彼等に見送りの花を。
時が経つのは早い。
一週間なんてあっという間だ。
今日、私の大切な人達は、戦地へと旅立ってしまう。
見送りには来なくていいと、今朝早く、まだ日も昇っていない時間帯にお城へ行ったレイ様に言われた。
昨日の晩からお城に詰めている他の人達からも同じような事を言われた。
人が多いから私には気付かないだろう。ここで、いってらっしゃいと見送ってくれるだけでいい、と。
けれど、それでは私が満足出来ないので出立を一目見ようという人でごった返す王都へ繰り出し、ワンザルトさんに大衆食堂の二階にある宿の一室をかりて通りに面した窓から今か今かと彼等が来るのを待っていた。
因みにアーフはあの夜以降一度も姿を見せておらず、私は今日、なんだかんだで初めて、一人で王都まで来たのである。
「あ、」
小さく声を上げて窓から身を乗り出す。
ワッと沸き上がる歓声。カッカッと規則正しく響く馬の蹄の音。ガチャガチャと音を鳴らす装備品。
割れんばかりの拍手と喝采のその間、白馬に跨がり現れたのは白い神子服に身を包んだ美坂さん。その右隣に、確かこの国の王子だとかいう人が居る。微笑みを浮かべて民衆へ手を振る彼女の後に続いて鎧に身を包んだ騎士達とローブを纏った魔法師達が現れた。
「……皆、どこ?」
眼下を通りすぎる魔王討伐隊に目を凝らす。
皆、それぞれに高い地位に就いているのだから隊列の序盤に居る筈だと踏んでいたが見当たらない。
見落としたかとも思ったが、そもそもレイ様のローブは刺繍の色が他の魔法師の人とは違うから分からない筈はないし、騎士達も所属している隊ごとに鎧のデザインが僅かにだが違っている。
エミュさんは救護要員として行くと言っていたので後ろの方だと思っていたが、レイ様が纏う金糸で刺繍されたローブは、美坂さんの斜め後ろをぴったりくっついて行っていたもう一人の上位魔法師の人だけしか確認出来なかったし、トニックさんに教えて貰った戦線先駆隊の鎧のデザインは未だに一人も確認出来ていない。
「なんで……あ、いた!!」
皆に何かあったのかと不安が過ったその時、漸く見知った人達の姿を視界に捉える事が出来た。
金糸の刺繍が施されたローブを顔が隠れるほど深く被っているレイ様とその横に並ぶクライハルトさん、彼等の一つ後ろを行くトニックさんとアラミーさん。
彼等が率いる魔法師と戦線先駆隊の後ろにエミュリルさん達救護班が続いている。
「良かった」
安堵したと同時に行動を始めた。
予め用意していたバスケットの中身を外へとバラ撒く。
ヒラヒラと花弁を揺らしながら落ちていく色とりどりの花たち。それを風の精霊に手伝って貰って彼等の頭上へと運び降らせる。
急に降ってきた花たちに上を見上げる人達。
私の大好きな彼等も例外ではない。けれど、花を降らしたのが私だとは思わないだろう。なんせ私の様に二階建て以上の建物から彼等を見ている人など多く居るのだから。
それでもいい。それでいい。『いってきます』といつも通りに家を出た彼等を私もいつも通りに『いってらっしゃい』と見送った。だからこれは、彼等に秘密のお見送りだ。
……けれど一人だけ、どうも秘密には出来ない人が居たようだ。
「まったく、お喋りさん達め」
風の精霊が彼の周りを飛び交い、身振り手振りで私の事を伝えている。
彼等の言わんとしている事が分かったレイ様が私の方へと真っ直ぐに視線を向けた。
きっと"遠視"の能力で私の姿をはっきりと捉えたのだろう、ローブを脱いだレイ様が苦笑気味に笑う。
『いってくる』
言葉は届かなくとも、彼は確かにそう言った。
だから私も一度頷いて返す。
「いってらっしゃい」
どうか無事で。
どれ程の傷を負おうと、どれ程の困難に阻まれようと、どれ程の危険に襲われようと、どうか無事で。
あらゆる手を尽くして、あらゆる手段を選んで、あらゆる物を捨ててでも、どうか無事で。
私が『おかえりなさい』とあなた達に笑顔で言えるその時に、皆で揃って『ただいま』と言ってくれますように。
どうか、どうか、どうか。
私の大切なあなた達が、生きて再び帰って来てくれますように。
祈るしかできない無力な私は、せめてこれから、あなた達が帰って来るまでの間に強く、強くなっているから。
「さて、依頼を請けようか!」
私の言葉に応えたのは、部屋の隅で大人しく寝ていたラピスだけだった。




