手合わせという名の兄妹喧嘩 -1
ー1ヵ月後ー
手合わせの当日になった。外に出ることへの期待と不安が襲う
「ラグさん、外の人はまだ私のこと怖いかな?」
ダークは心配そうに牢の扉を震えた手で握りしめ、外へと足を踏み出す。
「・・・そうだな。だが、お前は1人じゃない・・・お前を守ってくれる守護者がいる・・・大丈夫だ」
ラグは相変わらずフードを目深に被り顔を隠している
「ライトかぁ。きっとあの頃とは変わっちゃったんだろうな。英雄の兄と悪魔の私の対決、それだけ聞くと牢屋の中で見たお伽話みたいね」
ラグはそっと正装である服と魔法を使用するのに使う杖をダークに差し出した
「これは形だけだ。杖を使わずともお前なら魔法を扱えるだろう・・・私からは魔法の知識しか教えることが出来なかったな、すまない」
ダークはそれらを受け取り笑顔で答える
「やめてよラグさん!ラグさんには感謝してもしきれないぐらいお世話になってるのよ。謝るのは私の方、出来の悪い弟子でごめんね」
ラグはダークを自分の弟子として育てた。
時には自分の子供のように接して魔法を教えてきた。
「私の魔法の知識全てをお前に教え込んだ・・・お前は私の大切な一番弟子だ。どこも出来が悪くなんぞない。・・・実戦の相手は皇子だが最後まで諦めるな・・・」
顔は見えず声からも判断しづらいが、ラグの言葉を聞いたダークは少し微笑んで抱きついた
「私は大丈夫。どうしてラグさんの方がそんなに心配そうなの?声がいつもより落ち着きがないし寂しそうな感じ」
「お前の不安を全て私がもらったからさ。・・・震えも止まっただろ」
ダークは自分の手を見てニッコリ笑う
「ほんとだ!ねぇラグさん、私をちゃんと見ててね。ラグさんが教えてくれた魔法使いこなしてみせるから!」
年相応の笑顔の反面、少女の肩にはこの国の運命さえも揺るがす程の重く苦しい命運がのしかかっていた。
それは先日ダークとラグが召喚魔法で呼び寄せてしまった契約相手と深く関わっていた
「あぁ、武運を祈る」
そっとダークの頭を撫で、競技場へと向かわせた
国王は既に競技場の特等席で待機していた。
その横でやる気と自信に満ち溢れているライトが何度も同じセリフを繰り返していた
「父上!この試合で俺が勝ったら、あの悪魔の同行は無かったことにしていただけますね」
「その時はお前の好きなようにすれば良い。だが、万が一でもお前と互角あるいはお前が敗れた場合はダークを同行させるぞ」
噂をすればなんとやら、競技場へダークが顔を出す。
その瞬間、観客席に座っている王宮の偉い人々がざわめき始めた。彼らは今回の目的を何も知らない。
国民はダークを外に出すなど論外と断言するような者ばかりで、ましてやここに観客として来ている奴はそんな国民の風評を避けるためにダークを殺せと提言してきた者たちだ。
ではこの試合を何と勘違いしていたのかといえば、皇子の腕試しである。
ライトは度々、自分の腕を試すため騎士団長や自信がある者を呼んでは競技場で披露する。
その度に観客として招かれるのは国民ではなく、王宮を支える暇な貴族や議会委員たちだった。
国民に競技場を開放するのは国をあげてのイベント事でしかない。国民が入りきれるようにたくさんの席があるため空席は嫌でも目立つ
しかも、今回は相手が相手のために国王は誰も呼ぶつもりは無かったのだ。しかし自分が悪魔に勝ったという多くの証人を欲しがったライトは独断で呼んでしまっていた。
だが、事の重大さは多少理解しているために条件として口が堅く、ダークが牢屋の外へ出たという事実を話さないと確実に信頼出来る一部の人間しか招いていない。
「来たか。初めて見ますが、やはり白い髪に赤い眼、噂通りの悪魔らしい姿だ」
ライトが国王の隣からダークを見下す。
その視線にダークが気付きライトと目がかちあった。
その最中にもガヤはうるさい。
「国王様!これはどういう事ですか!?」
「ワシらはこんなこと聞いておらんぞ!一体何をしようと言うんじゃ!」
「何故、その女が外に出ているのですか!衛兵は何をしておる!さっさと悪魔を地下牢に幽閉しろ!!」
もちろん冷静な者はいない。
皆一斉に立ち上がって離れている国王に質問を浴びせた。
彼らは悲鳴に似た声をあげてダークを恐れているのがよく分かる
「ライト、何故あやつらを呼んだのだ?」
「あの女に勝ったという証言が取れれば、あんな恐怖心は無くなり悪魔の噂も収まるのではと考えました」
ライトの言い分はつまり、自分がダークに勝つことで悪魔は大したことがない、弱いということを知らしめ巷で流れている黒い噂を消すと言う。
悪魔の子の噂は後が絶たないが、自分の身勝手な行動のせいでそれを助長するという考えには至らないらしい。
「静まれ!今からそこの女と試合を行う!お前達にはそれを見届けてもらいたい」
ライトは威風堂々としながら胸を張った
「あ、悪魔と試合!?皇子、正気ですか!!」
観客の中にはライトの家庭教師を任されている若い女性が青い顔をする。
自分の教え子が未知の敵と戦うことは彼女にとっても不安なのだ
「当然だ。心配ない、俺が負けるとでも思うか?」
「いえ、あの、でもそんな・・・皇子おやめください!」
口ごもりながらも皇子を制止する。
しかしその態度はライトの反感を買うだけだった
「止めても無駄だ、俺は戦う。では、父上行ってきます」
ライトは恭しく頭を下げ、豪勢な剣を携えて競技場へと降りていった