24 王都脱出
地下から出ると、ラーラさんは分厚い氷で穴にフタをした。
「これでよし」
出てきたのは、城のすぐ横の庭園だった。
離れて様子をうかがうメイドがいる。
「氷で、城壁を越える階段をつくるから」
ラーラさんが言うと、みるみるうちに透明な階段ができあがっていく。
「風魔法で押すからすぐ行ける。早く」
「その前にいいですか」
そう言いながら俺は走り出していた。
「どこ行くの!」
「まだ、他に行きたい人もいるかもしれない」
俺は城の前を通って、魔法研究室の方へと走った。
城の入り口には兵が立っていたが、俺のことを知らないのか、職場を放棄できないのか、追ってくることはない。
ラーラさんが風魔法を使って俺を押す。
足が追いつかなくなりそうなくらい早くなる。
「俺です、インです! 誰か、俺たちと一緒にくる人はいますか!」
魔法研究室の建物に向かって俺は叫んだ。
「いるなら言ってください! 時間がありません!」
「魔法を戦争の道具にされたくないとか、そういう人がいれば出てきてください!」
しんとしている。
「誰か、誰もいないんですか! ウィリー先生! グラさん、ヘロンさん!」
誰も出てこない。
「しょうがないわよ。行きましょう」
「でも」
「イン君がいなくなれば、もう戦争をかんたんにできなくなる。だいじょうぶ、ここでの研究はもとどおりになるから」
「早く逃げないと。そろそろ……」
とそのときだった。
「……行く!」
上の方からの声。
回廊から顔を出している。
「あれは……?」
「転送魔法の」
そうか、アルメリアの転送魔法を使っていたメンジだ。
「え、ちょっと」
回廊から身を乗り出したメンジは。
そこから飛び降りた。
「うわ」
俺はその下まで走っていく。
「ラーラさん」
「はいよ」
落下してくる彼女の下に、ラーラさんが風魔法で空気の密度を厚くする。
勢いがやわらぎ、俺はラーラさんの上で受け止めた。
「う」
ラーラさんが声をもらす。
「……わたしも、行く」
メンジは言った。
離れて見たときはわからなかったが、間近で見るとずっと若い。
10歳くらいだろうか。
手首には金属の輪、それが鎖でつながっている。
「……よし、行こう」
「イン君!」
はっと顔をあげると、まわりにはたくさんの兵が現れていた。
城壁の近くにもたくさんの兵が。
兵の中には、魔法を使う準備段階に入っている人たちもいた。
「なにをする気だ」
兵隊長が出てきた。
「王は貴様に、まだ最後のチャンスをやるつもりでいたんだ。牢獄ではたしかに、対応としては良くなかったかもしれん。だがこうなってはもう、王は貴様の言葉に耳を貸さないだろう。しかしだ」
「どうだ、貴様のために王に交渉してやろうか」
兵隊長は言った。
「貴様の有効性は知れている。それに、貴様に恩を売っておくのも悪くない。どうだ」
「ラーラさん、逃げるんですよね」
「イン君!」
急に、周囲に光が盛り上がった。
宿屋の部屋くらいの大きさで、白い光だった。
「これは」
「防御魔法ね。シルダー?」
ラーラさんが見たのは、兵の中にいる、灰色のローブを着た男だった。
「防御魔法を突き詰めて檻にしたみたいだけど。魔石でも使ったのかしら」
「遅かったな」
兵隊長が言う。
「申し訳ありません」
シルダー、と呼ばれた男が謝った。
「そのやり方はいつまでもできないから、イン君が必要っていうことなんでしょうね」
そう言ってラーラさんは氷の槍を光の壁に連発した。
だが、すべて散らされてしまう。
「はっはっは! 貴様ら、楽に生きられると思うなよ!」
兵隊長は笑っていた。
ああいう感じで、カルメリアの国の人たちを捕らえたんだろうな、と思う。
「ラーラさん、地面はどうですか」
俺が言うと、すぐラーラさんは氷の槍を地面に打ち込む。
しかしすぐに地面から光の壁が見えてきた。
「お前たちがそういうことをやりそうだ、というのはすでにわかった」
兵隊長はうれしそうに言った。
「もう逃げられんぞ」
どうする。
「……ラーラさん、俺を殺してくれって言ったら、やってくれますか」
「なに言ってるの」
「俺のせいで死人がたくさん出るくらいだったら、いっそ」
「バカなこと言わないで」
「……魔力が十分たまりました」
急にメンジが言った。
「え?」
「これより、転送口を開きます」
メンジの体が光る。
すると、俺たちの前に、人の大きさくらいの、縦長の楕円が現れた。
「……魔力を無制限に使えるなら、鏡という触媒はいりません。また、人間の移動を安全に行うのに十分な経路を確保できます。どうぞ」
「え……?」
「檻を最小まで縮めろ!」
兵隊長が叫ぶ。
それに反応して光の檻が縮み始めたが、俺が光の楕円の中に入る方が早かった。
光の中にいたのは一瞬だった。
抜け出ると、草原にいた。
「これは」
「……転送魔法です」
うしろにあった、光の楕円が消えた。
「ここ、どこ?」
「……カルメリアの近くです。他に思いつきませんでした」
「すごい、あなたすごいわ」
ラーラさんが腕の中のメンジに言った。
「空間移動魔法が完成したってことじゃない! 大魔導師よ!」
メンジはまばたきをして、にやりとした。
「メンジ、大魔導師……。うひひ」
うひひ、うひひ、うひひ、としばらくメンジは笑っていた。




