけてそれっきりとか、反応が全然なかったからとか、リアルが忙しくて書く暇なくなったとか……まあ、色々、本当に、色々と理由はあるんだ、うん。やっぱり、生きてく上で仕事は大事だし。
ということで、色々エタらせたまま仕事が忙しくなって、投稿サイトからも遠のいていた俺だったわけだが。
「おー、懐かしいな、このノート!」
暮れの大掃除、断捨離中に、創作ノートを発見した。
小説投稿にハマっていたとき、閃いたアイディアとかを書きこんでいたノートだ。出先で書いた単語レベルのものから、見た夢を思い出して書いた一文、家でじっくり考えてまとめた設定、それから――終わってない、書きかけの本編もある。
「ちょっと、俺的には盛り上がりかけてたんだよなー」
一日、いや一時間の間にも沢山投稿されている大手サイトだったから、埋もれて、最初は全っ然注目されてなかった。投稿してもアクセスが一桁、ゼロの日だってざらにあって、見てもらえないんじゃ投稿している意味なんてない、なんてへこんで。
また早々にエタる予感がびしばしして、実際心が折れかけてたけど、ある日お気に入りに入れてくれた人がいて、飛び上がるほど嬉しくて、単純な俺は、それでやる気ゲージがぐんと上がった。
相変わらずアクセスは少なかったけど、お気に入りに入れてくれた人がいるんだって頑張れた。もしお気に入りが解除されてたら、またすっごくへこんだんだろうけど、幸い、解除されることもなく、逆に、ぽつぽつとお気に入りしてくれる人が増えて、更新していくのが楽しみになって――そんなときに、仕事がめっちゃ忙しくなった。
「…………」
ちらりと時計を見た。
0時ちょっと前。
「――うん、もう寝る時間だよな。掃除はまた明日だ!」
聞く人もいないのにそう宣言して、俺は創作ノートを持って布団に寝っ転がった。
表紙をめくる。
タイトルは「災いの子供といわれて村を追い出されたので、勇者になって見返してやろうと思います」。
美少女勇者の成長譚を書くつもりだった。
田舎で暮らす美少女リオナは、幼い頃魔物に襲われた。早々に主人公死亡かというところで、姉が身を挺して庇う。遅れて駆けつけた冒険者によってその魔物は追い払われたが、姉はその時の怪我が元で死亡する。リオナは、姉の墓の前で、仇を取ることを誓う。
冒険者に弟子入りし、戦いの才能が開花し、仇の魔物を倒した。だが、それでもリオナの気は休まらず、全ての魔物を根絶するため、打倒魔王を目標に掲げて旅立つ。
道中、魔物退治をしながら、一先ずは王都を、目指、し……。
「――ちょっと! 起きなさいよ!」
女の子の声と共に、頭に軽い衝撃。どうやら叩かれたらしい。
「あー……?」
いつの間にか寝落ちしていたらしい俺は、くっつきたがっている瞼をなんとか開けて、ぼやけた視界をはっきりさせるために瞬きを繰り返す。
青い空、白い雲、そして鮮やかな赤い髪をショートカットにした美少女――
「って、ええ!?」
俺はガバッと飛び起きた。
ちょっ、待て待て待て! ここ何処だ!? 俺の部屋は何処いった!?
「やっと起きたわね。全く。こんなところで無防備に寝るなんて、あなた、死ぬつもりだったの?」
腰に手を置いて、やれやれといった風情で、美少女が俺を見下ろしている。
俺は呆然と彼女を見上げた。
髪は赤、瞳は琥珀色。歳は十代半ば――いや、きっと、多分、十七歳。
「君は、その」
「私はリオナ。冒険者よ。あなたは?」
リオナ……やっぱり。
俺が書いていた「災いの子供といわれて村を追い出されたので、勇者になって見返してやろうと思います」の主人公そのものだ。
「俺、俺は……誠」
「まこと? ふうん。で、なんだってこんなところで暢気に寝ていたわけ?」
「そ、それは俺が知りたい! 俺は自宅で寝てたはずなんだ! それなのに、気がついたらこんな……」
こんな、見渡す限りだだっぴろい草原だなんて、一体何が起きたんだ? 夢か? そうか、以前ちょっと頻繁に見ていた、「災いの(以下略)」のネタ元になったあの夢の再発か! こんなはっきりと、しかもキャラと会話するなんて初めてのことだけど、とにかく夢だ!
「何、誘拐されて捨てられたの? 身代金が払われなかった……ううん、払われたから、解放されたのかしら」
「い、いや、これは夢、夢に決まってるんだ! ということで、ぶん殴ってくれれば目が覚める! さあ、一発景気よくやってくれ!」
リオナが呟く誘拐説を否定して、カモン! と気付けの一発を要請する。
「……まあ、それで気が済むんなら、遠慮なく」
リオナは呆れた視線を向けつつも、拳を握り――
「ぐぼげ!?」
脳天揺さぶる一撃がクリーンヒットして、俺の身体は軽く一メートルは吹っ飛ばされた。
いってえ――!! と、声は出ないので心の中で絶叫する。
夢ならぜってー覚めてる! っていう衝撃を受けたのに、俺の身体はごろんごろんと草原を転がった。
うっそ、マジで? これ、夢じゃないのか? 異世界トリップってやつか? しかも俺が書いた小説世界に?
肉体的と精神的なショックにくらくらする頭を押さえつつ、俺はなんとか立ち上がった。
「ふ、ふふ、いいもん持ってるじゃねえか……」
流石は勇者様だぜ……。
「あなたは予想通り貧弱ね」
余裕ぶりたくて吐いた台詞は、流された上で軽くディスられた。
悪かったな、俺の仕事はデスクワークだ! 身体鍛える時間なんてないんだよ! いや、時間あってもやらないけどな!
「――じゃあまあ、しっかり目が覚めたようだし、私はこれで失礼するわ」
「え!? ちょ、ちょっと待て! 一緒に行動してくれないのか!?」
翻ったリオナのマントの端を、咄嗟に掴んだ。
ここは一緒に最寄りの街に行くのが、どんな話でもセオリーじゃねえの!?
「は? なんで私があなたと一緒に行かなくちゃいけないのよ」
「あ、いや、でも」
そう言われればそうなんだけど! リオナには俺を助ける義理なんてないんだろうけど! でもそれをされたら、俺は高確率で死ぬ! だってこの草原、魔物いるんだろ!?
「こ、こんな人里はなれたところに置き去りとか、人道的じゃないだろ!」
必死に訴える俺に向けられたリオナの目は冷たかった。
「起こしてあげただけ感謝しなさいよ。私がそのまま通り過ぎたら、あなた魔物に襲われてたかもしれないのよ。それに、小さい子供ならともかく、私より年上のお守をするなんてごめんだわ」
「ぐ」
確かに、その通りっちゃあその通りなんだが!
「っだ、だが、自慢じゃないが、今の俺はそこらの子供以上に、何もわかってないんだぞ! そんな俺を放置して野垂れ死にでもされたら、寝覚めが悪くないか!?」
「……」
リオナの瞳が僅かに細まった。ちょっと考え込んでいる。よし、畳み掛けるぞ、俺!
「そ、それに! もし君の家族がこのことを知ったら、どう思うかな!?」
具体的に言えば、リオナのお姉さんな!
この時点でリオナの姉はもう死亡しているんだが、優しかった姉の性格は、リオナの行動規範の一つになっている。こういえば、リオナは多分断れないという悪知恵が働いたのだ。
そして、案の定。
「っ……わかったわよ、仕方ないわね」
「!」
溜息一つ落としたあとに、リオナは頷いてくれた。
「とりあえず、次の街までは一緒に行くわ。それでいい?」
「ああ、助かるよ! ありがとう、リオナ!」
俺は嬉しさのあまり、リオナの両手を掴んでぶんぶんと上下に振った。