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20日目の夜、死にかけました。

 結果から言おう。

 魔物との闘いは何とか勝った。

 私の持ちうる全ての力を結集させて五体満足で勝てた。

 正直、見かねた精霊達が無償で力を貸してくれなかったら、私の手と足がそれぞれ2本ずつ無くなっていたかもしれない位にギリギリで勝てた。


 因みに、精霊自身が持つ魔力量は結構少ない。

 魔力を"魔法"という"事象"として現す事は得意だけれど、肝心の魔力が少ないせいで彼等が人間の魔力を貰わないで使える魔法は初級魔法が数回なのだ。

 人間が魔力を供給し、精霊が事象として現すのが双方にとって効率のいい"魔法"なのである。


 さて、話を戻すけれど、そんな少ない魔力を使って一生懸命に援護してくれた精霊達には闘いが終わった後にきちんと報酬として魔力をあげた。

 精霊との魔力供給は後からでもいいらしいと分かった。

 次から急いで魔法を使いたい時は魔力後払いでお願いしよう。

 まぁ、そうなった場合、初級魔法しか使えないということなんだけど……


 とかなんとかつらつらと考えているけれど、実は結構ヤバイ状態だったりする。

 体のあちらこちらにある噛み傷、擦り傷、切り傷からは止めどなく血が流れ、尋常じゃない痛みを発している赤黒く変色した腕とか、片方引きずらないと歩けない足とか、もぅ、本当に満身創痍過ぎて死にそうだ。

 光の精霊達が自らを発光させて道を照らしてくれているので、これ以上の魔力消費はしないで済みそうだけど、果たして小屋に辿り着くまで私の命があるのかが一番の心配事である。


「あーもう、散々だ」


 嘆いてもしょうがないから歩は進めるけど、目が霞んで来たのはいよいよ私の命のカウントダウンが始まったためだろうか?


「いやだなぁ、死にたくはないなぁ。死ぬならせめて、柔らかい布団の上がいいなぁ」


 とうとう止まってしまった私の周りを精霊達が心配そうに飛び回る。

 因みにこの精霊達、半分は王城から一緒に来た子達でもう半分はこの森の子達だ。

 どうやら私は精霊になつかれる体質らしいとレイ様が言っていた。


「これならせめて、回復系の魔法1つくらい覚えておくんだった……」


 確か、光属性の上級魔法に傷を癒すのがあったはずだ。

 光属性は中級魔法までは攻撃魔法や補助魔法が中心で、回復魔法は意外に難しく覚えられなかったのだ。


「ヤバい、死にそ……」


 ズルズルと木にもたれ掛かって座り込んだ。

 手足が冷たい。

 感覚も半分ほど分からなくなってきている。

 空気を吸い込む度に胸の辺りが痛むから、どうやら肋骨も何本か折れているようだ。

 もう指1本すら動かす気力もなく目を閉じれば、ペチペチと精霊達がそんな私を起こそうとその小さな手で頬を叩いて来た。


「……ごめ、ちょっともぅ、疲れた……眠らせて…」


 意識が遠くなる。

 あぁ、きっともう目覚める事は無いのだろうと、落ちる意識に従ったその時、ガサリ、と地を踏む音が聞こえた。

 私では無い何者かの足音が近づいて来る。


「珍しく森が騒がしいと来てみれば、何故ここに人間が居る?」


 私の前で止まった足音。

 そしてその者から発せられたのは人間の言葉だった。


「おい、娘。お前ここで何をやっている?」


 低く響く声からその持ち主が男だとは分かる。

 けれどその姿を確認しようとも、もう目を開ける力すら私には残っていない。


「……だ、れ、」


 かろうじて発した声は霞んでいた。


「魔物に襲われたか。……死ぬのか?」


 あぁ、なんていう男だろう。

 満身創痍の人間を目の前にしてその疑問は愚問というものではないか。

 というか、私の質問に答えていない。

 助ける気が無いのなら構わないで欲しい。

 てか、アナタも人間ではないのか?

 何でここに居るかという疑問をそのままそっくりお返ししたい気分だ。


「己の力も理解せずこの様な場所に来るからそうなる。愚かな人間よ、ここで朽ちるがお前の定めか?」


 あぁ、もぅ。本当に、何だというのだろう。

 何故そっとしといてくれないのだろう?

 このまま行けば私は死ぬのに、そんな人に対して質問を投げ掛けるなんてどんな鬼畜な諸行だ。

 助ける気が無いなら放っておけ。

 気紛れで構うなら助けろ。

 こっちはまだ諦めちゃいないんだ。

 アナタ何かに構ってる暇も体力も気力もない。


「うる、さい……定めなんて、しら、な……。……力が、ないのは、知って、る。……好きで……こんな、とこ、居る…訳じゃ、な……。死に、たくない、から、足掻いて、んの。……じゃ、ま……しな、いでよ、ね……」


 掠れながら、途切れ途切れに発した言葉。

 言い終わると同時に最後の力を振り絞って目を開いた。


「誰が、死んでなんて、やるもん、か……!!」


 霞む視界に映った深紅の瞳。

 その目を睨む様にして言った言葉が私の最後の力だった。

 急速に狭まって行く視界で、男の目が驚きに見開かれるのを見た。


 そうして私の世界は闇に染まった。


ーーーーー

ーーー

「……死んだか?」


 目を閉じるその間際、しっかりと俺の目を見て不敵に笑った彼女はそれっきり動かなくなった。

 しかし息はかろうじてある様だ。


「放っておけば魔物達が処分するだろう」


 俺に恐怖を抱いていない人間と言葉を交わしたのはどれくらい振りか。

 俺の目を見ても顔色を変えなかった人間はどれくらい振りか。

 まぁ、全てはこの娘が虫の息だったからかもしれないが……


 浅い息を繰り返すこの娘の命は何れ尽きるだろう。

 何故コイツの様に見るからに弱い人間がこの森に居るのかは定かではないが、見つけたからといって助けてやる義理もない。


「……何だ、お前たち?」


 この場を去ろうと娘に背を向けた俺の前に数人の精霊が立ちふさがった。

 身振りで一生懸命に何かを伝えようとしてくる。


「……俺にこの娘を助けろと? ……バカバカしい」


 何とか読み取った彼等の意志を鼻で笑って却下して歩き出す。

 何故俺が人間を助けないといけないのか。


「……お前等、いい加減にしろよ」


 2歩進んだ所でまた精霊達が立ちふさがった。

 苛立ちを顕にした俺の声音にもびびらず、やはり娘を助けろと訴えてくる精霊達を無視して再び歩き出す。


 ペチ、と1人の精霊が俺の頬を叩いた。

 ペチペチ、と別の精霊が反対の頬を叩いた。

 ペチペチペチ、とまた別の精霊が俺の額を叩いた。

 ペチペチペチペチペチペチペチペチ、と数人の精霊が俺の顔の至る所を叩いた。

 ポン、1人の精霊が火の球を作った。

 ポンポン、と別の精霊が水の球を作った。

 ポンポンポン、とまた別の精霊が風の球を作った。

 ポンポンポンポンポンポンポンポン、と数人の精霊が雷に土に光に闇の球を作った。


「おぃ、お前等何のつもりだ? この俺に喧嘩を売ろうというのか? いくら精霊だからとて、そんな事をすればただでは済まないぞ」


 低く発した声にそれでも精霊達は引き留める手を止めない。


「何だというのだ、全く」


 俺を叩く小さな精霊の手など痛くもない。

 俺に当てられた初級の魔法などでは傷すらつかない。

 けれど……


「えぇい! うっとおしい!! 分かった! 助ければいいんだろう!!」


 余りのうっとおしさに自棄になり怒鳴って娘を担ぐ。

 そんな俺に満足したのか、嬉しそうに笑った精霊達が先導する様に進み出す。


「全く、この娘がなんだというんだ……」


 魔物溢れるこの森にたった1人で居た。

 かといってこの死にかけの姿を見れば決して強い訳ではないと分かる。

 そしてその事実をこの娘は自覚している。

 この娘程度の強さでは、この森では生き残れない。

 故に今、この娘は死にかけている。

 けれどそんな娘を精霊達は助けろと言う。


 理解し難い事である。

 そもそも精霊は人間に対して()したる興味を示さない。

 自分達の事が視えない者達になど、興味を持っても仕方ないから。

 ただ魔力を貰い、その対価として魔法を発現するだけの関係。

 故に目の前で人間が死のうが関与しない。

 けれど彼等は娘を救う事を望んだ。


 それは、つまり……


「お前達の事が視えているのか?」


 俺の問いに精霊達は嬉しそうにクルクルと娘の周りを飛び回った。


「クク、珍しい拾いモンをしたな」


 精霊達の応えに笑いが込み上げる。

 退屈だらけのこの世界で、俺を楽しませてくれるかもしれない存在がまだ居たとは。


 精霊達が先導する先に見えた小屋がこの娘が目指していた場所なのだろう。


「さぁ、娘。お前は俺を殺せるか?」


 浅い息を繰り返す死にかけの人間の娘。

 ここで死ぬのならそこまでだが、もし生き残る事が出来たのなら、彼女こそが俺の"望み"を叶えてくれるかもしれない。


 さぁ、娘。

 再びその目を開いた時、お前は一体俺に対してどんな反応をするのだろうな?


「せいぜい俺を楽しませてくれ」


 小屋の前、僅かに拓けたその場所に射し込んだ月明かりが、楽しそうに細められた男の紅い瞳を照らした。

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