空撃ち、からの……。
「悪い……こと?」
妖精は、その意味不明な言葉に眉を顰める。
「へへっ……それはっ」
「はい、大好きです!」
ウィズが遅れて聞いてもいない返事をした。
「……あれ?」
「ったく、お前に言ったわけじゃないのになんでお前が返事するんだよ」
「えっ……あっ……」
今更気づいたウィズは、たはは……と笑う。
「はぁ……」
でも、そうだったな。
俺がいつもウィズに掛ける言葉だ。
「じゃあウィズ、それがどんなに痛くて、苦しくて、怖くてもか?」
ウィズは目をキラキラと輝かせる。
「……はい、それでも大好きです!」
「なら、俺達のこのターンとる行動はただ一つだ! マスティマ、いけぇ!」
「任せろ!」
マスティマはウィズの手札を1枚取ると、高く翳す。
「なっ……えっ?」
それを見て、妖精は思わず目を丸くする。
そう、その顔。
デュエルで傷つく怖がった顔よりも、俺はそういうこっちの戦略に興味を示した顔が好きだ。
「あんた達……正気?」
「これで三度目だ、妖精さん……言ったろ、俺達は戦略を一つに集中させるってな!」
そのためだったら、それが無駄だとわかっていても、俺達に迷いはない。
「リコードタグワンモアテイク、発動!」
このターン、自分の式狛かマスターカードを1体指定する。
それらが攻撃をする時、墓地の裏向きに置かれている札を上から3枚指定し、そのコストを言い当てる。
表向きにし、全て当たっていれば、もう一度攻撃が出来る。
ただし、その効果は無意味。
墓地の札が3枚以上裏向きでないため、複数回の攻撃は不可能だ。
「本当に使った……なんてアホ丸出しなことを!」
「だが、リコードタグワンモアテイクは連詠唱札……この意味はわかるだろ?」
スペルシードラスのコストは11。
だが、スペルシードラスは『連詠唱召喚の陣』という特殊なコスト軽減方法を持っている。
そのおかげで、スペルシードラスは、6コストの連詠唱札を裏向きで墓地に送ることによって、コスト4軽減でコスト7。
つまり、次の7ターン目からいつでも出すことができる。
手札にありさえすれば。
「バッカじゃないの! 次のターンに引けるわけないじゃない!」
「あぁそうだ、その確率は限りなく低い!」
「だったら、なんで……!」
俺は、冷や汗を掻いていた。
そう、全部正論なんだ。
確率の低いものを掴もうとする行為ほど、愚かなものはない。
俺達の置き札はまだ50枚以上。
その中から、たった1枚の切り札を引き当てるなんて、とんでもない確率なのは百も承知だ。
しかし、それでも俺達には、その確率に頼るしかない理由がある。
「それが、俺達にたった一つしかないお前に勝つ方法だからだ」
「……!」
「へへっ……だから俺達は諦めない、まだデッキの中に隠れている俺達が持つ、たった一つの希望がある限り、何度だって立ち上がって戦い続ける!」
妖精はグッと両手を握り締める。
「そういうのを……そういうのを、無謀っていうのよ! あたしのターンッ!」
妖精はドロー宣言せず、ターンを開始した。
そして、戦略札を1枚掲げる。
「魂の魔力変換ッ! これで私は任意の式狛を破壊して、それ1体に付き2枚ドロー」
指定されるのは、もちろん『戯れの沼妖精』。
こいつは地形戦略札が場にある状態で破壊された時、墓地からまた復活する。
さらに、破壊されたことによって、持っていた効果が発動。
「あんた達の手札を4枚デッキに戻して、4枚引かせる!」
くそっ、また俺たちの手札が……。
「さらに、あたしは手札から『魔力による修復』をコスト3を支払って発動!」
「マジカルリペア?」
「効果は、このターンに自分のドローした枚数分だけ墓地の札をデッキの一番下に戻す!」
「な、なにぃ?!」
さっきドローした枚数は4枚。
よってマッドデスプールのライフコストをほぼ回復させたことになる。
「さらに、このターン、互いに札をドローした枚数は合計8枚……これであたしは手札にある『沼の半鮫龍』をコストなしで召喚できる! 出でなさい、スラッジシャークドラグ!」
2体目を持っていたのか。
というか、あれだけ大量のドローをしていれば、そりゃ引いてくるか。
また一気に状況が悪くなった。
「何度だって立ち上がるんでしょ? だったら……この攻撃でも立ち上がって見なさいよ、スラッジシャークドラグ2体の攻撃!」
巨大な鮫が、2頭俺達に襲い掛かる。
「マスティマさん!」
「わかっている!」
マスティマは置き札より札を引いていく。
「来たぞ、淳介、ウィズ!」
よし。
「伏札発動『無力化の魔法』!」
引いた枚数は8枚。
ダメージはここでストップした。
「敢えて受けた? なるほど、少しでもデッキを掘り進めてスペルシードラスを出したいという願望の表れってわけ? ……まぁいいわ、どうせこのターンに切り札を引くなんて、絶対にありえないんだから!」
ペンタンが心配そうにこっちを見ている。
へへっ、バレたか。
しかし、それでも俺が言うのはただ一つだ。
「さぁ、それはどうかな?」
「強がってるんじゃないわよ! 引けるわけないで……っ」
マスティマは、ゆっくりと置き札に手を掛ける。
その様は、なんの躊躇もなければ、容赦もない。
ただその手は、引く手前で止まる。
「はっ……はっ……」
――ウィズは、聞いた。
「ターン、終了ですか……?」
そう、まだ引けない。
奴はターン終了の宣言をしていないのだから。
「……っ……っ」
「どうした? 息が上がってるぜ?」
「う、うるさい……」
俺にはわかる、伝わる。
妖精は今、ずっと思っているんだ。
――ここで引いたりなんかしない。
――ここからたった1枚の札で全てが変わるわけがない。
なぜならあいつは、ここまで勝つための積み重ねを何重にも束ねてきた。
相手のデッキを知り、相手のデッキを封殺し、はたまた相手の手札を見て。
けど、カードゲームっていうのは不思議なものだ。
時に、そんな努力も、無為になることもある。
しかもそれは本当に運でしかなかったのに、それについて色々考える。
なぜって?
そんなもん、悔しいからだ。
「ターン……終了よ」
妖精は、震えた声でそう言った。
けど、ここじゃ悔しいでは済まない。
たった一握りの運で、死にかけるんだ。
だから変える。
そのために、このデュエルは負けられない。
けど、俺は……。
「おい、お前……」
「……!」
「多分お前は、俺達がここでスペルシードラスを引けなけりゃ、またウィズを傷つけてくるだろうな」
「……そ、そうよ、当たり前じゃない! でないと――」
「ありがとう」
「……!」
マスティマはゆっくりウィズの腰のホルダーにあるデッキへ手を掛ける。
俺は言った。
「ここで俺達が勝っても負けても、またデュエルしてくれよな? それまで俺達は、諦めねぇから!」
そして、札は、そこから引き抜かれた。
「まっ……」
――――マッドデスプール全体が光り輝く。
それは、その強大な魔力によって、自分の領域を作り上げた証。
清められた沼は澄んだ色を取り戻し、まるであの場所、『生命再誕の湖畔』のようにポツポツと光が浮かんできた。
「待ってたぜ、相棒……」
(待たせてごめんよ、僕の大切な友達……)
何言ってんだか。
待つのはいつも慣れてるっての。
水面から飛沫を上げて、その呪文が身体全体に刻まれた巨体が顔を出す。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。
その咆哮は、森全体を揺らした。
「これが私達の切り札、『魔海王スペルシードラス』召喚です!」
さぁ――行こうぜ。




