解呪の魔法をかけます。
水にサーシャリアとシルビアン、そして私の血を混ぜて出来上がったそれが、三人分のコップに注がれてそれぞれの前に置かれた。
「これを飲めばいいの?」
「そうじゃ。簡単であろう」
「血の盃かぁ。いや、まぁ、水で薄めてるけどなんかなぁ……」
心底嫌そうな顔をしている私とは違い、サーシャリアとシルビアンの二人は何の躊躇もなく飲み干す。
そんな二人に倣って私も意を決してコップの中身を全て飲み干した。
「うぅ、ほんのり鉄の味……でも、これで契約は出来たんだよね?」
「うん。次に僕達がリオから血を貰う時は、さっき言った効果が得られるよ。後は治癒能力が高くなってるとは思う。まぁ、これは試す訳にはいかないけどね。それと、さっきは言い忘れてたけど、精霊も視えるようになると思うから」
シルビアンの言葉に一瞬ん?と首を捻り、そういえば、と思い至った。
「……あ、そっか。言ってなかったね」
ウィルサス様がエミュさんからの手紙で知っていたから、彼等も知っていると思ってしまっていたと私は自身の失念に気づいた。
「私、精霊は元から視えるんだ。それより、やっぱり魔族は皆精霊視えるんだね」
「人間なのに精霊が視えるの? すごいね。魔族だと視えない方が珍しいよ」
「あの、精霊とはなんですか? そもそも、彼等はいったい……」
シルビアンの感心した声と、ネイラさんの疑問が重なった。
それに苦笑したウィルサス様がネイラさんを空いている席へ座らせて場を仕切り直す。
「君たちはこれから共に魔族の土地へ行く仲間なんだから、お互いについてちゃんと知る必要があるね」
そう言ったウィルサス様の視線が私へと向けられる。私を中心に集まった者達だ。私が説明するのが望ましいのだろう。
ウィルサス様の言わんとしている事を汲み取って一つ頷いて口を開く。
「異世界に元魔王に魔物の従属に精霊に魔族、ですか……」
ネイラさんが唖然と呟く。
驚きよりも困惑が勝ったその様子に私とウィルサス様は苦笑した。
ここに居る面々の紹介とここに至った経緯を簡潔に伝えた結果のネイラさんの困惑である。まぁ、仕方ないと言えば仕方ない。話した私もちょっと普通とかけ離れてしまった感が否めない内容だったのだから。
「まぁ、魔族の土地にこれだけの人数で行くんですから、戦力としては申し分ないでしょうし……」
自分に言い聞かせる様に言うネイラさん。そんなネイラさんを横目に暢気に出されたクッキーを頬張っていたシルビアンがそういえば、と口を開いた。
「その烏、本来の姿は違うモノだと思うよ。変な気配だし」
「へ? 烏って、ニギの事?」
「うん。解呪の魔法で元の姿に出来ると思うけど、どうする?」
シルビアンの言葉にソファーの背もたれに止まっているニギを見る。私の視線に二つある頭が互いの顔を見合い、頷き合った。
そうして、バサリと一つ羽ばたいたニギが中央に置かれたテーブルへ降り立ち、シルビアンに向かって両翼を広げて深く礼をしたのだ。
「……ニギ?」
突然のニギの行動に困惑する私とは対照的にシルビアンは感心した様子で笑う。
「どうやら本人はやる気みたいだね。どうする、リオ?」
「……ニギに危険はないの?」
「どうしてこんな姿にさせられているのか分からないからね、保証は出来ないよ。だけど、本人は元の姿に戻りたがってる」
「分かった。なら、解呪の魔法をお願いしてもいい?」
「うん、いいよ。場所を移そうか。どこか広い場所はない?」
シルビアンの言葉に少し考えたウィルサス様がそれならばと案内したのは邸に隣接している室内演習場だった。
「ここで魔法の練習も出来る様にレイに結界を張ってもらっているんだ。ここなら、最大上級までの攻撃魔法なら耐えられるよ」
「うん、いいね。それじゃあ姉様やろっか」
「ああ」
手を繋いだ二人がニギの前へと進み出て詠唱を始める。
詠唱が進むにつれてニギの回りを光が囲み、徐々にその明るさを強めていった。
「うわぁ、凄い……」
感動した様に声を上げた私にウィルサス様とネイラさんが瞬いた。
二人にはニギを光が囲んでいる様にしか見えないだろう。それだけでも十分に美しい光景なのだが、私の声音にはそれ以上の感動が窺えたのだろう。
「君にはどんな風に見えているの?」
「え? あ……えっと、光属性の精霊が凄い数集まっているんです。あんなに沢山の精霊は視た事がありません。ニギを取り囲んでいる光、あれ精霊が自ら発光しているんですよ。まるで童話の中みたいな光景です。すごく綺麗です」
興奮した様子で早口に話す私の瞳は輝いている事だろう。仕方ない。それほどまでに美しい光景なんたから。
私が話している間にもニギを囲む光は明るさを強め、とうとうニギの姿は光に遮られ見えなくなった。
「あ、目を閉じた方がいいよ」
詠唱を終えたシルビアンがそう言った数秒後、一際強い光が室内演習場を包み込んだ。




