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蝙蝠から美少年に進化しました。

「ウィルサス様、魔族は……?」


 暫くの間その蝙蝠を見ていた私は恐る恐るウィルサス様に問う。


「君の目の前に居るその蝙蝠がそうだよ」


 変わらぬ笑みを浮かべてウィルサス様が答える。

 その答えに私は再び牢の中の蝙蝠へと目を向けた。


「……」


「ふん。これは仮初めの姿よ。血を寄越せ、小娘。妾の高貴なる本来の姿を見せてやるのじゃ」


 少女の様な声音に対して話し方はなんとも古めかしい。

 蝙蝠の姿で器用にも偉そうに胸を張るのをまるっと無視して、私はアーフへと顔を向けた。


「吸血鬼って、血を飲めないと蝙蝠になるの?」


「普通の食事でも生きてはいけるが、それだと本来の力の半分も出せないと聞いたことはあるな。蝙蝠は力の消費を抑える為の姿なのだろう」


「妾の言葉を無視するとはいい度胸じゃ!」


 蝙蝠の姿で怒られてもあまり怖くない。

 怒った様子で鉄格子の前を飛ぶ蝙蝠を眺めながら少し考えて、両隣に居るアーフとウィルサス様に視線を向ける。

 どちらも私よりも一歩下がった所で成り行きを静観しているのを見るに、この魔族達との交渉は私一人に一任されたという事だろう。

 そんな二人に小さく息をついて一歩牢に近づいた。


「話は聞いていたでしょう? 血をあげれば、私に協力してくれる?」


「お前の血が契約を結ぶ程に美味であれば協力してやらんこともないのじゃ」


「うーん……」


 そもそも彼等が気に入る血の味の基準も分からないのだ。

 『生娘である事』、『一定以下の年齢である事』、『草食である事』など、明確な基準があるならばまだしも、個人の嗜好の問題であるならばどうしようもない。

 血を与えたとして、もし気に入られなかったら私達が出せる条件は彼等を自由にする事しかなくなってしまう。そうなれば、牢から出した途端に逃げられる可能性も高い。

 気に入られなかったら案内してもらうのを諦めるという手もあるが、血を飲めば彼等は本来の力を出せるのだから、彼等の実力次第では自力での脱走だって出来るだろう。


「……」


 色々と考えて、考えて考えて考えて、なんだか唐突に面倒になった。

 この魔族達からの協力が得られずとも、この魔族達が自力で逃げ出そうとも、まぁ、なんとかなるだろうと。


 そう思った私は迷う事なく牢の中へと左手を突っ込んだ。

 さぁ飲め、と差し出された腕にゴクリと喉を鳴らしたのはベッドの柵にぶら下がっていたもう一匹の蝙蝠だ。


「あ、こら! 待てシビィ!!」


 フラフラと寄って来たその蝙蝠はもう一匹の制止の声など聞こえていない様子で私の腕に牙を立てた。


「っ、」


 注射針に刺されたような小さな痛みが一瞬走り、直ぐに消える。

 そうしてその後に襲って来た"血を吸われる"という今まで味わった事のない感覚に僅かに眉を寄せた。

 

 コクコクと、血を飲む音がやけに響く空間で皆しばらく無言だった。


「……」


「……」


「……」


「いや、ちょっと長くない!?」


 いつまでも終わらない吸血に僅かばかりの危機を覚えて声を上げる。


「ちょ、いったんストップ! 止めて! 離して! って、力強いな!?」


 腕を引こうとするも、未だに吸血を続ける蝙蝠に阻まれて鉄格子から抜けず、反対の手で蝙蝠を引き離そうとしても頑として動かない。

 これには流石の私も悲鳴を上げた。


「ひぃー!! 待って、ストップ!! お願いだから!! 今どのくらい吸ったの!? ねぇ、私大丈夫!? このまま干からびたりしない!?」


 バタバタと腕を振るも全く動じない蝙蝠に私は半泣きだ。

 そんな私の後ろから盛大なため息と共にヌッと長い腕が伸ばされ、次いで鈍い音と同時に私の腕から蝙蝠が消えた。


「シビィ!!」


 ドゴッとちょっと尋常ではない音を立てて壁にめり込んだのは、伸ばされた腕の持ち主であるアーフのデコピンで吹き飛ばされた蝙蝠だろう。

 もう一匹の蝙蝠が悲鳴に近い声で名前を叫んで慌ててそちらへ飛んで行った。


「何をやっている」


「アーフ」


 そんな一連の出来事を唖然と見ていた私は自分の後ろに立ち呆れた様に息をつくアーフを仰ぎ見た後に自身の腕に視線を落とした。


「傷がない……」


 蝙蝠に噛まれていた筈の腕には何の傷もなかった。

 まじまじと自分の腕を見る私を牢から一歩離したアーフが当然だろうと応える。


「吸血族は吸血した相手にそうと気付かれないように傷は綺麗に消すものだ。ただの"食事"の為だけの吸血なら記憶も綺麗に消し去る。こいつ等に吸血されても記憶があるのは、"血の契約"を結んだ者くらいだろう。そうでなければ人間の血を好んで飲むこいつ等の存在に人間達はもっと怯えている事だろうよ。こいつ等は血を飲む為に度々人間を襲っているのだからな」


「なるほど」


「貴様等、妾の弟を吹き飛ばしておいてよくも呑気に会話など出来るものだな!? 人間風情が!! その喉笛、噛みきってくれるわ!!」


 デコピンで吹き飛ばした蝙蝠の事など忘れ去ったかの様な二人の会話にもう一匹の蝙蝠が怒鳴る。

 その蝙蝠に私が答える前に、可愛らしい少年の声が割って入った。


「待って、姉様」


「シビィ!」


 ぶつかった衝撃で穴が空いてしまった牢の壁。

 そこから現れたのは、デコピンで吹き飛ばされた蝙蝠……ではなく、見目麗しい美少年だった。


「……は?」


「シビィ! その姿になって大丈夫なのか? 血は足りておるのか?」


「大丈夫だよ、姉様。あの人間の血、とても美味しいし、栄養満点だよ。ちょっとの量でもこの姿になれたもの」


 そう言ってチラリと自分を見てくる美少年に私は思わず後ずさった。

 美少年ではあるが、彼が自分の血を吸った蝙蝠であるのは会話から伺い知れた。

 そんな彼が物欲しそうに視線を向けてくるのだから、本能的に身の危険を感じてしまったのも無理はない。


「改めて、初めまして。僕はシルビアン・アングラフィ」


 トコトコと鉄格子に近づいた美少年が自己紹介をする。

 少し青みがかった銀色の髪と紅い瞳。

 最高のバランスで配置された目と鼻と口。

 少し尖った耳と口から覗く鋭い犬歯。


「僕、とってもお腹空いてるんだ。お姉さんの血をもっとちょうだい」


 ニコッと最高に可愛らしい笑顔で言った吸血鬼の美少年にリオはひきつった顔で乾いた笑みを溢すしか出来なかった。

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