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込み入った事情があるみたいです。

 この国の第一王子であるウィルサス様が別荘に居る理由を『色々と込み入った事情がある』と言ったのはアガナさんだ。

 "第一王子"でありながらウィルサス様が王都にある王城でなく別荘……しかも領土線に近い場所に居る『込み入った事情』を直接本人が話してくれるらしい。


 ……なんて面倒な事になってしまったんだ。


 私は頭を抱えたい衝動を必死に我慢して目の前で優雅に紅茶を飲むウィルサス様を見る。

 こちらの視線に気が付いて浮かべられる柔らかい微笑みが今では腹黒い笑みに見えてしまう。


 ウィルサス様の身の上を聞くという事は、必然的に今の王族の内情を知ってしまうという事だ。

 そして、知ってしまえば巻き込まれる。

 ウィルサス様はそれが分かっていて話すと言っているのだ。

 つまりは、元よりウィルサス様の『込み入った事情』に私を巻き込む腹積もりだったという訳だ。


 横目でアーフを窺い見たが我関せずといった彼の態度に嘆息する。

 魔族であるアーフにとって、人間の王族にどんな込み入った事情があろうと知った事ではないのだろう。


 そして、この日二度目の沈黙もウィルサス様がティーカップを置いた音で終わりを告げた。


「先ずは君に謝罪を」


「え?」


 言葉と同時に頭を下げたウィルサス様。

 私もアーフも側に控えていた従者までもが驚きに目を見開いた。


「君を喚んでしまった女神召還を行ったのは、レイファラスを始めとした僕の派閥の魔法師達だったんだよ」


「えっと、レイ様が私が喚ばれた召還に関わっていたのは知ってますけど、ウィルサス様の派閥っていったい……?」


「そうだね、どこから話そうか……僕とカガルディンの母親が違うという事は知っているかい?」


「はい」


「僕の母親は"前"王妃なんだけれど、6年ほど前に病でこの世を去ってしまったんだ。そしてカガルディンの母親が王妃の座についた」


 元々は側妃だったカガルディンの母親は王妃であったウィルサス様の母親が亡くなった後、悲しみに暮れる国王に寄り添い支え3年の後に正妃の座についたのだ。


「彼女は元々とても気位が高い人でね、自分の子供であるカガルディンが王位継承権第三位なのをとても気にしていた」


「ん? 第三位なんですか? 第二位ではなく?」


「本当は、僕の兄弟はカガルディンの他に三人居たんだよ。カガルディンは第三王子だったんだ。それが今や僕とカガルディンだけだ。カガルディンの母親が王妃になって僅か3年で二人兄弟になってしまった」


「うわぁ……」


 思わず顔がひきつる。しかし話しているウィルサス様は相変わらず微笑みを浮かべていた。


「彼女……ナターシャ様はカガルディンこそ、次期国王に相応しいと王妃になってからずっと国王に言い続けていてね、そのうち彼女の言葉に便乗する貴族達が現れ始めた。まぁ、元々王子が一人じゃない時点でそれぞれの王子に派閥があったんだけれど、今やその王子も僕とカガルディンだけだからね。必然的にどちらかにつくしかなくなる。そうして、第一王子である僕の派閥と、繰り上げで第二王子になったカガルディンの派閥との対立という形が完成したんだよ」


 継母主催の兄弟喧嘩だね、と笑って紅茶を飲むウィルサス様に私はひきつった笑みしか浮かべられなかった。

 そもそも本来五人兄弟だったのが僅か3年で二人兄弟になってしまった時点で物騒過ぎる。


「まぁ、数年間はお互いに目立った動きはしなかったんだけれど、領土線が王都の近くにまで迫って来て、王都に居る貴族達がいよいよ自分達の身の危険を感じる様になって女神召還の実行についてようやく真剣に協議が行われるようになり始めた頃からカガルディン側の者達が活発になり始めてね。流石の僕も身の危険を感じて2年前にここに来たんだ」


「ここにって……ここも十分危険じゃないですか?」


 領土線からほど近い場所に、命を狙われているからと避難してくるのは違う気がする、と言う私にウィルサス様が苦笑する。


「2年前まで領土線はもう少し()()()()だったんだよ。それに、僕の派閥の中でもインバース公爵家が一番力を待っているし、僕はインバース公爵家の者達や領土線を守ってくれてる戦線先駆隊の者達を心から信じているからね。ここで暫く身を潜めて、カガルディン派……ひいては王妃派を引きずり下ろす策を練ろうとしていたんだけれど、王妃はそれを逆に好機ととったのか、『第一王子は重い病気を患っていて、それが露見しないために別荘に引っ込んだ』と周囲の貴族達に吹聴してくれてね。僕の派閥の人たちがいろいろと頑張ってくれたんだけれど、実際に僕は王都に居ないから王妃の言葉は信憑性を増してしまうし、かといって今王都に戻れば確実に消されるしと、まぁ、結構な劣勢に立たされていたんだ。そんな折りに女神召還の儀を行うと決定が下された。レイファラスはそれに賭けたんだ」


「女神召還に賭けた?」


「そう。女神召還の儀を成功させて"女神"を僕側の陣営に加えようとしたのさ。この国で"女神"という存在は崇め奉られ、崇拝されるモノだからね。そんな人物を味方に出来れば劣勢をひっくり返すだけに止まらず、もはや僕の王位継承権は揺るがない物になるだろうと、そう思ったんだけれどね……」


 そこで言葉を区切ったウィルサス様に私は渋面を作った。

 言わずもがな、レイ様が携わった召還で喚ばれたのは私である。


「女神召還に失敗してしまってからレイファラスの立場は少し弱くなってしまってね」


「え?」


「まぁ、女神召還に失敗して何の力もない異世界の人間を喚んでしまったあげく、王の決定に異を唱えその人間の城への長期滞在を許し多くの知識と力を与え、彼自身も女神様からの誘いを悉く断っていたらそりゃあ立場も弱くなるってものだよ」


「私のせい? え、だってそんな……レイ様からそんな話一回も聞いたことないのに……」


「言えるわけがないだろう」


 それまで黙って話を聞いていたアーフがここに来て初めて口を開いた。


「自分のせいで見知らぬ世界に来たお前に更に自分が置かれている複雑な立場など話せるものか。それに、話したからと言って何になるという?」


「え?」


「まぁそうだね。君に話しても何にもならないと分かっていたからレイファラスは黙っていたんだよ。君に余計な心配をさせたくなかったんだろうね」


「……」


 付け加える様に入れられたウィルサス様のフォローは特に意味を成さなかった。

 つまるところ、話す必要性も価値もないから話さなかったということである。

 その言葉に唇を噛み締めはしたがしかし、私自身がそれに反論出来る言葉を持っていない事もよく分かっていた。


「少しきつい事を言ってしまったけれど、レイファラスは君を国政のゴタゴタに巻き込みたくなかったんだよ。ただ普通に、幸せに生活して欲しかっただけなんだ。それに、あの女神様は()()()()と言ったのは僕だからね、レイファラスの立場が弱くなってしまった原因の一端は僕にもある」


「いらない? 女神様が?」


「そう、彼女を喚んだハリウィン達が行った女神召還の儀。あれがどうにも"何か"がある様でね」


「何か?」


「そう、"何か"。レイファラスやアラミー、他のあの場に居た魔法師達の何人かが違和感を感じてるんだ。何かあるのは間違いないからね、レイファラス達には極力女神様には関わらない様にと言っていたんだよ。それについては目下調査中だからまだなんとも言えないのだけれどね」


「……」


「まぁそれはそれとして、レイファラスの女神召還が失敗して彼の立場が弱くなったのを好機ととったカガルディン側が魔王討伐を王に進言した。魔法師も騎士も全体の指揮官はカガルディン側の者で、レイファラスやクライハルトは自軍の指揮権しか渡されなかったからね、あわよくば二人を……更に言えばトニックやアラミーも含めた戦線先駆隊の者達と赤の離宮の者達が魔王討伐の折りに消せればいいとでも思っていたんだろうね。どちらも僕の派閥の者達が多いから。けれどそれは失敗した。……いや、半分は成功したのかな? 現にレイファラスもクライハルトも、その他沢山の者の安否が分からない状態だからね。けれど、魔王の討伐は失敗した。王はその事実を未だに国民に隠している。女神様やカガルディンさえ監視つきで閉じ込めてね。つまりそれは、今回の魔王討伐の失敗が国にとってそれほどまでに痛手だという事なんだ」


 国民達にとっての希望。心の拠り所。救いの象徴。

 "女神"とはきっとそんなモノで、だからこそ、今回の魔王討伐隊の進軍はじわじわと迫り来る魔族の恐怖から脱却できる唯一にして最大の手段だったのだ。

 けれどそれが失敗に終わった今、その事実が露見してしまえば国民達は悲観に暮れ、嘆き悲しみ、絶望し、そうして最後には王侯貴族達に牙を剥く。

 魔族の侵攻、王位継承権争いによる国内貴族の二分化、それに加えて国民の反乱など洒落にならないと国王は思ったのだろう。


「今回の魔王討伐の失敗によってカガルディンの立場は危うくなった。下手をすればこのまま廃嫡だろう。まぁ、今の国内の状況でそれはないだろうけれど、それでもナターシャ様の画策によって優位に立っていたカガルディンと僕の立場は同等になった。でも、これから更に僕が優位に立つにはレイファラスとクライハルトの存在が必要不可欠なんだ。さっき、レイファラスが君に自分の置かれている立場を話さなかったのは話しても何にもならないからだと言ったのは覚えてるよね?」


「はい」


「じゃあ、僕が今、君に全てを話したのは何でだと思う?」


「……巻き込むため、じゃないんですか?」


「半分正解だね。もう半分はね、今の君には話すだけの価値があるからだよ」


「私に?」


「そう、君に。君は無自覚かもしれないけれど、レイファラスに鍛えられた魔法と、トニックに鍛えられた戦闘技術。更には魔物を従属させていて、精霊まで視える。レイファラス達が欠けた今のこの国で一番強いのは、もしかしたら君かもしれないね。それに君は、自ら考え動く強さがある。この世界に来た当初ならいざ知らず、今の君なら物事をしっかりと見定めて動けるだろうからね。そんな人間は巻き込んで、十分に力を発揮してもらう価値があるのさ。ということで、レイファラス達の事は頼んだよ」


「へ?」


「これで僕の話しはおしまい。さぁ、捕らえている魔族の所へ行こうか」


「え? えぇ!?」


「急だな」


 言うが早いか席を立って部屋を出ていったウィルサス様に私達は慌てて続く。

 廊下で待っていたウィルサス様が変わらぬ微笑みを浮かべてそうだ、と付け加えた。


「魔族の土地に行くついでに、魔王を倒して来てくれてもいいよ」


「無理です!」


 全力で拒否した私にウィルサス様は声を立てて笑った。

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