移動手段が決まりました。
「そういえば、」
ポソリと呟いたシルビアンに全員の視線が向く。
「アビラ様がおかしくなり始めたのも五十年くらい前だったよね?」
「そうじゃな」
「え、誰?」
また知らない名前が出てきた。
もう、名前を覚えておける気がしない。
思わず何も考えずに思ったままを言葉に出してしまったけれど、シルビアンがちゃんと応えてくれた。
「アビラ・ガラプラ様。数十年前に姿を消した魔王だよ」
「えっと、その人がおかしくなり始めたのが五十年前で、霊峰シーヴィルが崩れて天変地異が起こったのも五十年前。この二つの事には何か繋がりがあるってこと?てか、おかしくなったってなに?」
「関連があるかもしれないけど、予測の域は出ないね。アビラ様はある日突然おかしくなったて話だよ。なんでも、誰も居ない所に向かって話しかけたり、何かを探して放浪するようになったり。そしてとうとう数十年前に姿を消した。まぁ、全部噂話程度の信憑性だけどね」
「ふーん」
「……」
魔族の方でも色々とあるものだ。
だがまぁ、それはそれ、今の私達にとってはどうでも……いいとは言い難いかもしれないけど、まぁ、魔王を倒しに行くのが目的ではないので、関係ない話だと思っておく。
なんかアーフはさっきからずっと難しい顔をして黙り込んでしまっているけれど、まぁ深くは聞かない。
必要があれば話してくれるだろう。
という訳で、
「よし、取り敢えず、魔族側のいざこざとかは置いといて」
言葉と同時に両手で空を掴み横に置く仕草をした後、机に置かれた地図へと再び意識を向ける。
面倒な事には関わらないのが吉だ。
知らないといけない事以外は知らなくていい。知ってしまったとしても知らなかった事にする。
今の私に他に構っている暇などないんだから。
「どのルートで行けば、目立たず最短で辿り着けるかな? ……てか、なんか大所帯になっちゃったけど、どうやっても目立つよね、コレ……」
元々は私とアーフとラピス達とニギに道案内の魔族を加えてた人数で行く予定だったけれど、実際はサーシャリアとシルビアン、ニーシャとギールにネイラさんが加わった大所帯になった。
しかもニーシャとギールに至っては数百年生きている魔族の人たちでも驚いた合成生物である。
目立たない事の方が難しいのではないだろうか?
「妾とシビィは蝙蝠の姿で同行すれば目立たぬじゃろう」
サーシャリアがそう言ったところで部屋の扉がノックされた。
入って来たのはウィルサス様だ。
「やぁ、お邪魔するよ。ニーシャさんとギールさんの服が一式出来上がったから試着してみてくれるかい?」
「え、もうですか?早いですね」
「取り敢えず仮縫いだけね。着て貰って、サイズの微調整してからちゃんと本縫いするんだよ。まぁ、明日の朝までには仕上げて貰う様に言ってあるから、出発までには間に合うよ」
「なんか、何から何まですみません。ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。あぁ、そういえば、幌馬車を用意したから使って貰えると嬉しいな」
「馬車ですか?」
「そう。君たちがどうやって魔族の領地を進もうとしていたのかは……まぁ、馬の代わりにウルフを連れて来てる時点で何となく想像できるけど、当初より同行者が増えたでしょう?さすがにそこまで大所帯になるとどんな移動手段でも目立つだろうからね。馬車を使っていれば多少の言い訳も立つでしょう?」
「それは……」
確かにウィルサス様の言う通りだ。
最初はラピス達に乗って行こうと思っていた。
必要最低限の物だけ持って、食べる物なんかは現地調達でもしようと考えていたのだ。
けれど、同行者が想定よりも増えたのでどうしようかと思っていた。
まぁ、シルビアンとサーシャリアは蝙蝠の姿で着いてきてもらえばいいのだろうけど、それでも目立つ。
ウィルサス様はどうせ目立つなら、何か言い訳が出来る移動方法にしてもいいのではないかと提案してくれたのだ。
「ふむ、幌馬車か。いいかもしれんな」
ウィルサス様の言葉にいち早く賛成の言葉を返したのはサーシャリアだ。
「先にも言った通り、魔族側は今内戦真っ只中じゃ。まぁ、そこまで酷い争いにはなっておらぬが、住み慣れた土地を離れる者も少なくない。そういう者達に紛れて移動すれば、人間だろうと、元魔王だろうと、合成生物だろうと、双子の吸血族だろうと目立たぬじゃろうよ」
「姉様の言う通りだよ。それに荷物も積めるから食料にも多少の余裕は持てるし、ウルフ達は周辺の警戒に回せるから効率もいい」
シルビアンも頷いた事で移動手段は幌馬車でという事に決まった。
「食材やその他に必要そうな物は明日の朝までに積み込んでおくよ。ジーザント城塞には早馬を出しておいたからすんなり通してくれると思うよ」
「本当に、何から何までお世話になって……」
「こっちが好きでしているんだから気にしないで」
笑顔で言うウィルサス様。
あぁ、本当に私はこの世界に来てから、とても沢山の人にいろんなものを貰ってばかりだ。
私が貰ったものを少しずつでも返していけたらいいと心から思う。
これはその為の一歩だ。
私に最初に手を差し伸べてくれた人達を探す為の旅。
その先に何があっても、彼等がくれたものが私を生かしてくれると信じてる。




