04 俺は特級宿屋
「あ……」
俺の腕の中でラーラさんが声を出す。
「すご……、こんなの初めて」
「ラーラさん」
「なんだか、私、変になっちゃいそう……」
「ラーラさん?」
「イン君、もっと……」
「ラーラさん!」
俺が言うと、ラーラさんははっとした。
俺の腕から降りる。
ラーラさんの、抱いて、というのは、抱きかかえる、ということだった。
ベッドに座ったラーラさんは、顔をほてらせ、髪の乱れを直している。
「コホン。だいたいわかったわ。なぜ、ルルちゃんのケガが治り、魔力がたくさん得られていたか」
「わかりましたか」
ラーラさんは俺を指した。
「イン君、あなたは宿屋だったのよ!」
……??
俺は手をあげた。
「ラーラさん」
「はい、イン君」
「俺は人間では?」
「そうね」
「ですよね」
「イン君、冒険者ギルドで働いてれいれば、特級宿屋って聞いたことあるでしょ?」
「あ、はい。みるみる体力が回復していくという、あの」
「ちなみに、私は一級宿屋にしか泊まったことがないんだけど、それでもかなり回復を体感できたわ」
「へー」
「傷がゆっくりふさがっていくのも見えた」
「すごい」
「でもそれよりもっとすごいって言われてるのが特級宿屋。傷なんて、瀕死の重傷でも生き返るみたいに回復するし、魔力もあっという間に回復。魔法みたいな宿屋よ」
「ん?」
「どこかで見たことがあるような効果じゃない?」
死にそうな少女が、いきなりバンバン魔法を使って大勝利。
「イン君に抱かれたルルちゃんって、特級宿屋に泊まったみたいな効果じゃなかった? 私も、もう魔力全快になっちゃった」
ラーラさんの手が青く光る。
「でも、俺は人間ですけど」
「そもそもね。私は特級宿屋に泊まったことがないし、見たこともない。泊まったっていう人に会ったこともない」
「なにも知らないの。きっとみんなそう。話でしか聞いたことないの」
「ということは、特級宿屋が、いわゆる宿屋の形をしている、とは限らないと思う」
「イン君は特級宿屋のような効果を生んでいた。つまり、イン君は特級宿屋である!」
ドン!
話は、筋が通っているような気がする。
でも。
宿屋だ! って言われても。
「イン君、それでお願いがあるんだけど」
「もうラーラさんのことは抱きましたよ」
モテ男っぽい発言になってしまった。
「ウイングタイガーの話ね」
「私たちが三人でいたとき、襲われたのは森の方だった。さっきも、森の方角から飛んできてたような気がする」
「そうですか」
俺は全然覚えてない。
「ウイングタイガーは、こんなところには出ないモンスターだけど、6体も……、7体だったかしら。そんなに来るってことは、森にたくさん住んでる可能性が高いと思うの」
「……震えますね」
あんなのがウジャウジャいるなんて、もはや半分死んでるような気分だ。
「でも、たまたま森のあたりをうろついてただけ、ってこともありますよね?」
そうであってほしい。
「もちろん。でもいろいろな理由で、モンスターの配置が変わることもあるの。一時的な発生じゃないかも」
「まずいじゃないですか!」
「だから森に行って、状況をたしかめたい」
「話はわかりました。でもラーラさんが王都に行って、兵隊かなにかに行ってもらうんですよね? 時間もかかりますし、危ないと思うんですけど」
「ちがうわよ」
「? じゃあどうするんですか」
「私とイン君が行くのよ」
「ああ……」
なるほど、俺が魔力供給しつつ、ラーラさんが途中で現れたモンスターを倒す、というわけか。
そう言ったらラーラさんは首を振った。
「ちがうわよ。森へ行くの」
「は?」
森へ?
「だって、イン君に抱いてもらえば魔力無限でしょう? 何体ウイングタイガーが出てきても戦えるし、安心じゃない?」
たしかに、俺がラーラさんを抱いていれば、魔力の供給がされ続ける。
なにしろ、一対一で、おそらく魔力を節約しながらの戦いで倒せたんだ。
さっきの、氷の槍をバンバン飛ばせば何体ウイングタイガーが来ても平気だろう。
バンバン飛ばしまくっていいなら、相手の数が多くてもそれほど不利にならない気がする。
気はするけど。
「かんべんしてください!」
「イン君が冒険者じゃないことはわかってる。あまり、モンスターが好きじゃないってことも」
「そんなレベルじゃありません!」
「だって俺、さっきこわくて動けなかったんですから。ラーラさんが何度も逃げろって言っても逃げなかったのは、別にラーラさんが心配だったんじゃなくて、こわくて逃げられなかっただけなんです。足が動かなかったんです」
情けないことをガンガン自白していた。
だけど事実だ。
そんな俺がウイングタイガーが大量に住んでいる森なんて……。
たくさんの木の陰から同時に、にゅっ、とウイングタイガーが顔を出した様子を思い浮かべるだけで意識が遠くなりそうだ。
「だから、無理なんですよ」
「よく考えて。イン君がいれば、さっきのルルちゃんみたいなことになるんだから」
「それにイン君は、私が最優先で守るわよ。だって、私はイン君に抱いてもらえば元通りなんだから」
「いや、俺が抱いてるんだから先に俺がやられるでしょ」
「イン君、これまでケガしたことある?」
「普通にケガして普通に治りました」
「宿屋スキルは、イン君には効果がないわけね」
「終わった……」
「でもこれは、この町だけじゃない、このあたりの地域一帯に関わることなの」
「今度は犠牲者がたくさん出るかもしれない。建物も壊されるかもしれないし、死んでしまった人は救えない。王都に行ってる時間はないの。イン君、力を貸して」
ラーラさんがじっと俺を見てくる。
俺はため息をついた。
嫌だなあ、嫌だなあ、嫌だなあ。
嫌だなあ!
「……わかりました」
「え?」
「こわいですけど。やります」
「ありがとう!」
ラーラさんが手を握ってきた。
ラーラさんの手は、表面にかたい部分があったり、傷になっていたり。
きれいに見えていたけれども、やっぱり冒険者なんだ。
「じゃあ治療院に行きましょうか」
ラーラさんが立ち上がった。
「治療院?」
「そうよ。私の仲間がいるっていったでしょ? 一緒に戦えば安心じゃない?」
あ、そうか。
俺がラーラさんを抱いて、他に戦士と剣士がいればかなり余裕が生まれる。
それにケガをしてもすぐ治せる。
俺は中心で回復魔法を使う役、みたいなものか。
あれ、これならいけるんじゃない?