彼等の正体が明らかになりました。
あり得ない、と唖然と呟いたのは魔族の中の誰かだった。
確かにあり得ない、とその呟きを拾った私は光が消え去った場に倒れていた二体のソレを見て息を飲んだ。
服の役割をもう殆ど果たしていないボロ布を纏った二体の生物。
一体は所々が銀色の鱗に覆われた褐色の肌と尖った耳を持ち、側頭部からは羊の様な角が生えている。鋭い爪と立派な水掻きを持つ四肢は先端に行く程に多くの鱗に覆われている。
骨格や胸の膨らみからして女性であることは確かだろう。
もう一体は獅子と人が混ざった様な容姿をしていた。
手は掌には肉球があり全体が毛に覆われ鋭い爪が生えてはいるが骨格はどちらかというと人に近い形をしており、逆に足の方は完全に獣のような骨格をしている。更に尾てい骨付近からはしなやかな尻尾が生えており、頭部から生えている獣耳の下の方には一体目よりも大きな羊の様な角が、背中には大きな漆黒の翼がある。
一体目と比べてもがっしりとした骨格をしているのでおそらく男性であると思われる。
どちらも、別々の生き物を無理矢理に混ぜ合わせたかの様な、なんとも言い難い違和感がある姿だ。
「ねぇ、彼等は何なの?」
「……合成生物だ」
震える声で問いかけた私に低く、絞り出す様な声音で答えたのはアーフだ。
「キメラ?」
「遥か昔、複数の魔族の血を掛け合わせて人工的に造られた生命体の事だ」
「人工的に造られた命……」
「今は禁忌とされているモノだ。俺も実物は初めて目にする」
遥か昔、まだこの地に魔族だけが住まっていた頃、魔族同士で争っていた時代があったのだと、アーフは語った。
「魔王という統一者も居らず、主に種族同士で領地を持ちそれを取り合っていた頃、エルフの科学者達が造り出したのが合成生物だ。あらゆる魔族の血を混ぜ合わせ、人工的に造られた生きる兵器。科学者達はキメラを量産して、あっという間に幾つかの領地を奪った。そうして、徐々に追い詰められて行った魔族達は互いに争う事を止め、科学者達とキメラを倒す為に協力体制をとった。互いに多くの犠牲を出しながらも何とか勝った魔族達は、その時に全体の指揮をとっていた者を王としてその統治下の元、種族の垣根を越えた国を造った。ソレが今の魔族達の国、魔国だ。第一代魔王により、キメラを造る事は生命を弄ぶあってはならない最も忌むべき所業とされ、以降、キメラはその存在自体が禁忌とされた。まぁ、戦いの最中に科学者達が造り出したキメラは全滅し、戦いに勝利した後にキメラを造り出していた研究所もその資料諸とも焼き払ったと聞いていたから、キメラはもはや存在しない筈、だったんだがな……」
「数千年前の話じゃ。妾達にとってキメラなぞ架空の存在に近しいモノだったのじゃがな……」
「まさか、まだ生き残りが居たなんてね。そもそも彼等はその時代のキメラなのかな? もし、またキメラを造り出している者が居るなら事はより深刻になるよね」
シルビアンの言葉にその場に重い沈黙が流れた。
「ぅ、」
シン、とした空間に小さな呻き声が響き、女性の方のキメラが僅かに身動ぐ。
「ぁ……」
薄く開いた目から覗いた紅い瞳がぼんやりと辺りを見渡し、私の姿を捉えて定まった。
「な、を……」
「え?」
囁くような、小さな小さな声。
よく聞き取れないと一歩前に進み出た私へ向かって伸ばされた手は、まるで縋っているかの様で。
「名を、呼んで……」
「名を? でも、私は……」
あなた達の名前を知らない、と答えようとして私は黙った。
紅い瞳が静かに見つめてくる。
あぁ、と思った。
あぁ、名をつけて欲しいのだと。
「ニーシャ」
しゃがんで、伸ばされた手をとる。
「あなたの名前はニーシャ」
「……ニーシャ」
「そう。もう一人はギール。よろしくね」
「ニーシャ……ギール……」
何度か繰り返し名前を呟いたニーシャが心底嬉しそうに笑い、直後力尽きて気を失った。




