美人な姉の登場です。
「サーシャリア、シルビアン」
私の呼び掛けに二人がこちらを向く。
「血の契約の方法は?」
「簡単だよ」
「互いの血を交わらせるだけじゃ」
「そう、分かった。あなた達と契約を、」
『結ぶ事にする』と続く筈だった言葉は扉をノックする音に遮られた。
ウィルサス様が入室を許可すれば、この家の筆頭執事だと初めに紹介された老執事が来客を告げる。
執事の案内で部屋に入って来たのは金の長髪をポニーテールにした美女だった。
彼女が着ている深緑色の制服はアガナさんの邸でよく見かけたモノだ。
「お話のところ失礼致します。私はインバース公爵家の私兵隊で副隊長を務めさせて頂いてます、ネイラ・ハルマンと申します」
「あぁ、ハルマン嬢、久しぶりだね。どうしたんだい?」
綺麗な騎士の礼をしてハキハキと名乗った彼女にウィルサス様がにこやかに応える。どうやら顔見知りのようだ。
そんなウィルサス様に実は、と少し言葉を濁した彼女は私の近くでそれぞれ寛いでいるラピス達に目をやって安心したように息を吐き出した。
「私はリオ・アキヅキ様が従属されている魔物達が領内に到着したら速やかにこちらに連れてくるようにとアガナズィラ様に仰せつかっていたのですが、彼等はこちらの静止には応えずに一直線でここへ向かってしまいまして……」
ターコイズブルーの瞳が困った様に揺れた。
ある程度領民への説明はしていたのかもしれないが、兵士達を置き去りに魔物が街中を駆け抜けたのだ。騒ぎになる前にと、慌てて後を追って来たのだろう。
「あー……それは、えっと、何と言うか……ご迷惑をおかけしました。すみません」
一番近くに居るラピスの頭も一緒に下げながら謝る私にネイラさんは慌てて首を振る。
「いえ、領民へは事前に知らせていたので大した混乱もありませんでしたし、無事に会えたのならよかったです」
僅かな笑みを浮かべてそう言ったネイラさんは、一度口を閉ざした後、意を決した様子で私へと声をかけた。
「あの、リオ様」
「はい?」
「魔族の土地へ行くと聞きましたが、本当ですか?」
「はい。大切な人達の安否を確かめに行きます」
頷いた私にネイラさんは勢いよく頭を下げた。
「へ!? あの、ちょと……」
「お願いします! 私も連れて行ってください!!」
「……」
ネイラさんの突然の行動に驚いてしまったが、その後に続いた彼女の言葉にジッとその姿を見つめる。
綺麗に折り曲げられた体。今見えているのは彼女のつむじだけなのに、その雰囲気からはっきりと彼女の覚悟が伝わってくる。
だからこそ、問いかける。
「何でですか?」
「……トニックをご存知ですか?」
「もちろん」
「彼は、私の弟です」
「へ!?」
「ほう、トニックの姉か。……似てないな」
「やっぱりそう思うよね」
予期せぬ言葉に思わず声をあげてしまった私と、思ったままの感想を口にするアーフとそれに頷くウィルサス様。三者三様の反応に頭を上げたネイラさんが苦笑を溢した。
「私は父親似で、トニックは母親似なんです。でも正真正銘、血の繋がった姉弟ですよ」
「なるほど。それで、えっと……だから、一緒に行きたいんですか?」
『姉弟だから』共に行くのか、と問う。
それが本当の理由かと。
「……そう、ですね…………いえ、待ってなくていいと言われたから、ですかね」
「え?」
「無事に帰って来れるか分からないから、待ってなくていいと言われました。自分の事は忘れて、好きに生きろと……」
言葉を連ねて行く毎に視線が下がり、とうとう俯いてしまったネイラさん。
「あの、」
何か深い事情がある姉弟なのだろうかと、私が震えるネイラさんの肩に手を伸ばしたその時、バッ!という効果音が付きそうな程に勢いよく上げられたネイラさんの顔にはありありと怒りが浮かんでいた。
「あのバカは、実の姉に向かって、あろうことか、好きに生きろと言ったんですよ!! 自分の事は忘れろと!!」
「ぅえ!? あ、あの、ネイラさん……?」
怒気も露に声を上げるネイラさんに思わず一歩距離をとる。
「バカにしてると思いませんか!? 何が好きに生きろだ!! 十分好きに生きてるわ!!」
「ね、ネイラさーん?」
「確かに! 両親が死んでから、生活費とあいつの学費を稼ぐ為に昼夜問わず働いてたけど! それでもあいつが請負人を始めてからは私兵隊一本に絞ったし、騎士団に入隊して私よりも稼ぐ様になったらお金の仕送りもやめたじゃん!! なのに何!? まだあいつ私に気を使ってるの!? 信じらんない!! バッカじゃないの!?」
「ネイラさーん……」
「だいたい、家族なら待っててくれって言うのが普通じゃないの!? 絶対に帰って来るから、信じて待っててくれって言うでしょ普通!? それを、何さ? 待たなくてもいいって! はぁ? 意味分からないんだけど!? 」
「……どうしよう、アーフ。ネイラさんが暴走してる」
「ラピスに一噛みさせればいいんじゃないか?」
「と、言うわけでして、」
「あ、急に戻って来た」
「なんじゃ、喧しい奴じゃのう」
「私はあの愚弟に一発お見舞いしたいのです。なので、連れて行ってください」
再び深く下げられたネイラさんの頭を私は何とも言えない顔で見る。
「一発お見舞いしたいから、ですか……」
私の呟きにはい、と頷いたネイラさんが顔を上げる。
落ち着きを取り戻したターコイズブルーの瞳は、確かに、彼女の弟と同じ色をしていた。
「死んだと……もう、帰っては来ないのだと、そう言われたのならきっと諦めてました。嘆き悲しんで、途方に暮れて、絶望して、そして、それでも、乗り越えて生きていけていたと思います。けど、安否不明、消息不明、生きてるか死んでるか分からない。そんな……そんな中途半端な報せでは、諦められない」
『貴女もそうでしょう?』と、問われた気がした。
どうなったか分からないから、行くのだろうと。
そこにある真実が、例えどれほど残酷な物であったとしても、確かめずにはいられないから行くのだろうと。
「トニックは私の唯一の弟です。たった一人の家族です。トニックが何と言おうと、私は彼が帰って来るのを信じてます。けれど、大人しく待っていられる程におしとやかじゃない。好きに生きろと彼が言うのなら、その言葉通りに好きに生きる事にします。取り敢えずは、心底心配かけたバカを探しだして一発お見舞いしたいと思います」
「……」
"姉"という存在は、色んな意味でとても"強い"のだなと、私は自分が知っているもう一人のエミュリルを思い浮かべて目を細めた。
「そうですね、『旅は道連れ』って言いますし、一緒に心配かけたバカ達を探しに行きましょうか」
「ありがとうございます!」
笑った顔がそっくりなのはどこの家族も同じだった。




