01 日常と非日常
「イン! さっさと持ってこい!」
「はい!」
俺は、ギルド受付のグラッドに怒鳴りつけられ外へ飛び出す。
冒険者の残りの荷物は……。
これか。
外壁に立てかけてあったのは、いま受付にいる美人魔法使いのラーラさんの、パーティーの荷物だった。
仲間のものだろう、剣や盾など装備品もあって重みがある。
まとめて抱えてもどると、ラーラさんがおどろいたように振り返った。
「よく持てるね、君」
「そいつ腕力だけはあるんですよ」
グレッドが言う。
「すごいねえ」
ラーラさんがおどろいてくれるので、気分が良くなる
「へへ」
「ほめてねえぞ! 他の仕事も覚えろ、バカ野郎が!」
「すんません!」
「しかし、ウイングタイガーが出るなんて、この辺もぶっそうになったな」
グレッドが言う。
ウイングタイガーは、ジャイアントタイガーに大きな翼が生えたような姿らしくて、それぞれの指から生える爪は短刀ほどもあり、キバも鋭い。
主に数匹で行動をし、しかも魔法まで使ってくる。
命の覚悟をしなければならない危険なモンスターだ。
一方、なかなか出てこないレアモンスターでもあり、皮、爪、羽、それぞれが非常に高価で取引されている。だからウイングタイガー狩りを好んでやっている冒険者もいるらしい。
今回、ラーラさんの仲間はこれにやられて大ケガをし、そのため、クエスト挑戦前に街へもどってくるはめになったのだった。
この町の治療院は、ごくかんたんな治療魔法を使える人しかおらず、薬草などにまだ大きく頼っている。治療魔法を使える僧侶は、王都や大きな街から派遣してもらわなければならない。
なので、しばらくラーラさんは足止めだ。
「王都にウイングタイガー狩りの申請でもしねえとなあ」
グレッドがうなる。
「町までは来ねえよな?」
グレッドがラーラさんに言う。
「数は、5、6頭じゃすまない感じだったけど」
「おいおい。このへんに居座られたら困るぞ」
「……ところで、あなたも冒険者?」
ラーラさんが俺に言う。
「とんっでもない!」
俺はぶんぶん首を振った。
「そうなの? でもすごい力。てっきり冒険者がバイトしてるのかと思ったけど」
「いえいえ」
「やったら? 冒険者」
ラーラさんの勧誘に、グラッドが笑った。
「ご冗談を。こいつは……」
「イン! そこにラットがいるぞっ!」
とグラッドは床を指した。
「ひゃっ!」
俺はとびあがって、グラッドが指したあたりから大きく離れる。
……なにもいない?
「わっはっはっは!」
グラッドが大笑いした。
「やめてくださいよ……」
「インはね、ラットがいるって聞いただけでこのありさまですわ。話にならんのです」
ラーラさんがすまなそうに、ちょっとだけ俺に頭を下げた。
「手続きは以上です。イン! こちらのお荷物、宿屋まで運んでさしあげろ!」
「はい!」
俺は荷物を抱え、ラーラさんとギルドを出た。
外に出ると、ラーラさんは息をついた。
「あー。今日はきつかった」
明るく言う。
ぶざまな姿を見せた俺に、気をつかってくれているのかもしれない。
俺は横を歩きながらつい、ちらちら、ラーラさんを見てしまう。
いままで見た中で、一番の美人だ。
これで冒険者だという。
もっと安全な暮らしをすればいいのに。
みんなが優しくしてくれて、楽しいと思うけど。
「ところで、宿は何級かしら?」
「四級です」
「四級かあ……」
宿屋は特級から五級まであり、級に応じて効果が違う。
特級となれば、ベッドに座るだけで魔力は全快、傷も毒も全治するという、魔法みたいな宿屋らしい。
世界に五軒もないというから、どれだけのものなのか。
一級は王都にだけあり、貴族や王族しか泊まれないようなところ。
一般の高級宿屋は二級だ。
三級でも、傷の治っておく感覚、魔力が補充される感覚は味わえるらしい。
五級は民家と変わらない。
四級も、五級と似たようなものなのだが。
「でも、温泉はありますよ」
四級には、なんらかの施設がある。
この町の場合は温泉だ。
「あらあら?」
ラーラさんの目が光る。
「ヤケドや切り傷にもいいそうです」
「気持ちいい?」
ぐっと近づくてくる。
「はい」
俺はちょっと身を引く。
「男女、別々になってる?」
「はい」
「いやった!」
ラーラさんが小さくジャンプした。
良かった。気分転換になりそうだ。
「なに笑ってるの?」
「あ、あの、こんな美人のひとでも、はしゃいだりするのかと思って」
「あらあら、おせじなんか言って、チップでもほしいの?」
「ちがいます。あの、本当に」
「ふーん」
そのときだった。
少女の悲鳴が響いた。
周囲の空気が緊張感でかたくなる。
通行人も立ち止まってまわりを見ていた。
物が壊れるような音、潰れるような音。
顔に風が。
ラーラさんが見上げた。
俺も視線を追いかける。
「ん?」
なにかが落ちてくる。
だんだん大きくなってきて。
「人だ」
俺が言ったとき。
ラーラさんの右手がうっすら青く光り、周囲の空気がそっと渦を巻いた。
そして、俺たちの近くに猛烈な勢いで落ちてきた人影を、空気のクッションが受け止めた。
小さく絞られた魔法は難しいという。
それが少女の体を過不足なくとらえていた。
人影は、ふわり、と仰向けで、地面に横になる。
少女だった。10歳くらいだろうか。
倒れた赤い髪の少女は。
腹部にいくつもの刺し傷のようなものがあり、血がどんどん広がっていた。