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補佐官様は苦労されてます。

 "レイファラス・カーハンナー"と言えば、サラウィン帝国の者のみならず、魔族の中でも知らない者は居ないと言っても過言ではない位に有名な魔法師である。


 歴代最年少の15歳という若さで魔法師になり、その僅か2年後には上位魔法師にまで登り詰めた天才にして、"精霊"という目には見えないモノの存在により"魔法"が発現可能となっているのだと進言した"変わり者"だ。


 そのレイファラスは今、厳しい表情で魔法離宮の廊下を歩いていた。


 彼にしては少し乱暴に執務室の扉を開けば、そこに居た彼の補佐官である"アラミー・カイザルト"が眼鏡の奥の切れ長の目を僅かに見開いた。


「どうかされたんですか?」


「……どうもこうもない」


 乱暴に自身の白銀の髪をかき上げたレイファラスは窓の外へと目を向ける。


「リオはまだトニックの所か?」


「はい」


「そうか」


 頷いたレイファラスは自身の執務用の椅子に腰掛けて重い溜め息をついた。

 "リオ"とは先日行われた女神召喚で間違えて喚ばれた女性の事である。

 全てに置いて平均的であり、能力も無かった彼女は早々に召喚に関わった殆どの者から見放されたのだが、そんな彼女に手をさしのべたのが他でもないレイファラス本人なのだ。


「彼女が何か?」


「……明日からリオが城の外で暮らす事は知っているだろう?」


「ええ」


 元々1週間しか城の滞在を許されて無かった彼女だったが、レイファラスが直々に王様へと掛け合い、その期間を20日間に伸ばして貰ったのだ。

 その期間が明日で終わる。

 レイファラスはその事を言っているのだろう。


「今王に彼女を何処に住まわせるのか伺ってきたのだ。当然、私は王都の中に家を用意してやるものだと思っていた」


 こちらが勝手に喚んでおいて、"間違い"だと見放したのだから彼女の住む場所はそれなりのものを揃えているのだろうと思っていた。


 けれど……


「だが、彼女に用意されていたのは"獣牙(じゅうが)の森"にある土地とそこに建っている小さな小屋のみだそうだ」


 苛立っているのはその声音で十分に理解出来る。

 しかし、アラミーにはどうしても理解出来ない事があった。


「何故、そこまで彼女の事を気にかけるのですか?」


「……」


「失礼ながら、私から見ても彼女は凡庸なただの女性です。貴方様と同じで"精霊"が視えるというだけで大した力もない。そんな彼女に貴方様が直々に魔法や知識を教える必要があるのですか? トニック様もそうです。彼は戦線先駆隊の副隊長であり、まるっきりの素人を直々に教える立場などではありません。魔族達から民衆を守る為にその剣を奮う立場の彼に、何故彼女の指導をお頼みになったのですか?」


 別にアラミーはリオの事を嫌っている訳ではない。

 だがしかし、レイファラスやトニックの様に自身が出来る限りの援助をしてやろうという気は更々無いのだ。


「……君は知っているか?」


「はい?」


「彼女が私との魔法の練習を終えた後に訓練所で剣を振っている事を」


「……」


「その後に自室で魔法の練習をしている事を」


「……それは、」


「私が与えた本はとっくに読み終え、自ら王に頭を下げて図書館を開放してもらい、戦術の本を読んでいる事を」


「……」


「配属された新人の半数が根をあげる戦線先駆隊の訓練を一言の弱音も吐かずにやっている事を」


「……」


「この部屋の外の廊下で、他の者に笑われながらそれでも黙って学んでいる事を。君は知っているか?」


「……いえ」


 レイファラスの言葉に沈んだ声で応えたアラミー。

 そんな彼にレイファラスは苦笑を浮かべる。


「私も何故かは分からないんだ」


「はい?」


「何故彼女にここまでしてやるのか、私も分からない。けれど彼女は私と同じ世界が視える者だ」


 初めて出会った同じ価値観を共有出来る者。

 "精霊"が視え、彼等と意思を交わせる者。

 だから放っては置けなかったのだろう。


 そして、


「彼女の召喚には私も加わっていた。私も彼女をこの世界に喚んでしまった人間の1人だ。そこから来る"責任"もあったのだろうな」


 2人目の召喚の時は参加しなかったが、彼女を召喚した時に自分は確かに召喚魔法陣の中に居て、魔力を流していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()がレイファラスにはあったのだ。


 だから王に暴言を吐こうとした彼女を連れ出した。


「泣き喚くかと思ったのだがな……」


「え?」


「泣き喚き、帰してくれと、恨んでやると言われるかと思ったのだ。だが彼女は言わなかった」


 悔しいと憤りを吐き出しはしたが、それでも泣く事も、自分を召喚した者達を恨む事も、帰してくれとせがむ事もなかった。


 ただ、見返してやると。

 後悔させてやると。

 その黒い瞳に強い意思を持って言ったのだ。


「だから手を貸したのかもしれないな。……君の言う通り、リオは凡庸な人間だ。特別と言えば私と同様、"精霊"が視える事だけ。けれど、だからこそ彼女次第では最強に成りうる力を持っていると私は思う」


 最初から平均的だと言われ、それ故に自身の目標の為に努力を惜しまない。

 彼女はそういう人間だ。

 そして、そんな彼女に魅せられた者が手を差し出す。

 自分達がそうである様に。


 更に彼女は精霊に愛されている。

 自分よりも遥かに多くの精霊が、彼女が魔法を使う時に手を貸しているのがその証拠だ。


 そんな彼女が強くならない訳がない。


 このまま城に残らせて、最善の指導を受けたなら彼女は間違いなく自分に並ぶ魔法を扱い、騎士団に劣らぬ剣技を身に付けるだろう。

 そうでなくても、せめて王都に住まわせて身近で魔法や騎士団主催のバトルロワイヤルを見せる事で更に多くを学べると思っていたのだ。


「それが"獣牙の森"とはどういう事だ! 下手をすれば死ぬ様な場所だぞ!!」


 思わず声を荒げたレイファラス。

 そんな彼にアラミーは自身の頭の中にある知識を引っ張り出す。


「"獣牙の森"と言えば、王都から馬車で1日行った所にある森の事ですよね?実際には行った事はありませんが、魔物が多く生息している為、一般人の立ち入りが禁止されている場所だと」


「その通りだ。騎士団見習いが見習い行程の最後で訪れる場所だ。そこの魔物を1頭狩るのが最終行程となる。……それほどの場所なのだ。そこに彼女1人で住まわせるなど、死ねと言っている様なものではないか! 王は何をお考えか!? ……私やトニックがリオに剣や魔法を教えたのは、その様な場所に送り出す為では無いというのに」


 悔しそうに吐き捨てたレイファラスはきっと、散々王に彼女の処遇を考え直す様に言ったのだろう。

 けれどそれは受け入れられなかった。

 故にどこにもやり場の無い怒りが悔しさとなって出てしまう。


「レイファラス様……」


「……アラミー、早急に"転移魔法陣"を描いた紙を用意してくれ」


 唐突に、項垂れていた顔を上げてレイファラスは言った。


「転移魔法陣、ですか?」


「あぁ。王達が私達からリオを遠ざけ、彼女を危険な場所へ住まわせると言うのなら、私達は何時でもその場所へ駆けつけられる術を用意しておけばいい」


 "転移魔法陣"。自身が今居る場所と他の場所を一瞬で移動出来る魔法陣の事である。

 "魔法陣"とは、通常この世界の人間が使う"魔法"とはまた別であり、魔力を込めた文字で意味のある陣を描き、その陣に魔力を流す事でその意味に沿った効力を発揮するモノである。

 これはどの属性にも当てはまらないモノであるため、"無属性魔法"と呼ばれている。

 魔法陣が描ける者は少なく、また、その魔法陣を使える者も限られている。


 アラミーはそんな珍しい魔法陣が描ける者の一人でもあるのだ。


「王達に知られたら大変な事になるのでは?」


「そうなったとして、それがどうした?」


「え?」


「私から上位魔法師の地位を剥奪し、追放するか? それならば此方も好都合。そうなった暁には、私も"獣牙の森"に住みリオに魔法を教えよう。それとも王の意思に反したとして牢にでも入れるか? そんな物私には無意味なのだと思い知るだけだ。そうして私は、そんな愚かな命を下した王になど仕えない。自らこの地位を捨て、前述と同じ様にするだろう。どうするにしても、私にとって不都合はない。寧ろ最終的に困るのは王達の方だ」


「"上位魔法師"という地位に未練はないのですか?」


「元々それほど拘りも無い。"精霊"の存在を認めさせたいが故に、魔法に置いては一番発言力のある"上位魔法師"という地位が必要であっただけだ。それが一蹴されてもう7年程経つ。特に辞める理由もなかったからそのままでいたが、王が"辞めていい"と言うのなら喜んで辞めさせて貰うさ」


「王もそこまで愚かではありますまい」


「さてね」


 その綺麗な顔にニッコリと笑顔を張り付けたレイファラスに、アラミーは心の中で頭を抱えた。


 レイファラスが今の地位を辞める事になれば、彼を慕って魔法師になった者達の中にも辞める者が出てくるだろう。

 何より、彼の魔力量及び魔法の威力はこの国一番なのである。

 故に本来ならば彼が女神様に魔法を教える筈だったのだが、それを彼自身が辞退した為に後釜としてもう一人の上位魔法師である"ハリウィン・ライクラル"が任命されたのだ。

 つまり、彼が国の為に闘う必要の無い立場になってしまえば、この国の戦力は大きな損害を受けるのである。

 そして、その被害が一番行くのは前線で闘う戦線先駆隊であり、そんな彼等の怒りの矛先は王へと向く。

 悪循環の完成である。


 そして、戦線先駆隊の隊長である"クライハルト・シャージナル"は自分の部下が無能な主のせいで死ぬのを一番嫌い、常に置いて『王が無能と成り下がったのなら自分が斬る』と豪語している者なのだ。

 副隊長であるトニックに至っては『王ではなくクライハルト様に仕えている』と宣っているのだからクライハルトが王を殺すと言えば簡単に実行に移してしまうだろう。


 レイファラス一人が抜けただけで、この国は実質終わりなのだ。


「……転移魔法陣を描いて来ます」


「あぁ、頼んだ」


 込み上げてきたため息は噛み殺し、もしそうなったら自分もレイファラス達に着いていこうと心に決めて、アラミーは一礼の後、執務室を後にしたのだった。

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