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仲介人さんのツルンが気に入った様です。

 ガヤガヤと騒がしいその場所には沢山の人が居た。


「トニックさん、ここって……」


「大衆食堂だな」


「だよね」


 テーブル席にカウンター席。そこに(ひし)めく沢山の人。

 ご飯を食べる者、何やら言い争いをしている者、顔を寄せ合い小声で話している者、店員と談笑している者。

 様々な人が集うそこは宿屋も兼ねている大衆食堂だ。


「あそこに掲示板があるだろ? あそこに貼り出してあるのが請負人に来た依頼だ。ここの店主が仲介人をやっているんだ。ここで請負人登録も出来る」


 スタスタと迷いなく進んでいくトニックさんについて行く。

 着いた先は先程トニックさんが指した掲示板の近く、食堂の奥に隠れる様に造られた小さなカウンターだ。

 

「ワンザルトさん、居るか?」


「おぅ、誰かと思えばトニックの坊主じゃねぇか。久しぶりだな」


 トニックさんの声に応えてカウンターに現れたのは体格のいい中年の男だった。

 がっしりとした体つきに厳つい顔。

 盗賊や山賊のお頭とかやってそう、と密かに思った事は内緒だ。


「元気そうだな、ワンザルトさん。今日はお願いがあって来たんだ」


「なんだ、やっと騎士団を辞めて請負人に戻って来るのか?」


「辞めてねぇよ。こいつを請負人に登録して欲しいんだ」


「ん? お前が人を連れて来るなんて珍しい。しかも女と来た……ふーん、訳ありだな? 奥で話そう」


 ジッとこちらを見つめたワンザルトさんがカウンターの奥に続く扉を示す。

 伺い見たトニックさんに頷かれ、私達はワンザルトさんに続いて奥へと入って行った。


「好きな所に座れ」


 通されたのは応接間の様な部屋だ。

 ドカッと一人掛けのソファーに座ったワンザルトさんに促され私とレイ様、トニックさんとエミュさんがそれぞれ二人掛けのソファーに、アーフが一人掛けのソファーに座る。


「さて、"異世界からの召喚者"に"上位魔法師"と"中位魔法師"、更には"元魔王"の連れたぁお前の知り合いには何時も驚かされるな、トニック」


 ワンザルトさんから発せられた驚きの言葉にいち早く反応したのはレイ様とエミュさんだ。

 私を庇う様に身を乗り出したレイ様と、いつでも魔法が放てる様に右手に魔力を集めたエミュさん。

 エミュさんの右手の周りに緑の装いの精霊達が集まっているから、彼女は風属性の魔法を使おうとしているのだろう。

 因みにアーフは完全に傍観姿勢である。


「落ち着けお前ら。ワンザルトさんの"能力"だ」


「能力?」


「ああ。対峙した者の情報を一つだけ知る事が出来る能力で、たぶんお前らが『何者であるか』を視たんだろう」


 トニックさんの説明にワンザルトさんが頷いた。


「トニックの言う通りだ。"情報開示"と言う。勝手に覗いて悪かったな。けど、視たのはあんた等が何者であるかって事だけだから、出来れば自己紹介をしてくれると有難い。ついでに簡単でいいから事情説明もな。因みに俺はワンザルト・サーダ。この大衆食堂の店主兼、仲介人をやっている。よろしくな」


 ニカッと笑ったワンザルトさんのツルンとした頭を精霊達が興味津々に撫でたり叩いたりしている。

 滑り台の様に滑り出した子達まで出始めた時は思わず笑いそうになった。

 精霊達が警戒を解いたのを見たレイ様が体から力を抜き、そんなレイ様を見たエミュさんも魔力を霧散させた。


 不思議な事に、精霊達は私達が警戒する相手に対しては同じ様に警戒するのだ。

 それでも、私達が警戒していても、彼等の基準で警戒しなくてもいいと判断された人には寄って行く。

 私達は彼等の反応を見てその人物を信じていいかどうかを決めるのだ。

 精霊達は人を見る目はある様で、彼等がなついた人はほぼ全てがとてもいい人であった。

 と、言う訳で、精霊達が寄って行った瞬間からワンザルトさんも信じられる人になったのだ。


「事情説明って……」


 どこからどこまでを、と言葉にせずに聞けばトニックさんが小さく笑って答えてくれる。


「全部話していい。ワンザルトさんは信用に足る人だ。俺も請負人をやっていた頃に世話になってる」


 ワンザルトさんに対する絶対的な信頼がその言葉には乗っていた。


 トニックさんからの許可も出たので私達はここに至るまでの経緯を全て話した。

 そりゃもう、包み隠さず話した。

 ワンザルトさんのツルンとした頭を滑り台として遊んでいる精霊達の事まで話した。

 複雑そうな顔をして頭を払ったワンザルトさんと爆笑したトニックさん、苦笑したエミュさん以外は精霊が見えるので、ワンザルトさんに払われた後もめげずにまた彼の頭に寄って行き、遊び始めた精霊達に三人で目を合わせて思わず笑ってしまったのは余談だ。


「まぁ、大体の事情は分かった。それで? 嬢ちゃんの実力はどのくらいだ?」


「えっと、風属性の魔法なら最上級まで使えます。他の属性は中級と上級をうろうろと……」


「へぇ、凄いじゃねぇか! 魔法特化型か?」


「バカ言うな。肉弾戦の方は俺が直接教えてんだぞ。短剣と片手剣なら戦線先駆隊の中でも上位だ。弓の腕はまだまだだが、狩りで使える位にはある」


「……」


 胸を張り誇らしげに言うトニックさんに私は苦笑する。

 

 そうだ。強くなったのだ。なった筈だったのだ。

 なのに、私はクマの魔物と対峙した時、震え上がる事しか出来なかった。

 何とかその場から逃げる事しか出来なかった。

 身につけた力は、奮う事すら叶わなかった。


「だが、」


 トニックさんが言葉を続ける。

 自己嫌悪で思わず俯いてしまった私の頭にポン、と手が乗せられた。レイ様だ。

 ローブで隠されていた顔は、もはや隠す意味もないと晒されている。

 その顔に小さな笑みを浮かべたレイ様がトニックさんの言葉を聞けと視線で言ってくるのに従って顔を上げた。


「こいつには圧倒的に経験が足りない。実力は十二分にあるが、経験がないから直ぐに対応出来ない。致命的だ」


「成る程な。だから請負人か」


「あぁ。請負人に登録して、多くの依頼をこなせば経験は自ずと積める。俺は……俺達はこいつに一人でも生きていける力をつけて欲しいんだ」


 トニックさんの言葉にレイ様が頷く。


「私達を否定した者達に一泡吹かせるという約束もある。彼女には強くなって貰わなければならない」


「それ……」


 レイ様の言った言葉に思わず目を見開いた。

 私とレイ様の、ただ一度口にしただけの、忘れられているのが普通だと思える程にちっぽけな"夢"。

 私が意地でも生きる事にしがみつく力となるそれを彼が忘れていなかったのが驚きだ。


「なんだ、忘れていたのかリオ? お前が城から追い出されたと言って私が諦める訳がないだろう。あやつ等の度肝を抜く事など何処に居たって出来る。寧ろ手元から放した事を悔やむ位の何かをすればいい」


 清々しい笑顔で言うレイ様に思わず笑ってしまった。

 そうだ。私は今より強くならないといけない。

 彼等の為にも、私自身の為にも。

 

「ワンザルトさん、私は強くならないといけないんです。この世界で生き抜く為にも、私達を否定した人達を見返す為にも。強くならないといけない」


「いいぜ、分かった。登録はこっちでやっといてやる」


 ツルンとした頭をパシンと叩いてワンザルトさんは快諾してくれた。


 こうして私は晴れて請負人に登録出来たのだった。

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