25 新天地へ
「これで、とりあえずは平気みたいですけどね」
俺は草原を見わたした。
カルメリアの城が見える。
俺は、ラーラさんとメンジをおろした。
「一応、私は貯金を持ってきたけど」
そう言ってラーラさんがふところから取り出した袋の中には、金貨がいくつも入っていた。
「うひ」
のぞき見たメンジが変な声を出す。
「メンジは、どうする?」
俺はメンジに言った。
「メンジは戦争嫌い!」
「うん」
待っていたけれども、続きの言葉はないようだった。
「メンジちゃん、それ、外そうか」
ラーラさんがメンジの手首を持つ。
手首には金属の輪がはまっていて、両方の輪は短い鎖でつながっている。
「ラーラさん、それ、壊せます?」
「壊すのは無理かもしれない。魔法対策されてるわね」
「あうー」
メンジはうなだれた。
「だいじょうぶ、開けてあげる」
ラーラさんは、細い氷のかたまりを鍵穴に入れ、まわし、確認し、ということをまたやり始めた。
メンジは興味深そうにその動作を見ていた。
カチッ。
檻の鍵よりも時間がかかったが、外れた。
「やった? やったー!」
メンジは手にはまっていた金属の輪を持つと、思い切り放り投げた。
草が多いところに落ち、音もなく、見えなくなった。
メンジは草原に転がって笑っている。
「メンジは自由だー!」
「イン君。これからどうするの?」
ラーラさんは言った。
「復讐とか、考えてる?」
「いえ、全然」
「俺は、戦争のないところに行きたいです。俺を知ったら、国が俺を使って戦争をしようとするじゃないですか。また」
「そうね」
「ラーラさんはどうしますか。他の大陸で、魔法研究室みたいなところ、探しますか?」
「一緒にいたら迷惑?」
「いえいえいえいえ」
俺は首を振る。
「逆ですよ。ラーラさんはまだ未来がありますし。メンジも。俺は自分でしたいことを言ってるだけなんで」
「私もやりたいことやってるだけなんだけど」
「メンジもやりたいことやってるー!」
まじめに言い合っていたのに、変な声が入ってきたので、つい笑ってしまった。
「でも、戦争がないところってどこ?」
「人がいないところですね。まったく。全然」
人がいれば戦争になる。
小さな町、村、であっても、どこかの国に属しているわけで。
「平和に暮らし始めたら、結局国に連れていかれるとか嫌なので、そういうところも無理ですね」
生活が安定したのにそんなことにはなりたくない。
「でも、もっと平和な国に行けば……」
「王様たちが言ってたじゃないですか。俺の自由を奪って、能力だけ使う方法ってたぶんあって、それをされたらおしまいなんですよ」
「俺はもう、ふつうには暮らせないんです」
抱きかかえた女性の体力と魔力を即座に回復するというのは、そういうことなのだ。
「だったら第五大陸行けばー」
メンジが急に言った。
「第五大陸……」
世界は五つの大陸に分かれていると言われている。
第一から第四までが人の住んでいるところで、俺たちがいまいるのは第二大陸だ。
そして第五大陸というのは、魔物しかいないところだと言われている。
「いいですね」
俺が言うと、ラーラさんはおどろいたようだった。
「本気?」
「本気です」
俺の能力を欲しがる権力者はかならずいる。
「それに、第五大陸にいるとわかったら、俺の能力を知ってる人たちも、どこかの国に力を入れるわけじゃないってわかって、安心すると思うんですよね」
「そう……。じゃあ、しょうがないわねえ。行くわ」
「ラーラさんは別の国に行ってください」
「イン君、死んでもいいって思ってるでしょ」
まあ、それはそうだ。
一生誰かに狙われて生きるなんて、なにをしてても楽しくない。
だったら死んだ方が楽、ではないけれども、確実だ。
魔物だけがいる大陸なら、うまく生活できそうな場所を見つけられればラッキーだし、ドラゴンのような、常識はずれの魔物と出会ったら、それはそれで苦しまずに殺してもらえそうだ。
死ねば王様もあきらめる。
「ソンナコトナイデスヨ」
「へたくそすぎ」
ラーラさんがため息をついた。
「私も行く」
「ラーラさん」
「いい? これは、私がイン君に無理を言ってやってもらったことなの」
「だから、もしイン君が死んだりしたら私のせいだし、イン君が死ぬ前に私が死なないと順番がおかしいでしょ」
「ちょっとよくわかりませんが」
「それに、私がいればイン君はいろいろ生き残りやすくなるはずでしょ? 獲物も取れるし、氷はいくらでも使えるから食べ物の保存もできるし。最初から大量に氷の槍を出しておけば、ドラゴンでも倒せるんじゃない?」
「それはどうかと思いますけど」
「とにかく、イン君の安全が確保されたと、私が! 感じるまでは、つきまとうから。いい?」
「良くはないですけど」
「はい、決まり!」
「ラーラさん、一生のことなんですよ」
「それはイン君もでしょ」
「俺の人生は別に大したことないんですよ。でもラーラさんはちがうでしょ」
「なに言ってるの?」
「ラーラさんは美人ですし、魔法もうまく使えますし、戦争に反対するっていう気持ちも持ってますし、なんていうか、価値があるんですよ」
「そんなこと言ったらイン君の方が価値があるでしょ」
「戦争の材料として、ならそうですけどね。ラーラさんは、結婚とか、そういうのもあるじゃないですか」
「じゃあ、イン君とする」
「は?」
「イン君と結婚すれば、文句ない?」
「あの……、そういう冗談じゃなくて」
「本気で。私と結婚して」
引き離そうとすればするほど面倒なことになりそうだ。
「じゃあ、とりあえず第五大陸に行きましょうか。それから考えます。メンジ」
「ん?」
草原を転がっていたメンジが動きを止めた。
「第五大陸に行きたいんだけど、転送してくれるかな」
「いいよ。あ、だめだよ」
「なんで? あ、魔力の補充か」
「メンジ、行ったことないところ、行けない」
「そうなの?」
「うん」
メンジはうなずいた。
それは想定外だったが、でもそういう魔法でもおかしくない。というか、行ったこともないところにどんどん転送できたら危険すぎる。
「ええと、ラーラさん。どうしましょう」
「どうしましょうって、どうにかしたいんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、どうにかするしかないわよね」
「グラを誘拐しましょう」
ラーラさんは言った。




