祈りと願いを込めて紡ぎます。
湯浴みを終えた私達が案内されたのは、色とりどりの花が咲き乱れる美しい中庭にある東屋だった。
その東屋にアガナさんともう一人、女性が待ち受けていた。
「私の妻です」
「イリア・インバースです。どうぞよろしくお願いいたします」
アガナさんの紹介に綺麗な礼をとった女性は薄茶色の髪と緑色の瞳という、エミュさんやレイ様とは違う色彩を持っているのに、その面差しは二人ととてもよく似ていた。
「先を急いでいるのに申し訳ないのですが、妻がどうしてもお二人に渡したい物があると言いまして」
挨拶を交わし、全員が席に着いたところでアガナさんが話を切り出した。
「渡したい物?」
「はい。どうか、これをあなた方の旅に共にお連れ下さい」
そう言ってイリアさんが差し出したのは二つのネックレス。
「これは……琥珀?」
どちらのネックレスもシルバーチェーンの先端には蜂蜜色をした半透明の石がついている。
「アンバーという名の石ですわ。あなた方の命を守ってくれるよう、"祈り"を込めております」
「"祈り"?」
「妻の能力です。命を持たない物に、一度だけ効果のある願いを込めるものです」
「今回はあなた方の命が危機に曝された時に守ってくれるよう祈りを込めております。効果は一度きりなのでどこまでお役に立てるかは分かりませんが、どうか持って行って下さいませ」
「ありがとうございます」
「礼を言う」
ネックレスを受け取った私達の手を、イリアさんがギュッと握りしめた。
「不甲斐ない親でごめんなさい。本当なら、危険と分かっている場所へ行くあなた方を止めるべきだと分かっているのです。レイやトニック君達の為にあなた方がそこまで危険を犯す必要などないと、分かっているのです。けれど私は、あなた方にここで『行かなくてもいい』と言う事は出来ません。『私が代わりに行く』と言う事は出来ません。本当に、ほんとうに、ごめんなさい」
唇を噛み締めて震える声で言うイリアさん。
「なるほど、お前達は確かに親子なのだな」
そんな彼女にアーフがそう感想を洩らした。
旅立ちを決めた日の夜、私を抱き締めてどうか無事でと祈るように言ったエミュさん。今のイリアさんにその姿が重なって見えた。
どこまでも優しい人達だ。
そして私は、エミュさんにした約束と同じ約束を口にする。
「必ず、皆で帰って来ます。だから、待っていて下さい」
その言葉に頷いたイリアさんに見送られ、私達はインバース邸を後にした。
そうして着いたのは、別荘とは名ばかりの、小高い丘の上に堂々と佇む城であった。
「やぁ、初めまして。僕はウィルサス・サラウィン。君達が来るのを心待ちにしていたよ」
通された部屋でそう言ってにこやかに私達を出迎えたのは、淡い緑の瞳と肩甲骨くらいの長さがある明るい茶髪を後ろで一つに結んだ美青年だった。
「アガナもここまで彼等を案内してくれてありがとう」
「いいえ、大した事ではありません。私もここに残りたいところですが、やらなければならない事がある故、今日はこれにてお暇させて頂きたく存じます」
「そうか、わかった。またゆっくりお茶でも飲みに来ておくれ」
「はい、是非に」
ウィルサス様に深々と頭を下げたアガナさんが私達に向き直る。
「リオさんから預かったハンカチは外門の所にかけておきます。従属している子達が来たら直ぐにお知らせしますので、暫くお待ち下さい」
「よろしくお願いします」
「道中どうかお気をつけて。全てが終わったら、今度は皆で来てくださいね」
「はい。必ず」
力強く頷いた私に優しく笑ったアガナさんが部屋を出ていく。
僅かな間降りた沈黙は、ウィルサス様にがティーカップを置いた音で終わりを告げた。