後編
まず、沙彩が朝のうち、登校直後にテープとバッテリーの交換を行い、テープを部室に持っていく。
放課後、進路がどうこうですぐに動けない沙彩の代わりに、夜子がテープの中身を見る。
一日目、夜子は部室で自分のいつも陣取っている机に、テープと同系のビデオカメラとテレビと繋ぐためのコードと『先に見てて☆』という類のメモが置いてあり、夜子は仏頂面で腕を組んだ。
録画した映像を見るなら、小さいビデオカメラのモニターよりテレビを使った方が確かに良いだろう。
だが、テレビは隣の部屋にある。隣の部屋も部室ではあるが、備品置き場となっているため人は居ない。
人が居ない部屋で、一人延々と動きが無いであろう薄暗く寂れた廊下の映像を見続ける。狂気だ。
幸いにもバッテリーの関係上二時間程度で終わるし、途中から沙彩も来るだろう。……が、これを一人で見るのは夜子的には勇気が要る。
カメラ設置が良いのでは? と提案したのは自分だが、よもや一人で見る事にならないだろう。そう思っていた。
「どうしたんスか?」
腕を組んで固まっている夜子を見た健太郎が声をかける。
自分の世界から引き戻されてビクッとしたものの気づかれていないようで、夜子は一言だけ、なんでもないわと言い捨てると機材一式を持って足早に教室から抜け出した。
数分後、持って来ちゃったしもうどうにでもなれーとばかりに映像を見始められたので、ある意味良いきっかけではあった。
一日目は、何も無かった。ただただ延々と同じ光景が流れ続けるだけ。むしろ逆にそれを呆けたような表情で眺めていた二人の方が、傍から見ると恐怖映像だったろう。
なので夜子の映像に対する恐怖もほぼ無くなった。まあ数日のうちに変化があるわけはないだろう、と。
二日目、映像は昨日とまったく同じで動かず、途中から沙彩が寝ていた。
夜子もこの映像をどうやってうまいこと記事にするか思案しながら眺める。
しかしこうずっと動かず、無音の画面を眺めていると幻覚や幻聴が見えたり聞こえたりしてしまうのではないかと不安になってくる。
結局、この日も何も映像に変化はなく、終わったころに沙彩が目を覚ました。
三日目、沙彩の中ではもう寝る時間になっているのか、また三十分経たないうちに眠ってしまった。
ノートを広げた夜子は、ボーっと画面を見ながら思いついた事を箇条書きにしている。
ふと、画面が真っ暗になった。
「ひゃっ!」
間髪容れず座っていた椅子の後ろに隠れる夜子。パイプ椅子だからほとんど隠れてはいないが、そこから恐る恐る画面を見ると、パチッ、パチパチと蛍光灯の明かりが点くところだった。
その後は、また変わりが無いように見える。
「……沙彩、沙彩」
隣で片肘をついて眠っている沙彩を揺すり起こす。
「んあ……。ごめん寝てた?」
「そんな事よりこれを見て」
と、寝ぼけ眼の沙彩を気にせずに夜子は巻き戻しボタンを押した。少しだけ戻してから再生。先ほどの急に電気が消える場面が映る。
画面が真っ暗になった瞬間こそ沙彩は息を呑んだが、明かりが点いた時点で口を開いた。
「これ、誰かが電気消しちゃっただけなんじゃないかな」
言われて夜子も納得しかける。
『ただいま新聞部が撮影中につき、ここのスイッチはいじらないでください』と書いてある紙は貼ってあるが、間違えて消してしまった可能性を考え――。
「夜中よ? 見回りの先生がそんな事するかしら」
――そんなことが起こる可能性があるのはそれくらいだと気づいた。
「うーん、でもさ、この電気の点き方なんておかしいトコないし。明らかに間違えて消しちゃったからすぐ点けたよって感じじゃない?」
沙彩の言いたい事も分かる。
消えていた時間、特に何も起きなかった映像、電気の点き方、どれを取っても別におかしい場所は無い。強いて何がおかしいかと言うなら、電気が消えた事くらいだ。
「とりあえずさ、この後も見てみて、何も無かったら見回りの先生とかの勘違いって可能性が高いんじゃないかな」
と、言うことで再び映像を見る事にした。何かあるかもしれないので、今度は沙彩も寝なかった。
だが結局それ以上何も起こらず、見回りの先生が張り紙を見ることなく消してしまったとかそんな可能性が高いという結論に落ち着いた。
四日目、昨日の事もあってか沙彩は寝なかった。その代わり、ポテチが机の上で開いている。
パリパリ二人で食べながら、今日も何も無いのかなとかレイアウトどうしようとか雑談をしている時、再び画面が真っ暗になった。
「もう、誰か忍び込んでイタズラでもしてるんじゃないの?」
「そんなはずないわよ……たぶん」
画面に明かりが戻ると、見える光景は今までと違うものだった。映像に映るのは、今までのものを全て横に傾けた状態。つまり、カメラが倒されているように見える。
「――!!」
夜子が目を見開いて両手で口を覆い、沙彩が鋭い顔つきをしつつ中腰で立ち上がる。
急いで沙彩がカメラに近寄って巻き戻しボタンを押した。
「やーこ、今何か音聞こえた?」
「お、音?」
「足音とか、衣擦れとか、そんなん」
「……いえ、聞いてない……と思うわ」
「わたしが朝テープとバッテリー交換しに行った時は、ビデオカメラは昨日と同じ状態だった」
「それってつまり――」
夜子が口を開いた時、再生ボタンが押される。つまり、の先の言葉がを考えてなかった夜子はそのまま静かに映像に集中する事にした。
テレビの音量ボタンを数回押すと、無音であることを強調する極めて小さなノイズが聞こえてくる。
そのまま二人は静かに待って、音に集中した。
画面が真っ暗になって、少ししてビデオカメラが倒れている画面になるまで数十秒、音は聞こえなかった。カメラが倒れる音すら聞こえない。
音量を戻してから沙彩は呟くように口に出した。
「こりゃ、人には無理だわ」
夜子は横になってる画面を一度見てから沙彩に目をやると、嬉しさと恐怖が入り混じったような、なんとも言えない顔をしているのが分かる。
「少しだけ、休ませて貰っていいかしら。この映像は気持ち悪くなるわ」
「うん、この後また元に戻るかもしれないから、わたしはこれ見ておくよ。寝てた分取り戻すからねー」
笑顔で言っていたので、夜子は隣の部室に戻って一息つく。倒れたカメラの映像は長時間見ていられそうにない。
しばらくそうしていると、のぞき窓からフラッと沙彩がどこかに向かおうとしているのが見えた。
廊下に出て、後ろから声をかける。
「沙彩、どこへ行くの?」
「あ、もう必要ないからカメラ回収しようと思ってね」
沙彩の表情はいつも通りの微笑にも見えたが、なぜかひどく不安を覚えるものだった。
言ってしまえば、目にハイライトが入っていないようにもに見える。
「大丈夫なの?」
「あはは、何がさ、やーこ怖いならここにいても良いよ、一人でいけるから」
「いえ、私も行くわ」
なんとなく、の不安が勝った。止めても意味がなさそうだったので、夜子も一緒にビデオカメラを回収に向かう。
しかし不安ではあったが、特に沙彩に変化は無く、いつも通りだ。
今日の映像を使えばそこそこ良いのが書けそうだね、なんて喋っていた。
そんな離れているわけでもないので、すぐに第二棟に着く。夜子には三階の階段が怖い。
「……ねえ」
「ん?」
ハテナを浮かべて夜子に振り返る沙彩。
夜子は普段と変わらない表情を見て杞憂だと気が付いた。さっきの映像を見て、必要以上に怖がっているだけだ、と。
三階の廊下を歩き始めると、物置になっていたあの教室からいきなり人影が飛び出した。
「ひゃっ!?」
驚きのあまり飛び後ずさる夜子。
「やっほ」
沙彩はとても親しげだ。
だが、夜子は沙彩との付き合いは長いがこんな人物を見たことが無い。
身長は夜子と同じくらい。茶色で若干パーマをかけたようなミディアムヘア。どう見ても美人で、一言でまとめるならカワイイ系か。
そんな女性が沙彩と夜子に笑顔で小さく手を振っている。
「え、えっと……。沙彩の知り合いかしら?」
「何言ってるのやーこ、みなとだよ?」
そんな名前、夜子には聞き覚えない。
ない、はず。
高丘 みなと、なんて、そんな名前。
あれ、知ってる。
知り合いだった。
「ああ、みなとね。もう、脅かさないでよ」
夜子はスッと恐怖が消えてゆくのを感じた。今までなんでそんなに怯えていたのか分からないくらい。
みなとはにっこり笑う。
「それで、みなとはなんでここに居たの?」
沙彩に聞かれ、一言答える。
何も言っていないように見えるが、みなとは答えている。
「カメラどうしようか、学校の備品だから持ってくのまずいよね」
「そうね、置いていって良いんじゃないかしら」
「――」
「あはは、そうだね」
「確かにそうね」
そんな会話をして、みなとが教室のドアを開けて――いつの間に閉まっていたのだろうか、夜子は一瞬不思議に思うが気にしない。
「ちょっ!? 部長たち誰と喋ってんスか!?」
健太郎の叫び声が聞こえた。
健太郎は、夜子と沙彩がどうもおかしかったので後から付いてきていたらしい。
夜子もなんか疲れた顔をして部室に居たし、急に沙彩が備品置き場から出てきて部室に戻らず一緒にどこか行くし……と、夜子は聞いた。
あの後誰と話していたのか健太郎はぜひ聞きたかったが、夜子も沙彩も覚えていないようで、きょとんとしていた。
特に沙彩はどうも記憶がすっぽ抜けているようで、あれ、カメラ回収に来たんだっけ? なんて言っている。
「何はともあれ、これは恐怖体験になったのかしら?」
「え、わたし全然覚えないんだけど……」
「そんなモンっス」
ぶつくさぼやきながらビデオカメラを回収して、電気のスイッチの近くに貼ってある張り紙を剥がして撤収作業はあっさり完了した。
後日、特集として今回のテープを使ったが、一番肝心な部分で当事者たちの記憶がすっぽ抜けているためなんとも微妙な記事になってしまった。
「ホラー特集は、生半可な気持ちじゃ組んじゃダメだったわね……」
「副部長は結構覚えてるんスか?」
「まあ、そうね。……来年私が部長になったら新聞部でのホラー記事は禁止にしようかしら」
「!?」
そんな事を言われて、忙しさのあまりホラー特集にも参加できなかった健太郎はホラー記事を認められるために頑張る事になるのだが、それはまた別のお話。