依頼を受けました。
王城に呼ばれた日から10日。ワンザルトさんからの助言もあり、私はこの10日間王都に行くのを止めていた。
今下手に王都を彷徨けばまた面倒な事に巻き込まれる可能性が大きいからだ。
とは言っても私の収入源である請負人の仕事が出来ないのは痛い。食料だって森で確保出来る物は限られている。
そこでワンザルトさんに協力を請うことにした。
彼に王都にある転移魔法陣の場所を教えて私に合った依頼を持って来て貰う様にしたのだ。
本来、魔法陣は魔力が一定以上無いと使えない物だそうだけれど、私が使っている魔法陣はレイ様が手を加えて一定の魔力ではなく、一定の条件を満たした人だけが使える様にしてある。
その条件というのが精霊達だ。
精霊は基本的にどこにでも居るのだけれど、だいたいの行動範囲は決まっている様でその範囲からはあまり出ない様なのだ。けれど、気に入った人間が居た場合その人の側に常に居る。
王城を行動範囲にしていた精霊達が私について獣牙の森に来たのがいい例だろう。
とは言っても、自分達の姿が見えない人間を気に入る事なんてほぼ無いようで、私やレイ様のように常に周りに数人の精霊が居る人なんてこれまで見たことがない。
レイ様はそれに目をつけて転移魔法陣の発動条件を『一定数の精霊がついている人間』としたのだ。
私やレイ様、アーフは勿論、トニックさんやエミュさん、クライハルトさんやアラミーさんにも私達が精霊に頼んで常に数人の精霊が側に居る様にしてもらっている。ワンザルトさんにも同じ様にしたのだ。
という訳で、今日も数人の精霊達を引き連れたワンザルトさんが私の家を訪れていた。
「しっかし何度見ても信じられねぇな」
談話スペースに置かれたソファーに座り、隣に寝ているベリルを撫でながら呟いたワンザルトさんが食べているのは私が焼いたクッキーだ。
その視線の先には今日も今日とて甘い物を求めてやって来た魔物達が各々好きな場所で寛いでいる。
おやつの時間はもう終わったので、今は食後のお昼寝タイムに突入したところだ。
「魔物を餌付けしたり、従属したり……この家を囲んでいる結界だって初めて見るモンだし、そもそも住まいがあの"獣牙の森"の中にあるってのが未だに信じられねぇ」
「そんなに信じられないなら外を見て回って来たらどうですか? ラピス達の誰か一匹連れて行って貰えれば魔物はそうそう襲って来ないですし」
「いや、やめとく。俺は自分の命が惜しいからな」
「そんなに言うほど危ない場所でもないですよ。まぁ、たまに凶暴な魔物に遭遇する事がありますけど、それ以外は凶暴性の少ない魔物ばかりですし」
「俺は嬢ちゃんの常識がどうなってんのかが気になるぜ……っと、そういや依頼を持って来たんだった。ほら、これなんかどうだ?」
「ありがとうございます。えっと、『"湖上の祠"を狙う盗賊の捕縛』。……"湖上の祠"ってなんですか?」
「ここから北に3日くらい行った所にある森の中に大きな湖がある。その湖のちょうど中央に祠があるんだ。それが"湖上の祠"だ。何を奉っているかは不明だが、ずっと昔からある物で一応国の保護下にある。祠の中には国宝級の何かがあるとか、古の魔法について記した書物があるとか言われているが、結界の様な物に守られているせいで近づく事が出来ない」
「結界で守られているならその盗賊も手出し出来ないんじゃないんですか?」
「それが、最近その結界の力が弱まってきているらしくてな、近い内に結界が消失するのではないかと言われているんだ。その盗賊が結界の弱体化に関わっているんじゃないかってな」
「なるほど……」
「依頼レベルはBだな。この依頼を遂行出来たら嬢ちゃんは晴れてBランクの請負人になれる。どうする?」
「受けますよ」
「おし、頼んだぞ」
クッキーを手土産に帰って行くワンザルトさんを見送って早速準備に取り掛かる。
「北に3日か……ラピスに乗せて貰えれば1日半くらいだよね?」
ラピスに確認すれば頷かれる。……が、その後ろからルビーが何かを期待する様な瞳で覗いている。
「あー、ルビー行きたいの?」
問えば大きく頷かれる。
「うーん、暫く家を開けるなら誰かお留守番をして貰いたいんだけどなぁ」
ルビーとベリルに頼もうかと思っていたのだけれどと言えば、見るからに落ち込んだルビー。
さっきまでブンブンと振られていた尻尾までダランと下がってしまっている。
なんだかとっても申し訳ない気持ちにさせられる。
「そうだね、なら、ベリルとアメジストとニギにお留守番をお願いしようか。ラピスとルビー、ジェットは一緒に行こう」
途端に輝いたルビーの瞳。
ブンブンと振られる尻尾のテンションそのままに飛び付かた。
一部、というか、お留守番を言い渡された子達から不満の声が上がるが仕方ない。
日帰りや一泊くらいの依頼なら皆で行くけれど、今回の依頼は盗賊の捕縛までいれると何泊になるか分からない。
人が近寄らない場所であったとしても、家を守ってくれるお留守番役は必要不可欠だ。
「次は一緒に連れて行くから、ね?」
それぞれの頭を撫でて言えば渋々と頷かれる。
「ありがとう。……さて、明日の朝には出発しようか」
干し肉は幾つかあったし、と持って行く物を確認しながら弓と矢を手に持つ。
「取り敢えず夕飯の調達に行こう」
外に出てラピスの背に乗る。
それぞれ駆け出した四匹が獲物を見つけたら遠吠えをしてくれるので、それまで私とラピスはゆっくりと森の中を進めばいい。
「湖の中央にある祠だってさ。ちょっと楽しみだね、ラピス」
応えてくれるラピスの柔らかい毛に顔を埋めながら呟く。
まだまだこの世界には私の見たことのない物が沢山あるのだろう。
皆が帰って来たら、その無事な姿を見て、『おかえり』と迎えたのなら、世界を見に旅をするのもいいのかもしれない。
そんな"未来"を想像してなんて楽しそうなんだろうと思わず笑ってしまった。