05 男と女
治療院は、町の入り口から見ると、奥の方にある。
二階建てで、中に入ると、白い清潔な服を着た人が出迎えてくれた。
中でけが人相手に働いている人たちも、同じように白い服を着ている。
いそがしそうに歩いていた。
ラーラさんはどこに行くのか知っていたので、まっすぐに進んだ。
重傷者は、一階の奥だという。
四人部屋で、入り口に名札がかかっていた。
ただ、いまは二人しかいない。
それぞれ、ダドグ、ソソイ、という名前がある。これが、ラーラさんの仲間である剣士のソソイさんと戦士のダドグさんがいた。
「ラーラさん」
入ると声がかかった。
右手、手前のベッドには、あきらかにベッドと大きさが合ってない巨体が横たわっていた。
奥のベッドには、もうひとり、標準体型だが、冒険者にしては細身の体型の男がいた。
どちらもかなり包帯を巻いている。
でも表情は明るい。
「起きてました?」
ラーラさんが言う。
「寝てるだけですから、ひまなんですがね」
大きな体の、ダドグさんが言った。
「さっき、外でなにかあったようですが」
奥の、ソソイさんが俺を見て言う。
ということは、ウイングタイガー事件の詳しい話はまだ知らないようだ。
ケガをしたときの記憶を呼び覚まさないように、という治療院の人の配慮かもしれない。
「彼は冒険者ギルドのイン君。ちょっと悪いけど、すぐ試したいことがあるの」
まず、俺はソソイさんの前に連れていかれた。
「ちょっとごめんなさい、イン君がソソイ君を抱き上げるから」
「はい?」
ソソイさんはあまりわかっていないようだ。
ラーラさんが早くしろ、と目で訴えるので抱き上げた。
「ソソイさん、どうです?」
ラーラさんが言う。
「うん? 力あるな、君」
ソソイさんは俺に言った。
見た目は細く見えるソソイさんだったが、筋肉のせいか、体はずしりと重く感じられた。
「体の具合はどうですか」
「足が特に良くないな。……ラーラさん、これはなんなんですか?」
俺たちは顔を見合わせる。
「ソソイさん。なんか、こう、体の奥からわきあがる衝動! みたいなもの、ないかしら?」
「ないですが。あの、体がそろそろ痛いので」
「すいません」
俺はすぐ、そっとおろした。
もともと、二人はコンビで冒険者をしていて、そこに、今回だけラーラさんが加わったのだという。
だから、会話に微妙な距離感があるのか。
「イン君」
ラーラさんに言われ、俺はダドグさんの前に。
「次は……、よっ。どうですかダドグさん」
「おいおい、すごいな君。オレ持ち上げられるのか! 相当鍛えてるな!」
ダドグさんは言った。
たしかにダドグさんは俺より大きく、筋肉のかたまりのような人で、ちゃんと力を入れなければならなかった。
「体の具合はどうですか」
「いや全然痛くねえよ」
「治りましたか!」
俺とラーラさんが、ダドグさんにぐっと近づく。
「……強がりだよ。わかんだろ」
ぼそり、と言う。
「あ……、そうですか」
ダドグさんをもどした。
俺はラーラさんをちらり。
ラーラさんも俺をちらり。
「ラーラさん、いまのはなんなんです?」
ソソイさんが耐えかねたように言った。
「ええと……」
こまるラーラさん。
そして俺を見るラーラさん。
ひょい、と首にしがみついてきた。
抱けっとこと? と抱き上げる。
ラーラさんの右手が光った。
「おかしいわねえ」
俺の力がなくなっている、というわけではないらしい。
俺はラーラさんをおろした。
では?
「変なことしに来てごめんなさい。じゃあ、また明日。お大事に」
ラーラさんは言った。
謎いっぱい、という二人を残して部屋を出る。
「どういうことでしょうか」
ドアを閉め、俺が言う。
ラーラさんは首をかしげる。
「どういうことなのかしらね」
少女のケガはすぐ治った。
でもいまのは?
ケガをしてからしばらく経つと無理なんだろうか。
「あっ」
「きゃっ」
ちょうど角から現れた女性職員さんと、ラーラさんがぶつかった。
ただ、職員さんはラーラさんをかわすような動きをしたので、ラーラさんにはほぼ衝撃はない。
代わりに、職員さんが足をひねるような感じで廊下に転んだ。
「いたっ」
立ち上がろうとした職員さんが足首をおさえた。
「すみません、私がよそ見を」
ラーラさんが言う。
「とんでもない。わたし、ドジですね」
職員さんは笑顔でこたえた。
待てよ……?
「どうぞ」
俺は手をさしだす。
「すみません」
職員さんが俺の手をつかんだので、うむをいわさず抱き上げた。
「んっ」
治療院員さんが短く声を上げた。
そして体をすこし、くねらせる。
「んっ、ん……? あ」
「足はどうです?」
「あ……、え? ああ」
おろしてみた。
「どうでしょう」
「痛くない……。ええ?」
「足が……、それにやけどした口の中も痛くない。それに、あ、これは言えないけど、治ってる!」
いろいろケガがあるらしい。
おっちょこちょいな人だ。
「ありがとうございました。いまのは、治療魔法ですか?」
明るい笑顔でぐぐっと迫られた。
「いや、あの」
「……もし、もしよかったら、診ていただきたい患者さんがいるのですが。もちろん治療院から治療費もお支払いします。この治療院には専門の治療魔法使いがいないもので」
「えっと……」
俺とラーラさんの目が合う。
「すみません、これから用事があるものですから失礼致しますわ」
ラーラさんに背中を押されながら、俺たちは治療院を出た。
「どういうことなんですかね」
治療できると思ったら、できない。
と思ったらできた。
「イン君。あなた、その……、女性は好き?」
「それは、あの?」
「ふつうに、どう?」
「ふつうになら、好きですけど」
「男性は、どう?」
「その、恋愛対象ではないですけど」
「そう」
「えっと、その……、私はどう?」
「ええ?」
「一般的な意味で」
「一般的な意味では、それは、まあ、好きですけど」
俺はなんとか言う。
これはどういうやつだ?
いわゆるそのなんというか、誘惑的なやつなのか?
女に最後まで言わせるな、っていうあれなのか?
「さっきの治療院の女性はどう?」
「それは、あ……」
なんとなく、言いたいことがわかってきた。
「ラーラさんは、俺が、好みの女性を相手にした場合だけ、宿屋効果を発揮するんじゃないか、って言いたいんですね?」
ラーラさんはうなずいた。
「まだ決めつけるには、いろいろ不確定な要素が多いけれども、その線で考えるのもいいんじゃないかしら」
「なるほど」
そう言われると、そうなのかも……。
いや、ん?
「だとすると、ルルちゃんのことを回復させたのは、ちょっと問題じゃないかしら」
ラーラさんは言った。
「……、あれ、なんで離れるんですかラーラさん。条件はまだ未定って言ったのラーラさんじゃないですか。単純に、女性相手だと効果を発揮するっていう仮説でいいじゃないですか。ラーラさん! 別に俺は少女のことが好きってわけじゃ、ちょっと、ちょっとラーラさん!」