頭にきました。
私が城に滞在を許可された20日間が終わり、只今絶賛馬車移動中です。
馬車って結構揺れる。
お尻と腰に大ダメージで、ついでに軽く酔ってきたせいで私のモチベーションはだだ下がり中だったりする。
さて、城を追い出された私が今向かっているのは"獣牙の森"と言う場所。
レイ様曰く、とっても危険な場所。
トニックさん曰く、もう2度と行きたくない場所。
クライハルト様曰く、遊び場所。
……まぁ、兎に角、私の様な小娘(という年齢でもないが)が一人でほっぽり出されて生きていける様な場所ではないということはよく分かった。
かと言って、私にそれを拒否する選択肢などない。
仕方ないと諦めて用意された馬車に乗ったのが昨日の夜。
王様達から持たされたのは申し訳程度のお金と食料と衣類等。
レイ様から持たされたのは魔法陣の描かれた大きな紙と身に付けやすい小型のナイフ。
トニックさんから持たされたのは刀に近い形をした細身の片手剣と弓と矢。
これから下手すると一生を過ごさないといけない場所に行くには余りにも少なすぎる持参品を持って、私は馬車に揺られ続けた。
「着きましたよ」
そう私に声がかけられたのは時刻が夕方から夜に移り変わろうかという時だった。
馬車が止まったので降りてみれば、目の前に広がる鬱蒼とした森。
「あの、もしかしてここが……?」
「この森を進んだ先に貴女に用意された土地と小屋があります。我等が送り届けられるのはここまでなので、後はお一人でお進み下さい。では」
私の質問には一切答えず、ここまで護衛として一緒に来た人はそれだけ言って踵を返した。
「……しょうがない、か」
取り合えずここでじっとしていても埒があかないので、私に宛がわれた小屋があると言われた方向へ足を踏み出す。
歩き始めて数十分。
切に思う。
松明くらい渡してくれても良かったのではないだろうか?
既に陽は沈み、緑が生い茂る森の中では月明かりすら届かない。
つまり、目の前が真っ暗なのである。
本当に自分が目を開けているのか疑いたくなるくらいに何も見えない。
人工的な灯りが溢れていた前の世界からは考えられない暗さだ。
本当の"闇"というモノを私は今体験している。
「"灯"」
左手を前に突き出して、その掌を上に向けて一言唱える。
すると、左手の掌に野球ボール位の光の塊が出来上がり辺りを照らした。
光属性の初級魔法だ。
魔力も殆ど消費しない。
何処で使うんだろうかと思っていたけど、案外役に立つ魔法だと分かった。
重宝しよう。
自分の周りに3つの灯を発現させて私は再び歩き出した。
夜の森というのはそれだけで恐怖心を煽るのに適した環境だと思う。
けれど此処は"獣牙の森"。
多くの魔物が住み着く人の領域とは違う秩序のある場所。
闇の中、蠢く沢山の気配が分かる。
幾つもの鋭い目が私を観察し警戒し、狙っているのが分かる。
腰に提げている剣に触れその存在を確認して息をつく。
あぁ、恐い。
本当に、何で私がこんな目に合わないといけないのか。
私を巻き込んだのは彼等で、言わば私は"被害者"なのだ。
なのに何故こんな不当な扱いを受けなければならないのだろう。
私に力がないから?
容姿が平凡で、能力もなく、可愛げもなく、魔力量も平均的だから?
それらだって、彼等の勝手な理由ではないか。
私がこんな扱いを受ける理由になりはしない。
あぁ、もう、本当に、何をやっているのだろうか、私は。
歳をくった分だけ"諦める"という事を身に付けて、しょうがないと笑い、それなのに諦めきれずに必死にしがみつくのだ。
無理だと言われれば反抗心が沸き上がり、"現実"なんて知らないと青臭い事を言っては理想を語って努力する。
その癖"現実"というものを嫌でも体験している身だから、ある程度割りきってここまでが限界だと笑って歩みを止めてしまう。
夢を追いかけて自分なら出来ると心底信じて突っ走れる程若くもなく、"現実"を知らない訳でもなく。
全てを諦めて受け入れ笑って流せる程出来た人間でもない。
とても中途半端な立ち位置で、それでもソコは私が"夢"を追いかけて掴んだ"現実"という事実。
夢があった。
叶えたい事があった。
やりたい事があった。
だから現実を生きて、働いて、お金を貯めて、勉強して、足掻いてた。
けれど、それらは全て一瞬にして奪われた。
"巻き込まれた"という余りにも酷い"現実"に。
夢があった。
叶えたい事があった。
やりたい事があった。
それの為に努力していた。
未来を夢見て生きていた。
それなのに……
それを全て奪った人達は私に謝る事もせず、邪魔だと追い出しあっさり見捨てた。
元の世界には帰れないと言われて諦めて、それでも自身の無力は嫌で、そうやって自身を見捨てた人達より劣っているのも嫌で、だから力を手に入れる努力をした。
"現実"を受け入れ、けれど私はやはりまた、無理だと言われる"夢"を抱き努力したのだ。
そして、そうした結果の"現実"がコレだ。
結局私は、自身を奮い立たせた"彼等を後悔させてやる"という夢すら叶えられないでここに居る。
そもそも全てに置いて平均的な私が20日間やそこらで国の重鎮達を出し抜ける程の力など身に付けられる筈も無かったのだ。
協力してくれたレイ様やトニックさんには申し訳ないが、私はもしかしたら最初から諦めていたのかもしれない。
諦めて、それでも自身を奮い立たせるためだけに…この世界で生きないといけないと認める為だけに力を付ける努力をしていたのかもしれない。
あぁ、結局私はどこまで行っても自身の"夢"すら叶えられないのだ。
レイ様にもトニックさんにももう2度と会えないのだろう。
私はこの森で、自身より明らかに強者であるモノ達にいつこの命を奪われるのかと恐怖し、怯え、縮こまりながら生きないといけないのだ。
それが、今私の目の前に広がっている"現実"だ。
「ハハ、バッカみたい」
呟いた声が思いがけず響いた。
「バカみたい……バカみたい……バカみたいっ!!」
ずっと抑えてきた感情が溢れ出す。
それは悔しさであり、悲しみであり、恐怖であり、屈辱であり、戸惑いであり、怒りだ。
「ふざけんな!! 人の人生を何だと思ってんのさ!? 自分達がよければいいのか!? 人を巻き込んでんじゃねぇよ!! 私の人生を返せ!! 私の夢を返せ!! 私の未来を返せ!! 力が無いならいらないか!? 異世界の人間なら見捨てても良心は痛まないか!? 私と同じ異世界の人間に自分達が救って貰うのは当たり前なのか!? この世界にはバカしか居ないのか!!!!」
叫び終わり肩で息を吐く。
感情が著しく乱れたせいで"灯"の魔法が消えてしまい辺りが再び闇に染まった。
魔物達の気配が近づく。
灯りがなければ夜目の効く彼等の領分だ。
私を襲い喰う気だろう。
「ふざけるな……喰われてたまるか。死んでたまるか。見てろよ絶対に生き残って力もつけて、いつか絶対に私を見捨てた事を後悔させてやる!! 魔物なんて元の世界でいう狂暴な野性動物と同じだと思えばいい。動物相手なら私は負けない。訓練士舐めんなよ!!」
元の世界でペットショップ勤務だった私の持っていた肩書きは"犬の訓練士"だ。
22年の人生の中で動物と会わなかった日が無いと言っても過言じゃない位に毎日飽きることなく彼等と共にいた。
犬猫とかの愛玩動物のみならず、牛、豚、鶏、馬に鹿、鳥類諸々、果てには狸や狐、蛇に魚まで扱った事がある。
流石に野生のライオンとかは無いけれど、熊や猪とかなら相手にしたことがある。
元の世界でもちょっと異常な程に動物との接触があったけど、それで学んだ事も多い。
「人間舐めるなこの野郎!!」
腰の剣を抜き放ち、再び"灯"を灯して私は目前に居並ぶ魔物達と対峙した。