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間章:女神の怒りをかった日。

「あ!」


 レイナは声を上げた。

 昼前の魔法離宮を護衛のルルナスと歩いている時の事だ。

 ハリウィンを訪ねに行く途中で白銀の長髪を揺らす背を前方に見つけたのだ。


「ルルナスはここで待っててね!」


「え? レイナ!?」


 戸惑うルルナスを置き去りに、長い足を惜しみ無く使ってスタスタと淀みなく歩く彼の背を追いかける。

 名をレイファラス・カーハンナーと言う彼は、この国に二人居る上位魔法師の一人だ。


「レイファラスさん!」


「……」


 振り返った蒼の瞳は冷たい色を宿していた。

 しかし、それが彼の常である。

 レイナが話しかけた時は勿論、他の誰が話しかけても彼の瞳は冷めきっていた。

 白銀の髪と蒼の瞳、そしてその冷めきった瞳の色と誰に対してもさして変わらない態度と表情についたあだ名が"氷の魔法師"である。

 極々親しい者と話している時だけ、その瞳に暖かな色が灯り、表情にも変化が見えるのだ。

 レイナは、自分と居る時にもその瞳に色を灯してもらいたいと思っていた。

 暖かな色などではない。ハリウィンやルルナス、王子であるカガルディンが自分に向けている様な、情熱的な、熱い、恋い焦がれる色だ。


 中性的で整った顔立ちに申し分ない地位。

 欲しがるには十分な理由ではないか。


「こんにちは、レイファラスさん! これからどこへ?」


「……貴女こそ、こんな所に何用で? ハリウィンの所へ行くならば方向が違うでしょうに」


「レイファラスさんに会えるかと思ってちょっと寄り道してました」


「……」


 レイナの言葉にレイファラスの眉間に皺が寄る。

 ちょうど、そんな時だった。


「リオ! まだ寝てんのか!? 遅いぞ! そんなんじゃ日が暮れる!!」


「すみません!!」


 騎士団の修練場に面している廊下の一角から聞こえてきた怒鳴り声とそれに謝る声。


「騎士って女の人も居るんですね。あんなに怒鳴られて可哀想。ねぇ、レイファラスさ、ん……」


 レイナは目を見開く。


「あいつは、まったく……」


 優しい、とても優しい色を灯した瞳で、柔らかく微笑み、呆れた様に、それでもとても暖かな声音でそう言ったレイファラス。


 "氷の魔法師"はそこには居なかった。

 レイナの知っているレイファラスもそこには居なかった。


「では、私はこれで」


「……あ、」


 唖然としていたレイナに元通り平淡な声音に戻ったレイファラスの言葉が届く。

 引き留めようと出した声は言葉になる事はなかった。


「レイナ、あいつにはもう関わるな。レイナ?」


 レイナに言われた通り待っていたルルナスが近付いて来て言うが当の彼女は反応を示さない。


「おい、レイナ?」


 顔を覗き込んだルルナスが彼女の浮かべている表情を見て顔をひきつらせる。

 怒りに燃える瞳が、鋭く虚空を睨み付けていた。


「ねぇ、ルルナス」


「あ、あぁ」


「"リオ"って誰か知ってる?」


「リオ? あぁ、確かレイナを召喚した時に間違って喚ばれた女だな」


「間違って? ……あぁ、そういえば確かに居たわね、そんな人」


 自分が喚ばれた時の事を思いだし、そこに確かに一人、この国の人達とは違う装いの者が居た事を思い出す。


「城には20日間だけ滞在を許されたみたいで、今はあいつが面倒を見ているみたいだぞ」


「あいつって、レイファラスさんが?」


「あぁ。王に自分から頼んだみたいでな。後は戦線先駆隊の奴等の早朝訓練に参加してるみたいだな」


「……そう。ここに居るのは20日間だけなのね?」


「ああ」


「その後はどこに?」


「さぁ? 王都のどこかに家を宛がうんじゃないか? そこからは自力で生きて貰うだろう」


「王都に…………それじゃあダメよ」


「え?」


「ちょっとカガルディンに用事があったのを思い出したわ。ハリウィンの所には後で行くと伝えてちょうだい」


「は? え、おい、レイナ!?」


 言って踵を返す。


 王都ではダメだ。

 それじゃあ近すぎる。

 彼が……レイファラスが何時でも行けてしまうではないか。

 もっと遠くへ。

 それこそ簡単には行けない様な場所じゃないと。


「皆、私のモノなの。だって私が選ばれたんだもの。私が"女神"なのよ。あんな女に邪魔なんてさせないんだからっ!」


 この国の人達は、その殆どがレイナの前に膝を折り、美しい容姿に称賛を送った。

 レイナが望んだ事は直ぐに実行され、回りには見目麗しく、地位のある者が揃っていた。

 レイファラスや一部の者だけが関わる事を拒み、彼女との接触を避けているようだったが、それは皆、"変わり者"と呼ばれる者達だった。

 レイファラスもその"変わり者"の一人だが、彼の見た目も実力も、そして地位も、そんなたった一つのレッテルなど気にならなくなる程にいいモノなのだ。

 自分が事あるごとに笑顔で話しかけ続ければ、いかな"氷の魔法師"であってもその内心を開くだろうと思っていた。

 だって自分は"特別"なのだから。

 皆がそう言うのだから。

 なのに、彼は女神である自分ではなく、間違って喚ばれたただの女に心を許している。

 笑顔を向け、心を配り、手を差し伸べている。

 そんなの許せる訳がない。


 遠くへ。

 誰も行かない様な所へ。

 二度と自分やレイファラスの前に現れる事が出来ない様な所へ。

 この国の王子であるカガルディンに頼めば彼女の送られる地を変える事など容易いだろう。

 ダメなら自分が直接王様に頼めばいい。


「あなたが悪いんだからね、リオ。全部、私のモノなんだから!」


 未だ収まらぬ怒りをその瞳に宿して、レイナは廊下を進んで行った。

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