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隊長様のご登場です。

 ドサッ!とその華奢な体が倒れ、砂で汚れた顔が痛みに歪んだ。

 そんな彼女に直接指導をしていたトニックは溜め息をついて再び刃を向ける。


「気合いが足りてない!! 今日が最後の訓練だぞ、舐めてるのか!?」


「すみません!!」


 謝るが早いか、立ち上がった彼女もトニック同様剣を構える。

 彼女の名は"リオ・アキヅキ"。

 トニックが20日間という期限つきで最低限の戦闘術を教えている異世界の女だ。


 初対面の印象は"パッとしない女"だった。

 得意の毒舌で洗礼とばかりに悪態をつけば、何とも間抜けな面で動きを止めていた。

 上位魔法師であり幼馴染みのレイファラスたっての頼みで無ければ即断っていたが、訓練を始めれば自分が断らずとも彼女の方からもう嫌だと言うだろうと思っていたのだ。

 それが、どうした事か。

 彼女は、きちんと訓練を受けた新人騎士でもその年の半数以上が脱落する戦線先駆隊の早朝訓練に食らい付いて来た。

 苦しそうに息を乱し、転けたせいであちこちに怪我をして、つった足を引きずりながら、それでも彼女は初日から全ての訓練メニューをこなしたのである。

 まぁ、全てと言っても一部彼女に合わせてメニューの変更を行ってはいるが、それでも世間一般的な普通の女ならば根を上げる程のモノだ。


 正直感嘆した。

 こんな女が居るのかと。

 けれど、優しい言葉など自身のボキャブラリーの中には無く、既にボロボロで満身創痍だった彼女に更に追い討ちをかける様に暴言を吐き、容赦なく叩きのめした。

 流石に失敗したとは思ったが、これで明日来なかったら所詮はそんなモンだったのだと思える位にはどうでもいい存在だったのだ。


 けれど彼女は次の日もやって来た。

 やはり満身創痍でメニューをこなし、昨日あれだけ心身共に痛め付けたというのに懲りもせず、俺に稽古を頼んで来る彼女は、ただ真っ直ぐに前を見て、生きる為に死ぬ気で頑張るのだと言った。


 凄い女。

 それが彼女に今抱いている感想だ。

 決して強い訳ではない。

 彼女に教えたのは片手剣と短剣、弓を使った闘い方だ。

 それも20日間という短期間で教えられる範囲などたかが知れてるし、彼女自身に闘いに関する才能がある訳ではない。

 体力も筋力も平均的。運動神経も普通。

 飛び抜けて何かが凄い訳ではない。

 寧ろ、彼女の様な人間は戦闘には向いていないと言ってもいい。


 それでも彼女は凄かった。

 5日目には2時間のランニングにはついて来れる様になった。

 10日目にはその後の基礎トレを(回数を減らしたとはいえ)騎士達とそう変わらずに終わらせた。

 15日目で新人騎士達と互角に闘える様になった。

 そして今日、俺との打ち合いに堪えられる様になっている。


 何か特別な事をした訳じゃない。

 ただ彼女は努力した。

 毎日毎日努力した。

 早朝訓練が終わり、レイに魔法とこの世界の知識を教えて貰った後、時間が許す限り剣を振っていた。

 湯浴びの前に必ず走り込んでいた。

 出来る限りの努力をしていた。

 そんな彼女だからこそ、騎士達も邪険に扱う事はしなかった。

 寧ろ彼女を応援し、彼女が成長する度に喜んでいた。

 彼女に負けた新人騎士に激を飛ばし、彼女に称賛を送った。

 そうして気がつけば、そんな彼女に感化される様にして新人騎士達が彼女の"努力"に参加する様になっていた。

 彼女はただただ"凄かった"のだ。


 一通りの打ち合いが終わり休憩に入れば、直ぐに彼女の周りに騎士達が集まりあれこれアドバイスをし始める。

 彼女もそれを熱心に聞いては時々質問を投げ掛けている。

 そうして彼女との最後の早朝訓練が終わろうとしていたその場所に、珍しい人物が訪れた。


「よー、やってんな」


「隊長!? 何故ここに!?」


 服の上からでもその筋肉がどれ程のモノか分かる程に逞しい肉体。

 後ろだけ僅かに長い茶色い髪を1つに結わえ、少しつり目がちの緑の瞳。軽く30も後半に成ろうという彼は、年の割には若く見られがちだ。

 右目から頬にかけて残る傷痕のせいで恐く見られがちだが、その実心根は優しいのでそのギャップにやられた女性ファンが多数存在する彼は、この戦線先駆隊の隊長である"クライハルト・シャージナル"その人である。


「何故とは随分だな、トニック」


「ぁ、いえ、他意があるわけでは……」


「分かってるさ。……ふーん、アンタが噂の嬢ちゃんか」


「えっと……?」


 クライハルトは、未だ唖然としている騎士達の間を進み、リオの目の前に立った。


「……普通だな」


「……」


 ジロジロと上から下まで眺め回した後に一言。

 その言葉にリオの眉間に皺が寄ったのがトニックには分かった。


「普通じゃぁ、いけませんかね?」


「うん?」


「普通って、"平均的"、"一般的"、"標準的"と同意義だと思ってたんですが、どうやらこの世界では"下位"、"下等"、"劣等"と並ぶ悪口のようですね」


「……」


「アナタも言いますか? 『何をやっても無駄なのだから大人しくしておけ』と」


「……誰かに言われたのか?」


「この国の王に。図書館を開放してほしいとお願いしに行った時に言われました。……で? どうですか? 貴方も彼と同じ意見ですか?」


 クライハルトを睨み付ける様にして言ったリオにトニックは焦る。

 知らないとはいえ、王国騎士団の一部隊の隊長に対して随分な態度である。

 クライハルトが些細な事は気にしない性格だからといって、彼女に何の罰も与えないとは言い難い。


「おぃ、リ、」

「ハッハッハッハッ! 面白い嬢ちゃんだ! 俺は"クライハルト・シャージナル"。この、戦線先駆隊の隊長をやってる。嬢ちゃんの名前は?」


 リオを諌めようとしたトニックの言葉に重なって響いたのは、クライハルトの笑い声だった。


「隊、ちょ、う……?」


 ポカン、と口を開けたリオの顔には『この人が?』という思いがありありと浮かんでいる。


「リオ、自己紹介を」


「へ? ぁ、あぁ、はい。えっと、"リオ・アキヅキ"です。さっきはその……知らなかったとは言えすみません」


 トニックに促されてやっと名乗ったリオが一緒に頭も下げた。


「あぁ、気にすんな。俺の言い方も悪かったんだからな。それにしても、成る程な。トニックやレイファラスが気に入るのも分かるな。女神様何かより余程強い目をしてる」


「……はぁ」


 クライハルトが言ってる言葉に困惑していれば、そこで漸く冷静さを取り戻したトニックが二人の間に割って入って来る。


「と言うかクライハルト様は何故ここに居るのですか?」


「お前はさっきから、何を何故何故言ってんだ?」


「何をって……だって貴方が言ったんではないですか! 暫く"ジーザント城塞"に籠るからその間訓練サボるなよって!!」


 "ジーザント城塞"。魔族に占領された領土に接する"領土線"から一番近い場所にある城塞の一つであり、戦線先駆隊がその防衛を任せられている場所の一つでもある。


「あー、言ったなそんな事も」


「全く……女神様の専属護衛に任命されたのが嫌で態々ここから一番遠いジーザント城塞に行ったのに、何故戻って来られたんですか? 今からでも女神様の護衛につくのですか?」


 トニックの言葉にクライハルトの顔が嫌そうに歪んだ。


「バカ言ってんじゃねぇよ。"異世界"から召喚されたガキのお守り何てやってられっかよ。そもそも、俺達が必死に守ってきたこの国をぱっと出の人間が救うなんて馬鹿げてるだろ。なら、今までの俺達の闘いは何だったんだ? 俺の部下達は何の為に闘って死んでいった? 異世界の人間に救いを求めるならもっと早く……この国の人間が死ぬ前にやれ。そうじゃねぇなら、他人(よそモン)に頼るな。"女神様"なんてモンに頼るなら0か100だ。人間か魔族のどちらかが白旗揚げるまで自分達の力のみで闘うか、魔族と闘わないといけなくなった時点でソイツに頼るか。こんな、中途半端に負け越して、とうとう自分達の命すら危うい感じが漂ってきてからやっと喚ぶなんざ、俺達の事を舐めてるとしか思えねぇだろ」


「クライハルト様、リオの前です」


 "今さら"喚ばれた女神の存在を全否定するクライハルトの言葉にトニックは小声で注意した。

 見限られたとはいえ、リオも"異世界"の人間なのだ。

 "他人(よそモン)"などと言われていい気はしないだろう。

そう思っての気遣いだったのだが…


「私は気にしませんよ、トニックさん。寧ろ、私もそう思いますから。てか言ってませんでしたか? 私、最初にそれと似たような事をレイ様に言ってるんですよ。『自分達の存亡の危機に他の世界の人間巻き込むな』って」


 当の本人はあっけらかんと笑って言った。


「ハハハ!! やっぱ面白い嬢ちゃんだな! 俺が戻って来たのはな、嬢ちゃんに会いたかったからさ」


「私に、ですか?」


「おう。レイファラスとトニックが偉く気に入った異世界の女が居るって、勤務交代に来た奴等が言ってるのを聞いてな。どんな奴か見てみようと馬を駆けて来た。てっきり"女神様"の事かと思ったら、実際はただ巻き込まれた普通の女だって言うじゃねぇか」


「……それで、実際に会ってみて如何でしたか?」


 リオの問いにクライハルトが笑った。

 それはそれは楽しそうに、笑ったのだ。


「思った以上に面白い嬢ちゃんだった。レイファラスやトニックが気に入るのも分かるってモンだ。俺の隊の早朝訓練に食らい付いて来るその根性も、気に入らないモノに食って掛かるその度胸も、周りから何と言われようが止めないその負けん気の強さも全部俺好みだ。俺の隊に欲しい位だ。なぁ、トニック?」


「そこで何で俺に振るんですか? ……まぁ、強ち間違いでもないですが」


 それは、トニックも思わないでも無かったのだ。

 このままリオを自分達の隊に入れてしまえば、彼女はきっと強くなるだろう。

 才能など無くても、彼女は努力する事を知っている。

 そんな人間はきっと、才能以上の強さを手に入れられる。


 けれどきっと、彼女はそれを望まないのだろうと言う事もトニックには分かっていた。


「けれど、俺やレイがいくら言った所で、コイツは此処を去りますよきっと」


「何でそう思う?」


「コイツは何かに縛られて生きて行ける様な良い子ちゃんじゃない。規則なんてそっちのけで自分の好きな様に突っ走って行くのがコイツです。王国騎士団なんかに入ったら、何を仕出かすか分かったモンじゃないですよ」


 彼女にはきっと、自由が似合う。

 肩書きや役割何て関係なく、自分の好きな事を好きな様にやるのが似合うのだ。

 誰かに指し示された生き方ほど彼女に似合わないモノは無いだろう。


「トニックさんは、よく分かってますね。流石は私の剣の師匠です」


 トニックの言葉を聞いたリオが嬉しそうに笑って言った。


「私、我が強いんですよ。前の世界でもよく頑固だって言われてました。自分で決めた事は何があろうとやりきって、無理だと言われれば燃えるタイプでした。けれど逆に、誰かからやれと言われた事なんかには全くやる気が沸かなかった。今回の"女神様"だって、もし私がそうだと言われていたら即断るつもりでした。まぁ、幸いにもそうはならなかったですが、代わりに"間違い"だと言われて簡単に見捨てられました。そんな私に、王国騎士団に入ってその人達の為に闘えなんて馬鹿げてるでしょう? 断固としてお断りされていただきす。まぁ、レイ様やトニックさん、戦線先駆隊の人達の為になら闘ってもいいんですけどね」


 この国の為になど闘う訳がないと言いきった彼女にクライハルトが至極楽しそうに彼女の肩を叩く。


「いいねぇ! 俺は嬢ちゃんを全面的に応援してやるって決めたぞ!! 今の王族や本物の女神様何かより見所があるじゃねぇか! 何かあったら連絡寄越せ。直ぐに駆け付けてやる」


 機嫌よく笑ってリオの肩をバシバシ叩くクライハルトにトニックは苦笑した。


 どうやら彼女は"変わり者"に好かれる傾向にあるらしい。

 彼女に最初に手を差し伸べたレイファラスやクライハルトは下手するとこの国の在り方さえ変えてしまえる程の権力と、(ひとえ)に彼等の人柄や強さに惹かれて集まった莫大な人気を持っているが、それ以上に"変わり者"なのである。

 この国で"絶対"とされる王様の勅命に背く事もしばしばある。

 それでも彼等が今の地位に座して居られるのは、彼等を野放しにすれば、それこそ魔族など関係なく王国国家は終わる事になるからだろう。

 それほどまでの力を有しているのだ。

 そして、そんな人物の一人であるクライハルトを絶対の主君としているトニックも自身が"変わり者"に分類される人間であると言う事は理解していた。

 剣の腕も、戦術的側面も、部隊をまとめ上げる指揮能力も、他の部隊の隊長格より秀でている自信はある。

 実際、戦場に置ける軍事的面に置いて、トニックより優れているとすればクライハルト一人なのも確かな事であった。

 けれどそこまでの実力を有しながらも、トニックはクライハルト以外の下でその力を発揮する気は無かったし、どれだけの好条件をつけられたとて、クライハルトの部下である事を辞める来など毛頭無かった。

 国の王が誰であろうと、トニックの王はクライハルトのみであり、国の王が是と言っても、クライハルトが否と言うのならトニックも否なのだ。

 故に"変わり者"。

 けれどそれは戦線先駆隊の全ての隊員に言える事でもあった。

 この部隊に入る者は揃って世間から言わせれば"変わり者"であり、その殆どがクライハルト自らのスカウトで引き抜いた者である。

 地獄の早朝訓練に耐え残った新人騎士達もまた、クライハルトから声がかかった者ばかりであった。

 そうやって年々、この部隊には"変わり者"が増え、ついでと言わんばかりに"隊長(クライハルト)バカ" が増えて行ったのである。


 そして、そんな変わり者達に気に入られたリオもまた、"変わり者"であるのだろうとトニックは思うのだった。

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