15 多重召喚の可能性
俺たちはすぐ、王様の待つ広間に呼び出された。
「敵襲というのは、カルメリア国の兵であるようだ」
王様は言った。
「おぬしらも知ってのとおり、我が国とカルメリアは敵対している。とはいえ、最後に戦をしたのはもう20年も前の話だ。これが本気の進軍か、判断が難しいところではあるが」
「ウイングタイガー召喚術の件も考えれば、本気であると見ていいだろう」
王様は言った。
兵隊長が具体的な状況を教えてくれる。
「報告によれば、カルメリアの兵は、東の湖まで迫っている。歩兵ばかりで騎馬兵はいない。このままなら、敵兵の到着は明日の昼ごろになるだろう!」
「即刻、城下町の門を降ろし、一般市民は建物の中へ。良いと言うまで出るなと伝えろ」
王様が言うと、さっき、敵襲! とさわぎながら広間に入っていった兵士がこたえ、広間を出ていった。
「魔法研究室になにをすればよろしいでしょうか」
ウィリー先生は言った。
「うむ。おぬしらも出られるか」
王様は言った。
「……それは、われわれも戦に参加しろということでしょうか」
「うむ。城で遊ばせるには惜しい戦力だ」
「しかし、われらはあくまで研究職。実践の厳しい中では……」
「お前たちに兵として参加しろというのではない。インといったか。その者を使え」
「え?」
俺?
「おぬしがいれば、魔力を無尽蔵に回復できるのだろう。ならば、先ほどのように、空から魔法を使えば有利なことこの上ない」
「そんな」
そんなそんなそんな。
「むりですむりです。俺はむりです」
「そんな大きななりをして、なにを言っておる。戦果を上げれば、もっと優秀な地位を与えてもよい」
王様は笑った。
笑いごとではない。
「お言葉ですが、彼は、戦に連れていくのはあまりよろしくないかと」
ウィリー先生は言った。
「なぜだ」
「彼は大きな体で性格を誤解されやすいようですが、まじめで、慎重です。先ほども、王の取り立てを、辞退しようと申しておりました」
「なんだと? なぜだ」
その場のみんなが俺を見る。
しょうがなく、言う。
「みなさんの、望むような結果を出せないと、その、大金もむだになりますし、期待も裏切ることになりますし……、申し訳ないからです……。それに、戦は絶対に、むりです。むりなんです……。俺の力で魔物を殺すのはともかく、人を殺すのに使うなんて、考えただけでむりです……。すいません……」
ラーラさんが、空中に大量の氷の槍を用意し、落とせば、大量の死体が生まれるだろう。
でもそれは、それだけはやりたくなかった。
魔物の命と人間の命とどういうちがいがあるのかわからないが、その差をつけるのは俺のわがままみたいなものかもしれないが、でも、できない。
やりたくない。
男としては情けないのかもしれないが。
でもやりたくないんだ。
「おぬしが直接殺すわけではないだろう」
王様が言う。
「すいません」
「人間は、生きる上で、生物を殺すのに加担しているのだぞ」
「すいません……」
「すいません、それなら、町に帰ります……」
「ふうむ。ならば反逆罪で捕らえてやるか」
「そんな!」
「まだ、王様のために働いただけで、なにも報酬をもらってないのに、反逆罪で捕まえるなんてひどいです……」
俺が言うと、王様は、ぷっ、と笑った。
「なんだお前は。すっかりおびえているのかと思ったら、言うことはいうのだな。おかしなやつだ」
「ウイングタイガー狩りをあっという間にやり遂げた者を、反逆罪で捕らえるなどするわけがなかろう。そんなことをすれば王族の恥だ」
王様は楽しそうに笑っている。
全然笑えない。
こっちはどういう王様か知らないのだから。
そういう人かと思うじゃないか。
権力者が権力を行使するように見せかける、権力ジョーク。
言ってる本人以外は楽しくないから絶対やめてほしい。
そこでふと、思いついた。
「あの、なら、代わりに、お手伝いはします」
「なんだ」
「ウイングタイガー調査です」
俺が言うと、王様は眉間にしわを寄せた。
「なんの話だ」
「ウイングタイガーは、森にしか仕掛けられてない、とは断言できませんよね」
「この戦に合わせてウイングタイガーを召喚する、というのなら、もっとたくさんのウイングタイガーを出したほうが、効果的だと思うんです」
「ふむ。続けろ」
王様は言った。
「この国の他の場所にも、ウイングタイガー召喚装置がしかけられてる可能性、ありますよね。山とか」
「山か」
王様は、腕組みをして、上を向いた。
この国は、北側に山があり、そちらからの進軍はないとされているようだ。
しかしそこから、土地の性質にあわない魔物が大量にやってきたとしたら。
「ウイングタイガーは、ちょっと出すより、たくさん出したほうが効果があると思うんです。戦に勝ちたいなら、たくさん出すんじゃないかと」
もっとたくさんの場所にしかけて、あちこちから大量発生したら、国全体が混乱する。そこに敵国の兵が来たら。
大混乱だろう。
すると兵隊長が言う。
「カルメリアは、ウイングタイガーを扱える可能性もありますな」
「馬のように乗るとはいかずとも、ある程度の自由はきく、など。ウィリー先生。そういう魔法はありますかな」
「わが国にはありませんが、不可能ではない、と思います」
「整理しますよ」
ウィリー先生が言った。
1・ウイングタイガーの召喚は終わった
2・ウイングタイガーはまだこの国のどこかに出現している
A・カルメリアはウイングタイガーをあやつれる
B・カルメリアはウイングタイガーをあやつれない
「1なら戦に専念すれば良いですが、2のAなら、すぐウイングタイガーを見つけて、始末しなければなりませんね。2のBなら、こちらもカルメリアも条件は同じですが」
「兵の対応よりも急がれることなのかもしれんな」
王様は言った。
「カルメリアにとって、危険がなく、利益が大きいですね」
ウィリー先生は言う。
「よしわかった。魔法研究室は戦に参加できぬというのなら、ウイングタイガー探しをやってもらおう」
王様は言った。
「全力をつくします」
ウィリー先生は頭を下げた。
「うむ」
「それとイン」
「はい」
「おぬしの発言から先が見えた。言葉づかいがおかしいことなど気にせず、これからも好きなように発言せよ。良いな」
言葉づかいはおかしいらしい。
「反逆罪はなしですか」
「疑り深いやつだな」」
王様は笑う。
「ではゆけ」
「はっ」
廊下に出て、俺たちは魔法研究室へと早足で向かう。
「もう、日が傾きかけていますので、あまり時間がありません」
「じゃあ、山全体をさっきの魔法で、いいんじゃ?」
俺が言うと、ウィリー先生は首を振った。
「いえ、その前にやることがあります」
「え?」
「イン君、ラーラさん。君たちは、先にウイングタイガーを発生させる鏡を見つけたのでは?」
「あ」
そういえばそうだ。
「ウイングタイガーを減らしても、発生装置があれば一時的なものでしかありません。先にウイングタイガーがいるのか、そして数はどうか、といったところを調べた方が早いでしょう」
そして、グラさんの力で無重力化した俺たちは、廊下から飛び立った。




