元魔王にも色々とあるようです。
空が白んで来た時間帯。
毎日の日課となったトレーニングを終えた私は、昨日張った結界を解除するために屋敷の端へと来ていた。
「急いでたから四方結界にしたけど、魔族を捕らえておくなら最低でも六方はあった方がいいのかな……」
魔法陣の一つが解除された為に張られていた結界が光を反射して砕け散っていくのを眺めながら呟けば、それに応える声がすぐ後ろから聞こえた。
「魔族にも通用する結界を張りたいのならばもう少し流す魔力を増やさなければならないな」
アーフだ。
「おはよう、アーフ。流す魔力を増やすなら魔法陣を強化しないといけないかな?」
「そうだな。魔法陣を描く時に込める魔力を増やせば、自ずと魔法陣も強化される。そうすれば張られる結界も強化されるからな」
「うーん……魔法陣描くのまだちょっと苦手なんだよなぁ。結ぶ魔法陣の数を増やすんじゃダメなの?」
「それでも多少は強化されるだろうが、やはり魔法陣本体を強化する方が効果はあるだろうな」
話しながら残り三つの魔法陣の回収の為に足を進める。
「そうだ。朝食の後に鍛練場の使用許可をウィルサス様から貰ったから、ニーシャ達四人がどれだけ戦えるか見てもらってもいい?」
「別に構わないが、お前は?」
「私はネイラと手合わせするよ。魔族や合成生物とは戦った事がないから、手合わせしたって実力が正しく分からないだろうし」
「それもそうだな。まぁ、俺も合成生物とはやり合った事はないが……ギールは肉弾戦特化型だろうな」
「ニーシャはどうだろうね? シルビアンとサーシャリアは解呪の魔法が使えてたからそれなりに魔法が使えるのかな?」
「吸血族は魔法特化型が多かったはずだ。あの年で最大上級の解呪の魔法が使えるのなら、あの二人もなかなかの実力者だろう」
話しながら歩を進めて二つ目の魔法陣も回収し、隣に並んで歩くアーフに昨夜眠りにつく前にふと思った事を訊ねる事にした。
「ねぇアーフ。今さらなんだけどよかったの?」
「何がだ?」
「いや、私に着いてきてよかったのかなぁって」
ここまでさも当然だというように行動を共にしていたけれど、アーフにはアーフの都合があるだろう。
獣牙の森に居たのだって何かしらの理由があったかもしれない。
それなのに、このまま私と共に魔族の土地に行っていいのだろうか?
「獣牙の森に居なくていいの?」
「別に構わない。あそこに居たのも大した理由ではないからな」
「そうなの?」
「あぁ。あそこは、極たまに騎士の者達が数日だけ入って来るくらいで基本的に静かで過ごしやすい場所だった。精霊も多く居たしな。居心地が良かったから居たに過ぎない」
「そっか……ねぇ、アーフはなんで私に協力してくれるの?」
本当に聞きたかったのはコレだ。
初めて出会った時からずっと力を貸してくれているアーフ。
その理由を、私はずっと聞きたかった。
「…………」
暫く沈黙が落ちた。
土を踏む二人分の足音が静かに響く。
「俺は、」
最後の魔法陣を回収したところで、アーフが漸く口を開いた。
「もうずっと、死にたかったんだ」
「え?」
「お前なら俺を殺してくれるかもしれないと思った」
「……」
そう言ってアーフは綺麗に笑った。




