彼等はどうやら親子のようです。
「初めまして。インバース領領主、アガナズィラ・インバースです。どうぞアガナとお呼びください」
アガラス遺跡の魔法陣で転移した先。インバース領内の教会の一室で、転移した私とアーフを迎えたのは銀の髪と青色の瞳を持つ穏やかな微笑みを浮かべた初老の男性だった。
「……え?」
「アーファルトだ」
差し出された手を取ってアーフが名乗った。
流れ的に次は私が名乗る番なのだろうけれど、思わずまじまじとアガナさんの顔を見つめてしまう。
「リオ? どうした?」
いつまでも名乗らない私を怪訝に思ったのか、アーフが聞いてくるけれどそれどころではない。
「もしかして、レイ様とエミュさんのお父さんですか?」
きっと私の顔は驚きに染まっていただろう。それでも確信に満ちた声音で訊ねれば、アガナさんが感嘆の声をあげた。
「驚きました。確かに、私はレイファラスとエミュリルの父です。髪や瞳の色は似ていますが、顔はそんなに似ていないから直ぐに気付く人はなかなか居ないんですよ。リオ様は二人の事をよく見てくれているんですね」
「いえ、そんな……あ、すみません。リオ・アキヅキです。リオでいいです。様なんてつけないで下さい」
「ではリオさんと呼ばせて貰います」
そうしてやっと握手を交わした私達に、アーフがふと首を傾げた。
「アガナ、お前はレイとエミュリルの父なのだろう? 何故、家名が違うんだ?」
「アーフ!?」
なんともデリケートな話題にズカズカと踏み込むのは魔族と人間の価値観の違いかもしれない。
思わず咎める様に名を呼んだが訊ねられた本人は気にした風もなく笑って答えた。
「あぁ、二人は妻の兄の家に養子に入ってるんですよ」
「養子? 何故だ?」
「お恥ずかしながら、インバース家は代々武闘派の血筋なので、とても素晴らしい魔法の才能に恵まれた二人に対して、その才を伸ばしてあげられる適切な環境が分からなかったのです。そこで、魔法に詳しいカーハンナー家へと養子に出しました。幸い、レイファラスの下に男児が産まれたので後継ぎの事も心配いりませんし、子供達には好きな事を出来るだけやらせてあげたいと思いまして」
そう言ったアガナさんの笑顔がレイ様とエミュさんに重なって見えた。
「さぁ、ウィルサス様の所へ案内します……と言いたい所ですが、一度我が家へ寄って湯浴みをしましょうか。アガラス遺跡の中は埃っぽかったでしょう」
アガナさんの言葉に私達はお互いの姿を見やった。
私達の体を包む旅用のローブは砂と埃にまみれて所々白く汚れている。王族の別荘に行くのに適した格好ではない事は明らかである。
互いの薄汚れた姿に肩を竦め合って私達はアガナさんの後へと続いた。
「あの、"ウィルサス様"というのが王族の別荘に居る方ですか?」
アガナさんが用意してくれていた馬車の中、先程彼が口にした名前について訊ねる。
「えぇ、そうですよ。ウィルサス・サラウィン様。この国の第一王子です」
「……は?」
「この国の第一王子です」
「あ、いや、二回言わなくても聞こえています……って、え、第一王子!? 本当に!?」
驚きに声を上げる私の横でアーフが欠伸を噛み殺す。この魔族にとっては人間の地位も肩書きもさして重要ではないらしい。
しかし、私にとっては重要な事だ。
王族の別荘に居る人物なのだから、それなりの地位の者だとは思っていたが、まさか第一王子が出てくるとは思っていなかった。
「王子様かぁ……」
思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
そもそも王族というものにいい感情がないのだ。
ここへきて、頼らなければならない相手が王族。しかも第一王子となれば、私の渋面も仕方のない事である。
「まぁ、色々と込み入った事情があって今は別荘に滞在されていますが、それについてはウィルサス様ご本人から聞いて下さい。それに、ウィルサス様はとてもいい方ですのでそう心配する事もないと思いますよ」
にこやかに言うアガナさんに曖昧に笑って応え、そこでふとある疑問が浮かんできた。
「あの、お城に居る……えっと、なんだっけ? カ、カガル……まぁいいや。お城に居るもう一人の王子は第二王子って事ですか?」
「カガルディン様ですね。ええ、彼はウィルサス様とは腹違いの弟君になります」
「腹違い……」
なんだかもうその言葉だけで、彼等を取り巻くドロドロ感が窺い知れしまう。
魔族達に会いに行くのがとても嫌になってしまったけれど行かない訳にもいかず、重い溜め息を一つ吐き出して気持ちを入れ換えて前を向く。
御者席の方からインバース邸が見えたと報告が入ったのはその直後であった。