美少女も加わりました。
「アングラフィといえば、」
なんやかんやと血を飲むのを拒否していたもう一匹の蝙蝠もシルビアンに促されて飲み始め、そうして結局シルビアンとやった一連の流れをもう一度やり、アーフのデコピンで壁にめり込むまで済んだところでアーフがふと声を上げた。
「ミヒャルの血縁か」
「そうだよ」
アーフの言葉にベッドに腰かけていたシルビアンが頷く。
「ミヒャル?」
軽い貧血にふらつく私を椅子に座らせていたウィルサス様が訊ねる。
「俺が王の時に宰相をしていた者だ」
「彼は僕達の叔父上だよ」
「成る程な。息災か?」
「……死んだよ」
「なに?」
「殺されたんだ、僕達のせいで……」
「どういう、」
問い詰めようとしたアーフが言葉を切った。
その視線はデコピンで吹き飛ばしたもう一匹の蝙蝠の方へと向いている。
そこには、緩いウェーブのかかったシルバーピンクの髪をツインテールにした、シルビアンと同じ背格好、同じ顔の女の子が居た。
「お前達、忌み子か」
「うん」
女の子を見て、シルビアンを見て、最後にもう一度女の子を見たアーフが驚いた様子で呟けば、シルビアンがそれに頷く。
「忌み子って?」
私の問いにアーフが双子の事だ、と小さく答えた。
「何で双子が忌み子なの?」
「さぁな。だが、遥か昔から吸血族では双子は忌み子と言われてきた。不吉の象徴だとな。だから双子が産まれるとどちらも殺される。そういう決まりだからだ」
アーフの言葉に女の子が薄く笑って頷いた。
「そう、明確な理由も、明瞭な根拠もない。ただ、昔からの決まりであるからというただそれだけで双子は殺されるのじゃ」
けれど、と女の子は続ける。
「我が両親は子宝に恵まれなかったのじゃ。やっと授かった子は忌み子であった。悩んだ末にどちらともを生かし、育てる事にしたのじゃ。けれどそれは許されぬ事。双子は殺す。忌み子は殺す。それが我等吸血族の掟じゃ。掟を破ったのならば、相応の報いがあって当然じゃろう」
「一族郎党殺されたのか……」
アーフの言葉に二人は頷いた。
「我が両親も、叔父上も叔母上も、お祖父様もお祖母様も、従兄弟達も、皆、我等を殺せという他の同族達の言葉を拒んだのじゃ。ゆえに、殺された。我等二人に、強い強い守護の魔法をかけて、自分達だけ殺されたのじゃ」
「守護の魔法?」
「光属性の神級の魔法にそういったものがあると聞いた事があるよ。確か、対象のモノをあらゆる害悪から守る、最強の守りの魔法だって」
ウィルサス様の言葉に頷いたのはシルビアンである。
「そう、最強の守りの魔法。だから僕達は捕まった後も殺される事なく生き続けた。あらゆる攻撃も、呪いも、僕達に傷一つつける事は叶わなかったんだ。僕達を殺す事を諦めた同族の人達は、僕達を種族から追放するとこで無理やり片を着けたんだ。その後暫く経ってから、守護の魔法は力を失ったけれど、僕達は自ら命を絶つ事も出来なかった……」
生かされたと、知っているから。
死してもなお、生かされ、守られ続けたと、嫌と言うほど分かっていたから。
ギュッと、唇を引き結び顔を歪めたシルビアンを女の子が抱きしめる。
「とても、」
僅かばかり空気の重くなった空間に響いたのは、貧血から回復した私の声だ。
「とても素晴らしい両親だったんだね」
「え?」
「叔父さんも叔母さんも、お祖父さんもお祖母さんも、従兄弟達も。とても優しくて素晴らしい人達だったんだね。とても強い人達だったんだ」
「……素晴らしい、じゃと?」
「うん」
「妾達の両親が、叔父上や叔母上が、祖父母が、従兄弟達が……?」
「うん」
「なぜ……」
「え? だって、昔からずっと守られてきた決まりって、"信仰"とかに近いモノでしょう? 根拠も理由もよく分からないけど、守らないといけないって皆が思ってる。明らかに間違ったモノであっても、それは間違っているって声を上げる方が間違っていると思われてしまう、そんな、底知れない恐ろしさがあるモノじゃない。だけどあなた達の両親や親戚の人達はそんなモノよりもあなた達の方が大事だって、真っ直ぐに自分達の意思を貫いた。周りに何と言われようが、たとえ自分達が殺されようが、あなた達は生きてていいんだって、あなた達の命も、自分達のした事も、間違ってはいないんだって、全てをかけてそれを示した。そして、他の吸血族の人達は、彼等のその意思に負けた。あなた達に傷一つ負わせる事も出来ずに。それってとても凄い事じゃない? それをやってのけたあなた達の両親や親戚の人達はとても素晴らしくて、とても強くて、そして、とてもあなた達を愛していたんだろうなって思ったんだけど……」
何か違ったかな、と不安げに眉を下げた私に女の子は小さく笑って頷く。
「……そう、か」
そうして、シルビアンを伴って柵の前まで来ると真っ直ぐに背筋を伸ばして私を見た。
「サーシャリア・アングラフィじゃ。シルビアンの姉になる。お前の名は何と言う?」
「あ、自己紹介まだだったね。リオ・アキヅキ。リオでいいよ」
「ではリオよ、血の契約について話してやるから、ここから出してはくれぬか?」
「え、それって……」
「お主と契約すると言っておるのじゃ」
「え、本当に!?」
「妾は嘘はつかぬぞ」
「じゃあ案内もしてくれるって事だよね?」
「あぁ。だから早くここから出してはくれぬか? お主、どうせ血の契約についてはあまり知らぬのであろう?」
「確かに、契約した人の血しか飲まなくなるって事くらいしか知らないけど……あー、ちょっと待ってね、そこから出してあげたいのは山々なんだけど、残念ながらその権限は私にはないんだよね」
そう言った私はチラリとウィルサス様を伺い見た。
その視線に苦笑を溢したウィルサス様が一つの鍵をくれる。
「牢の鍵だよ。部屋も用意してある。けれど、全て詭弁で、逃げ出す為の口実だということもあり得るから気を付けるんだよ」
ウィルサス様の言葉に頷いて、それなら、と提案する。
「私、この屋敷の周りに結界張ってきましょうか?」
「結界を君が? 君は魔法陣を描けるの?」
「はい、一応。レイ様とアラミーさんに教えてもらったので」
「そっか。ならお願いしようかな」
「はい。ちょっと待ってて下さいね」
言うが早いか、私は踵を返して小走りに地下を後にした。
それを見送ったウィルサスがそれで、とサーシャリアとシルビアンに目を向けた。
「ここに来た時には既に蝙蝠の姿だったから僕は知らないんだけれど、君たちはそれが本当の姿なのかい? 幾つなの?」
ウィルサスの問いにサーシャリアがフン、と鼻を鳴らす。
「魔族を見かけで判断するなど、まだまだじゃのう、小僧。妾達の本来の姿はもっと優美で気高いのじゃ。だが、蝙蝠の姿で飲める血の量などたかが知れておる。本来の姿に戻るには量が少なすぎる。じゃが、少量の血で妾達が人の姿をとれるまで回復するとは、リオの血は妾達と相性がいい証じゃ。あれだけの血でここまで力が戻るとは、120年生きてきて初めての事じゃ」
「……ん?」
なんだか聞き捨てならない言葉を聞いた気がして、ウィルサスは首を傾げた。




