夜分遅くにお邪魔します。
エミュリルがその手紙を受け取ったのは日が暮れて少し経った時間帯だった。
コツン、と叩かれた窓の外には見覚えのある魔物が足にリオからの手紙を結びつけて飛んでいた。
夜更け頃に部屋に行くと、簡単に綴られた手紙はつい数時間前に別れたリオからだ。
手紙を読んだ後、エミュリルは同室の魔法師の者達に話をつけ奥の部屋に居てもらい、夜も更けた今、扉の前に立ち息を潜めていた。
どのくらいそうしていただろうか、それまで静まり返っていた廊下からドサッ、という何かが倒れる音が二つ聞こえた直後に扉が三回ノックされる。
その瞬間、素早く扉を開けたエミュリルは扉が開くと同時に部屋の中へ身を滑り込ませた二人と一匹に笑顔を浮かべた。
「リオちゃん、それにアーフさんとラピスちゃんも。よく来たわね。誰にも見られなかった?」
「大丈夫だよ。見張りの人達も見つかる前に眠って貰ったから」
「気絶させたの? 目が覚めた時に騒ぎにならないかしら?」
「違うよ、本当に眠って貰っただけ。乾燥させて燃やしたらその煙を吸った相手が一瞬で寝てしまうっていう薬草があってね、ワンザルトさんに教えて貰って作ったの。見張りの最中に寝てたなんて自分から上に報告する人は滅多にいないだろうから、直ぐに騒ぎにはならないんじゃないかな。それに、外にジェットが居るから何かあったら知らせてくれるよ」
「ジェット?」
「新しい仲間だよ。フォレストウルフのジェット。他にもまだ居るけど、今はお留守番してもらってるから紹介はまた今度するね」
「ええ、楽しみにしておくわ。ところで、ここには魔法陣を使って来たの?」
「うん。せっかくエミュさんが気を使ってくれたのに、ごめんね」
「気にしなくていいわ」
謝るリオの頭を撫でる。
リオに会いに行ったエミュリルが、レイの所有する小部屋にある転移魔法陣を使わなかったのはただの用心だ。それを使って来たからといって、リオが謝る程の事ではない。
そもそもあの小部屋にはレイの許可がないと入れない様に魔法がかけられている。まぁ、正確には実験段階の侵入防止の魔法陣が施されているのだ。
なので、あの小部屋に"何か"があると勘づいた者が居たとしても、レイとリオを始めとした何時ものメンバー以外は入る事など出来ないのである。
それに、リオの居るあの家に一番最初に帰るのはエミュリルではないのだ。
だからエミュリルは転移魔法陣を使わなかった。ただそれだけの事である。
「それで、こんな夜更けにわざわざどうしたの?」
受け取った手紙には部屋に行くとしか書かれていなかった。
エミュリルの問いに、リオは持っていた鞄の中から一枚の紙を取り出して広げた。
「地図? これがどうしたの?」
それはサラウィン帝国のある大陸の大まかな地図だった。
人間と魔族がまだ争っていない時に描かれたのだろう、大陸を二分するように書かれている線の上には"領土線"の文字がある。
それぞれの都市などが描かれているその地図には、人間の領土の三分の二程に当たる場所に斜線が引かれ、その斜線部分と人間の領土が接する場所には"領土線"の文字が。そして、斜線の部分には"魔族の領土"の文字が上書きされていた。
斜線を引かれずに残っているのは、今の人間の領土だ。
この地図にはとても分かりやすく今のこの国の現状が描かれていた。
そんな地図を前に困惑するエミュリルに向かって、リオは彼女に会いに来た理由を告げる。
「レイ様達の安否を行って確かめる事にしたの」
「え?」
「だから、レイ様達と別れた場所を教えてほしくて」
「……行くの? あそこに?」
「うん」
「……」
頷いたリオにエミュリルは戸惑った。
彼女が本気かどうかを確かめようと隣に居るアーフへと視線を向けるも、彼は無言で応えるのみ。
けれどそれが、リオの言葉が事実だと認めているのだとエミュリルには理解できた。
「……はぁ」
何か言わなければと息を吸い込み、そうして出てきたのは大きな溜め息一つ。
リオとエミュリルの付き合いは長いとは言い難い。それでも、リオ・アキヅキという人物を知るには十分な時間を共にしたのだ。
こうなったリオは何を言っても無駄なのだと、エミュリルはよく知っていた。
知っていたからこそ、もう一度だけ大きな溜め息を吐き出して、そうしてリオが広げた地図の上に赤のインクで印を付けたのだった。