お姉様のツテがフル稼働です。
「道案内が必要ね」
私が持って来た地図に赤のインクで印を付けたエミュさんが不意にそう言った。
「道案内?」
「そう、魔族の土地に詳しい人が必要よ。私達の時はレイの"遠視"の能力を使って道を選んでいたけど、リオちゃん達はそれが出来ないでしょう? アーフさんが詳しかったらいいけど」
「俺も魔族の土地にはここ数百年程は行っていないからな。詳しいとは言えん」
「ならやっぱり道案内が必要ね」
「道案内が出来るくらいに魔族の土地に詳しい人なんて居るの?」
私の問いにエミュさんがその声音をグッと下げ、顔を寄せる様に合図する。
地図の広げられたテーブルの上、顔を寄せ合った私とアーフにエミュさんも加わり、そうして彼女は小声で話始めた。
「これは、極一部の人しか知らされていない事なんだけどね、ジーザント城塞ってわかる?」
「領土線に一番近い城塞だっけ?」
「そうよ。その城塞から一番近い場所にインバース公爵が治める領地があるの。その領地の一角に王族の別荘があって、そこに魔族が二人居るわ」
「え!?」
「一年くらい前に戦線先駆隊が捕らえたのよ。彼等が今、インバース領に居る事は国王様達ですら知らないわ」
「え? なんで?」
「勿論、捕らえた事は報せたけど返ってきたのは『即刻処刑せよ』という何とも実りのない命令だけ。敵の事を知る折角の手段なのに、国王様達はただ殺せと言ってきた。彼等二人を捕らえるのにどれだけの犠牲があったかも考えないで。だからクライハルトはその命令を聞かなかった事にしたのよ」
赤いインクでジーザント城塞の場所と、更にそこから程近いインバース領の場所に印をつけながらエミュさんは話す。
「インバース領はジーザント城塞から馬で1日も駆ければ着ける場所にあるし、そこに居る人達にクライハルトは絶対の信頼をおいているの。だから、捕らえた二人の魔族を殺した事にしてインバース領に隠す事にしたのよ」
「でも、魔族達が居るのは王族の別荘なんだよね?」
「そうよ。まぁ、そこに居る人については実際に会って直接本人から事情を聞いてちょうだい。インバース公爵家と別荘に居る人には私から速達で手紙を出すわ。あとは……そうね、捕らえている魔族達が果たして道案内を引き受けてくれるかだけど、こちらから出せる条件なんて身柄の解放くらいしかないから……まぁ、アーフさんあたりを上手く使えばいいわね。魔族達の説得は二人に任せるわ。時間も無いことだし」
「うわぁ、ここに来てまさかの一番大事なところを丸投げ……」
「おい、いくら俺が元魔王だからといって、全ての魔族が言うことを聞く訳ではないんだぞ」
「私だって何でも出来る訳じゃないのよ。私はその魔族達に会った事もないんだから。まぁ、別荘に居る人が何か考えてくれるかもしれないから、取り敢えず行くだけ行ってみて。どちらにしろ魔族の土地に行くには通らないと行けない場所だからついでと思えばいいわ」
その言葉に、まぁそれならと頷いた私達。
そんな私達に少し待っている様に言ったエミュさんが近くにあった執務机から紙とペンを取り出し手紙を書き始める。
「一枚はあなた達が持っていてね。残りの二枚は朝一で速達便に出してちょうだい。そうね、速達便が向こうに届くのが5日後くらいでしょうから、あなた達は4日後に出発してちょうだい」
「速達便が5日後に届くのに、私達が4日後に出発するの?」
「王都から1日歩いた所にアガラス遺跡があるの。その中にインバース領へ繋がる転移魔法陣があるわ」
「遺跡の中に転移魔法陣?」
「元々、王都と国の主要な領土に繋がる転移魔法陣は幾つかあるの。その中の一つよ。魔王討伐隊もその魔法陣からインバース領に転移して行ったのよ。ただ、王都にその魔法陣を置いてしまえば万が一敵に利用された時に一気に窮地に立たされるでしょう? その危機を少しでも減らす為にアガラス遺跡に魔法陣を置いているのよ。本来なら特定の人以外は使えないんだけど今回は私の伝を思う存分使うわ。この手紙を遺跡の守備兵に渡せば魔法陣が使える様に手配してくれる筈よ。幾つか魔法陣があるから間違えないようにね。そこからインバース領に転移して、先ずはインバース公爵家に行ってちょうだい。別荘への案内を頼んでるわ」
「なにからなにまでありがとう、エミュさん」
受け取った手紙を無くさない様に鞄に入れて私は深々と頭を下げた。
「気にしなくていいわ。本当なら私も行きたいところだけど、今私が居なくなれば同室の子達に迷惑がかかるしね。従属してる魔物の子達の事はインバース公爵と別荘の人の手紙には書いてるから入れて貰えると思うけど、流石に転移魔法陣の方には書けなかったから、どうにか手を考えてね」
「それなら問題ないだろう。あいつ等は頭もいいし鼻もいい。インバース領に着いたらリオの臭いがする物を一つ、入り口にでも置かせて貰えばいい」
「って事だから大丈夫だよ」
「そう」
私の言葉に微笑んだエミュさんの顔が次いで泣きそうな笑顔に変わった。
「いい、リオちゃん。あなたの事だから、魔族達の協力が得られなくても行ってしまうんでしょうね。だから、約束してちょうだい。少しでも危険だと思ったら、無理せずに帰ってきて。レイやトニック達の事を思ってくれるのは嬉しいわ。だけど、私はあなたの事も大切なの。お願い、無事に帰ってきて」
「……」
ぎゅっと私を抱き締めたエミュさんの声は震えていた。
そんなエミュさんを抱き締め返して、私は約束を口にする。
「必ず、皆で帰ってくるよ、エミュさん。だから待ってて」
こうして、私の旅は始まった。