デュエルと幸せ2
少し足を進めて……。
気がつけばライトフルーツの花による飾りつけが終わったのだろう。
勤しんでいた妖精達は、一ヵ所に集まりつつあった。
なんだろう。
いい匂いがする。
「これって……」
思わずよだれが出てしまう香ばしい匂いに、腹の虫が鳴き始める。
そういえば、昨日の夜から何も口にしてなかった。
そして、この油混じりの食欲をそそる音が、少し妖精達が集まる場所を覗き込めばすぐにわかった。
真っ平な、恐らく長いこと熱したであろう石の上で、大きくて分厚い一枚肉がジュージューと音を立てている。
その肉は、あまりにも巨大で、俺やウィズが満腹になるまで食べても残るだろうほどのボリュームがあった。
そして、そのそばには……。
「見てください、淳介! リリさんとララさんですよ!」
俺は顔を見上げる。
えらく真剣な表情のリリと、その様子を見守るララ。
「……!」
何かに気づいたリリが、素早く焼き石の下に目掛けて両手を翳す。
「緑よ、生命の流れの循環たる風をここに起こせ、リ、フロ、ル、ロラ!」
そう早口で詠唱すると、無風から石の下に向かって少し強い風が吹く。
火種が残っていたのだろうか。
風によって急激な可燃性物質を得た火種が、炎にはならないが、赤く反応する。
だいぶ前の話だから忘れていたが、この世界での魔法詠唱は早口言葉だったな。
俺はじっとウィズを見る。
ふと、あの時使った転移魔法を思い出していた。
「どうしたんですか、淳介?」
「いや、お前が使った転移魔法よりも詠唱がかっこいいなと思って……」
「なっ……」
ウィズは顔を真っ赤にした。
「酷いです、淳介! あれでもあの転移魔法は大魔法使い学院の由緒正しき……」
「誰の話をしてるノ?」
話していると、ノノとテテが俺達の会話に割って入ってきた。
「なんだ、ノノにテテ……マスティマの療養はもういいのか?」
「ある程度薬を塗り終わったら、激痛で気を失うように眠ったノ、それよりなんの話なノ?」
「いやぁ、ウィズの転移魔法の詠唱がナマムギナマゴメナマタマゴを三回言うことでな?」
「なま……何ッテ?」
二人の妖精は首を傾げる。
「じゅ、淳介ぇ!」
「っははは、でも、あれ聞いてたらそう思うだろ、ウィズ?」
「そりゃ……まぁ、そう思う時もありますけど……ふ、二人はどう思いますか!?」
そんなウィズの必死な問いに、ノノとテテは一旦目を合わせながら、苦笑する。
「流石にナマムギは……」
「ナマゴメナマタマゴっていうのも、流石にセンス以前だと思うッテ……」
ズーンとその場で落ち込むウィズ。
「由緒正しき詠唱文なのに……」
今まで自分がやってたことが他人から見たら何も理解されない上に恥ずかしいものだった。
そんな気持ち、わからなくもない。
しかし、俺にもこれは擁護出来ない。
だって、ナマムギナマゴメナマタマゴを三回言う、だ。
ここで噛まずに全然知らない言葉を使うなら違っていたかもしれないが……。
少々言い過ぎたか。
「ま、まぁ……もしかしたらその早口言葉を言えるのはウィズだけかもしれないぜ? ほら、誰も考えない戦略を見つけた時とか思い出してみろよ、ウィズはそれと同じことを今までしてたんだ、自信持っていいと思うぜ?」
「詠唱が変って言ってたのにですか、淳介?」
「うっ……」
グサリと突きつけられた正論に反応した俺を見て、ウィズはさらに落ち込む。
そうして、ウィズが掘り返された自分の詠唱文に疑問を持ち始めてしまった頃。
「あ、そろそろ出来上がるノ!」
ノノが指差す。
「出来上がる?」
辺りの注目が、一点に集中し始める。
各々、集まっていた妖精達は、よだれを垂らしたり、目をキラキラと輝かせている。
「妖精は基本的に蜜を主食としているけど、こういうお祝い事には一番大きくて長く独り身で生きたイノシシの美味しくて大きなお肉の部分を使うノ、なかなか食べられる物じゃないノよ!」
「へぇー……」
だから、みんな期待して待っているわけか。
と、なると、それを焼く担当であるリリはかなりのプレッシャーだろう。
現にここからでも、顔に冷や汗を垂らして、手が震えているのがわかる。
「へへっ……」
あの顔、デュエルでも同じ表情してたな。
堅くなりすぎたら、今焼いている肉が焦げるのと同じになっちまうってのに。
ちょっと、肩の緊張抜いてやるか。
「風よ、舞い上がれ、ル、ロイ、ラ……」
「頑張れぇ、リリ!」
「……え?」
そう叫んだ瞬間、分厚くよく焼けた肉が天高く飛び上がる。
「あ……」
詠唱が暴発。
多分そういう状況だろう。
かなり高く上がった肉は、俺の周りに黒い影を作る。
「は……え、え?」
――ベチャ。
俺は、その香ばしい肉の下敷きになった。
と、同時に――。
何十分と熱された肉が、俺の身体を熱し始める。
「ふ、ふぎゃああああああああああああああああ!!」
「「じゅ、淳介ぇ!」」
リリとウィズが俺を助け出す頃には、湯気を上げた状態で発見された。
「ぷっ……あはははははは、あっははははははは!!」
それを見て笑うリリの姉、ララにつられて、辺りは盛大な笑い声に包まれた。




