哀れな家庭教師
「フェネクスを消されたくらい痛くも痒くもないさ」
ライトの言葉は単なる強がりだったが、実際にアレが最後の手というわけでもなかった。
「・・・そんな、私の生き甲斐が・・・」
だが、ライトと相反して魔法を教えていた家庭教師はフェネクスが最後の頼みの綱だったとでも言うように顔面蒼白になり、その場で足下から崩れ落ち、肩を震わせながら泣いていた。
彼女は少なからず名の通った名門の魔法使いだった。
幼い皇子の家庭教師に推薦された時は両親共々喜んだ。
皇子の家庭教師になってしまえばメリットだらけ。
なにしろ将来国王となる皇子と縁を持てるのだから、この先の未来は安泰とばかりにタカをくくっていた。
しかし問題が発生した。
皇子は魔法を扱えた。だが、使えるだけ。
持久力はなし。魔力も飛び出たものではなく、使える魔法は平均的な魔法に限られてしまっていた。
彼女が思い描いていた功績にはほど遠かった。
国王がせっかく皇子の家庭教師に自分を選んでくださったのに、そんな事で国王を失望させたくはなかった。
そんな中、自分の知らないところで皇子が武術の才能を開花させた。
皇子が自慢できるような大がかりな魔法も教えられていない自分の立場は無かった。
だから、いかにも怪しいローブで顔を隠した王宮お抱えの魔術師にですら助けを乞うた。
そして法に触れぬギリギリで自分の魔力を相手に譲渡させる方法を教えてもらうことに成功した。
もちろん、そんなこと皇子は知らない。
だが、単純な皇子は自分が魔法の才能にも目覚めたのだと信じ込んだ。
自分の魔力があれば国王に報告できる程度の魔法が使いこなせると踏み、魔力が大きく反映される召喚魔法を皇子に教えた。
そして皇子は見事、不死鳥モドキを召喚した。
不死鳥モドキ、それはいわゆる「不死鳥の偽物」だった。
見た目は完璧な不死鳥なのだ。
不死鳥といわれるだけあって物理的な攻撃は多少受けてもビクともしない。
ただそのかわり、魔法による攻撃にはめっぽう弱く生き返ることもできない。
しかも不死鳥モドキは召喚するだけで多くの魔力を消費し、今の皇子には負担でしかなかった。
だから皇子が腕試しと称して、城の者と試合をした際にはバレないように細心の注意を払って自分がこっそり防御魔法をかけていたのだ。
そんな不死鳥モドキを召還しただけでも奇跡に近かった。
なぜなら見た目は完全なる不死鳥なのだから。
国王も皇子が不死鳥を召還したと聞いてお喜びになられていた。
あとは自分が上手にごまかしていけばよかった。
それなのに、こんなこと誰が予想できた?
地下で捕らわれの身となっている者がどうして皇子と戦うことになるの?
ありえないでしょ
悪魔が魔法を使うなんて思わなかったし
国王はまだしもあの王宮お抱えの魔術師がいたら防御魔法はかけられないし
そもそもこんな短時間で不死鳥モドキを倒すなんて
ありえないのよ
大概の奴は不死鳥に恐れおののいて戦意を喪失するのになんなのあの悪魔!
これじゃあ皇子が負けてしまう
私が手塩にかけて育てた皇子がっ!
私の魔力まで譲渡してここまで育ててきたのに、こんなことで終わるなんて・・・
嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ
ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえないっっ!!
もし仮に皇子が負けてしまうようなことにでもなれば国王に合わせる顔がない。
いやむしろ不死鳥のフェネクスが消失してしまった時点で私の立場はない。
不死鳥が消える。つまりは不死鳥ではなく不死鳥のまがい物だとバレてしまったということ。
こんなところで私の将来が終わるなんて微塵も想像できなかった。
・・・終わりたくない・・・
どうすればいい?私はこれからどうすればいいの?
こうなったら巻き返す方法を見つけて、どんなことをしてでも皇子に勝ってもらわなければ。
そうしなければ私の居場所がなくなってしまう!
あんな悪魔に私の居場所を奪われてたまるものか!
今の状況はその魔法を使う決断をするのに充分だった。
「鬼気なる御霊よ、我が最後の魔を彼の者に与えたまえ。願わくは彼の者の敵を亡き者に・・・」
それは禁断の魔法だった。その魔法は自分の魔力を相手に与える魔法。
すでに自分の魔力は皇子に分け与えてしまっていたので大した魔力もなかったが、それはオマケにすぎなかった。
この魔法が禁断の理由は術者の寿命と引き換えに術者の願いを叶えてくれるところだ。
これで皇子はあの悪魔に勝つことができる。私もこの先の未来に怯えなくていい。
これが私に考えつく最善の道だった。
「・・・私の弟子の邪魔はしないでいただきたい・・・あなたの大切な教え子が失格になってしまいますよ・・・?」
それなのに私の魔法は途中で消え去ってしまった。
犯人は私の背後に立ち、素手で私の杖を取り上げた。
「ま、魔術師殿・・・」
王宮お抱えの魔術師・ラグである。
国王の隣にいたラグがここに来るには、一度下に降りて競技場の反対側に回り階段を上らなければならない。
所要時間はかなりかかる。
しかも、ラグはついさっきまで国王の隣にいたはずだ。
ここにいること自体おかしかった。
「フッ、フフフフフ。あなたは良いですよね?魔法の才能があって、国王にも認められてる。羨ましいかぎりですわ。そんなあなたには分からないでしょうね。こんな屈辱感など!」
もう開き直るしかない。
相手は未知の領域だ。しかも国王の傍らにいる人物。
かなうわけない。
そう思えば自然と自虐的な笑みと嫌味が口から溢れ出す
「私の苦労なんて分からないでしょ?出来損ないの皇子のために自分の魔力まで差し出してここまで育てたのに、あんな気味の悪い悪魔に戦いを挑んでしまうなんて。こんなことになるとは予想すら出来なかった!あの悪魔さえいなければ私の未来は約束されたも同然だったのに!」
私は周囲の目など気にせずに泣き叫んだ。
今までの努力を無にされたのだ。
周りなんて構ってられるほど気持ちに余裕はない。
「聞くに耐えないな・・・皇子には才能があった。お前が最初から諦めていただけの話だ」
ラグの言葉に私は唖然とするしかなかった。
「何を言ってるんです?あなたも見たでしょ?皇子には大きな魔力はない。不死鳥だって私の魔力があったから召喚できたわけで、大した魔法は操れないわ」
実際に魔力は魔法を使う以上重要な役割を持つ。
魔法の大きさは魔力の量に比例すると一般的に考えられているからだ。
「皇子は魔力の編み出し方を知らぬだけ・・・今の皇子は表面上の魔力しか使っていない。魔力はまだ底に眠っておる」
これが王宮お抱えの魔術師の言葉でなければ逆上するところだが、相手は私なんか足元にも及ばないほどの実力の持ち主だ。
その言葉は本当なのだろう。
「どうしてもっと早く教えてくれなかったのですか?それが分かってたら私の魔力なんかあげなかったのに。」
「自分の教え子でもないのに何故口を挟まなければならない・・・皇子よりも苛酷な運命を持つ自分の弟子の方がよほど大事だ」
その言葉に私は目を見張った。
次の国を担う皇子よりも優先される相手なんて存在しないと思ったからだ。
そもそも、この魔術師の方が魔法の知識も豊富で皇子の才能も見出していたのだから本当は私なんて必要なかったはずだ。
「あなたが教えてくだされば皇子は優秀な成績を残せたはず。あなたに教わっている弟子が誰か知りませんが、さぞかし将来有望で魔法に突出した子なのでしょうね」
「あの子はとても魔法に愛されてる・・・それに見合った才能もある。だから無詠唱で魔法を操れる」
無詠唱。この魔術師の怪しい噂の一つ。
それを取得すれば確実に有利な戦いとなる。
けれど無詠唱で魔法を発動させる人物はこの時代には目の前の魔術師しかいないはずだ。
「弟子も無詠唱で魔法を?」
そこで私には一つの仮説が頭をよぎった
「待って。無詠唱ってことはさっきの悪魔が。いえ、声が聞こえなかっただけで無詠唱とは限らない。だってそんなのありえないわ・・・どうしてあなたみたいな方があんな悪魔に?」
否定したいのに否定出来ない理由があった。
あの悪魔が無詠唱で魔法を繰り出す所を見てしまっていたからだ。
何かの見間違いだと思っていたが、それならフェネクスが消滅させられたのも納得できる。
「あんな悪魔に魔法を教えるなんて反逆と捉えられてもおかしくないですよ!」
「・・・」
ラグは何も答えなかった。
相手は悪魔、しかも誰よりも魔法に秀でた魔術師の弟子
勝てる見込みはない
怒りを込めた視線をラグに向けていれば、眩しい閃光が競技場を照らした
「これは皇子の魔法?あぁー!皇子!すごいわ!継承魔法を使うなんて!!なんて輝かしいの!」
皇子が使ったと思われる魔法は自分がダメ元で教えていた最高峰の魔法だった。
威力は魔力に比例してしまうが王家の血筋でなければ扱えない特別な魔法だった
「これなら国王様も認めて下さるわ!!悪魔にだって勝てるはずよ」
喜びで綻ばせた家庭教師の顔は今までで1番の上機嫌と呼んでも良かった。
しかし、それは突如悲鳴と絶望の顔へと変化した。
眼前で繰り広げられた光景は、彼女の人生の中で最悪としか言えなかった